第34話 葬儀

文字数 2,043文字

 その日、災害で亡くなった人々の葬儀が合同で行われた。死者は〆て七名、四世帯が大切な家族を失った。
 ハスクでは一般的に“鳥獣葬”が執り行われる。死者の身体を山や森の奥深くに安置し、野生動物に食べさせるというものだ。
 『死者の肉体はハスク人の兄弟である鳥や獣の血肉となり、その魂は自然に帰す』というのが、与信教における教えだった。
 葬儀は、被災地近くの森で行われた。「土に還るなら地元で」という役所の取り計らいだった。
 白装束に身を包んだ神官たちが棺を担いで歩く後ろに、変化体となった遺族たちが追従する。ハスクの葬儀で必ず見られる光景だった。
 リッカも黒犬に変化し、(こうべ)を垂れて林の中を歩いた。頭にハタネズミを乗せて。
 ふと、冬目前のこの時期には似つかわしくない、青臭い匂いが鼻をくすぐった。不思議に思い、頭上を見上げて得心する。
 『ああ、忘れていた。この辺りにはカヤが自生しているんだったな』
 そんなことを考えていると、家族の思い出が甦った。
 リッカ宅の裏山にもカヤの群生している場所があり、秋になると皆でよく実を採りに行ったものだ。
 『カヤ・ノ・ミ・タベ・タイ』
 ロクが頭の上で信号を発した。
 『ソウ・ダ・ネ』
 リッカも全くの同意見だった。殻を剥いて軽く炒ったカヤの実は毎秋恒例の風物詩で、家族みんながその香ばしい香りを楽しみにしていたのだった。
 しかし、今となってはその林ももう無い。先の山崩れで完全に崩壊してしまったからだ。
 懐かしさに目頭が熱くなるが、イヌの身では感情の起伏に従って涙を流すこともできない。リッカはカヤの葉の香りを胸いっぱいに吸い込み、今度はしゃんと前を向いて歩き始めた。
 と、ある事が気にかかった。
 思えば、今年はあまり実りが良くなかった気がする。実どころか、葉の付き具合にも元気がない木もあった。
 『まあ、そんな年もあるか』
 不可解ではあったが、特に深く考えることもなく、リッカは葬列と共に歩を進めた。
 暫く歩くと、少し開けた場所で神官たちが棺を降ろした。ここで葬儀を執り行うのだ。広葉樹に囲まれた、明るい場所だった。
 良いところだ。ここならば、両親や他の亡くなった人たちを快く送り出すことが出来るだろう。
 皆、変化体なので表情は読めないが、他の面々もリッカと同じ気持ちのようだ。感慨深げに周囲を見渡している。
 遺族たちはおとなしく佇み、神官達が葬儀の準備に取り掛かるのを見守った。鳥類に変化した者も、近くの枝に留まる。
 葬儀の場で人型を保っていても良いのは、作業を行う神官のみだ。それ以外の者は変化体のまま、白い布が敷かれ、その上に遺体が載せられるのを見つめた。
 これが、亡くなった家族の顔を見られる最後の時間だ。リッカも、父と母の姿をイヌの目を通して記憶に刻み込んだ。
 自分の変化体は気に入っているが、この時ばかりは豊かな色彩を持つ鳥類が羨ましかった。イヌの目ではどうしても、鮮やかさに欠ける映像しか得ることは出来ないのだ。
 ハタネズミの視界がどうなっているかは知る由もないが、ロクも隣の岩の上にちょこんと乗り、穴が開くほど敷物の上に横たえられた両親の遺体を見つめていた。
 もし、参列するときの姿が人型であったならば、涙を流す弟の横顔を見ることになっていただろう。しかし、とがった形のネズミの顔からは、感情を読み解くことが出来なかった。
 皆の視線の先、並べられた遺体の胸には、柊の枝葉が置かれていた。与信教に於いて、ハスク人が神から賜った薬草として神聖視している鳥獣草を模したものだ。
 本物の鳥獣草は太古の昔に全て消失したと言い伝えられている。その代わり、絵画などに描かれた件の草と形状が似ている柊が、代用として用いられることが多かった。
 しかしそれらは所詮、後世の人間が想像した形に過ぎない。本当はどのような形をしていたのか、そもそも実在していたのか、今の世にそれを知る術はなかった。
 「変化の父ヤウク、その御名が賛美されますように…」
 神官達の祈りが始まった。死者たちの肉体が鳥獣の糧となり、魂が自然に溶け込むことが出来るよう、与神に祈る。
 リッカとロク、そして他の遺族たちは目を閉じ、神官の言葉にじっと耳を傾け、家族の冥福を祈った。
 穏やかな日差しの中、葬儀は粛々と執り行われていった。
 全てが終わり避難所に戻ったのは、丁度昼食の時分だった。早朝に発ったので、まだ早い時間だ。
 帰路の車で大泣きしていたロクも、腹をすかせた様子で窓から首を突き出し、炊き出しに並ぶ人々に目をやった。
 味噌の良い香りが、開け放たれた窓から漂い込む。鼻腔をくすぐられ、口の中に唾液が溢れた。人間、どのような時でも腹は減るものだ。
 しかし、運転手に礼を言い、飯にありつこうと車を降りたところで、リッカはただならぬ空気を感じ取った。下車した姉弟に人々の視線が集まる。
 怒りのこもった目、憐みの目、恐れを孕んだ目、様々な感情が見て取れたが、良い印象を与えるものは一つもなかった。
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登場人物紹介

タハト

本作の主人公。オオハヤブサの変化能を持つ私立大学生。

卓越した飛行能力を持ち、競技飛行猛禽の部では、全国屈指の実力。

リョウ

タハトの友人。強大な力を持つ”特定変化規制種”の一つ、水龍に変化する。

社会から差別を受け貧しい家庭環境の中、持ち前の要領の良さと努力で名門国立大に進学。

専門は応用化学。

コト

タハトとリョウの幼馴染。変化能はツグミ。

タハトと同じ競技飛行部員だが、成績は地区大会止まり。

溌剌とした性格の持ち主で、常にタハトやリョウを気遣う優しい一面も。

ワカカ

謎のカラス集団に襲われているところをタハトとリョウの2人に助けられる。

国会議員、テス女史の秘書。

筋骨隆々でイカつい見た目だが、博識と落ち着きを兼ね備えた大人の男性。

変化種はコノハズク。

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