第61話 成り立ち

文字数 1,911文字

 タハトは、促されるまま変化能の起源を一気に語った。誰もが絵本やハスク史の教科書、または親などからの昔語りで幼い頃から刷り込まれる物語だった。
 「この物語について、貴方はどう考えている?」
 所詮は神話。人知を超えた現象を神の名を借りて説明しようとしているに過ぎない。正直に答えると、テスは小さく首を振った。
 「ほとんどの人はそう考えているわね。でも、この物語は真実を多く含んでいるの。例えば、鳥獣草を与えた男や薬師一族の存在とかね」
 往々にして、神話の類には一部、事実が存在することが多い。だが、神の存在など本気にできるわけがなかった。
 「つまり、神は存在すると?」
 疑いの心が声となった。タハトは懐疑心に満ちた視線を向けたが、テスはそれをものともせず言い放つ。
 「どう呼ぶかはともかく、人類より遥かに高度な技術を持った者が存在したことは確かね」
 俄かには信じがたいことだ。新手の宗教勧誘かと疑いたくなる。
 「根拠は?」
思わず不遜な言い方になる。テスはクスリと笑い、「無理もないわね」と自信の発言の奇怪さを認めた。
 しかし、その口から発せられたのは、弁明ではなく更なる問いかけだった。
 「地表帯運動と言う現象はご存じかしら」
 中々確信を得ない問答が続く。それでも、ここまで来たら付き合うほかない。タハトは聞きなれない言葉に首を傾けた。
 「最近、西洋の学者が唱え始めたものよ。ワカカ、紙と鉛筆を」
 ワカカからそれらを受け取ると、テスは紙に一つの円を描いた。そしてその内側にも外から順に二つの円を描き足す。最終的に、円は三層に分かれる形となった。
 「これはこの星の内部構造。一番外側の薄い層が私たちのいる地殻、その下が流剛性岩層、そして真ん中が金属質の核よ」
 「はあ」
 ほぼ呼吸音のような相槌しか出てこない。星の構造など考えたこともなかった。リョウなら少しは知っているだろうか。どのみち、タハトには口を挟む知識すらなかった。
 「地殻と流剛性岩層の上層部を総称したものが地表帯。詳しい原理は専門家ではないから理解していないけれど、大雑把に言うと、この地表帯が動くことで陸や海底も動いている…というのが地表帯運動らしいわ」
 長い年月を経て大地は動く…、中々実感が涌かない。
 漠然と頷くタハトを尻目に、テスは再び紙に鉛筆を走らせた。今度は横長の長方形だ。そこに世界の大陸と主な島々を描いていく。
 よく見る世界地図だ。大臣はそこから更に線を引き、世界を十近くの領域に分割した。
 「判明しているだけでも、世界の地表帯はこんな感じで分かれていて、それぞれ別の方向に動いているの。それで、アシハラ国は中東洋地表帯、ハスクは太平洋地表帯に乗っている…」
 アシハラ国は、中東洋大陸の東部に沿うように浮かぶ列島から成る。一方ハスクはそこから大分離れた太平洋上に浮かぶ火山島だ。それぞれ異なる地表帯上にあるのが見て取れた。
 今度はその二枚の地表帯に矢印が描き込まれる。両側から互いに向かい合う方向だ。
 「これは、地表帯の移動方向でしょうか」
 タハトの問に、大臣は頷いた。
 「つまり、両国は徐々に近づいていると」
 テスが再び首を縦に打つ。
 「そう。そこが味噌なのよ。ハスクとアシハラは、元来全く違う場所で生まれた島国であるにも関わらず、生息する動植物の相は極めて似ている。可笑しいと思わない?」
 確かに妙だ。ハスクからアシハラは船で数日の距離。渡り鳥ならともかく、それ以外の種が自力で往来したとは考え辛い。
 では人間の手によるものか?馬鹿な。人間が運べる動植物の数など知れている。国全体の種組成を変えるなど、まさに神の御業だ。
 「では、その高度な文明を持った存在が関与していると?」
 黙りこくったタハトが考えを纏めるまでテスは待ち、その問いを満足そうに肯定した。
 「ええ、この地を作った、若しくはこの地に今いる生物を持ち込んだのはその者たちであるというのが、私達の見解よ」
 突拍子がないにも程がある。だが、地表帯運動説が正しいと仮定するならば理は通っていた。それでも、
 「ですがいったいなぜ?そいつらの目的は何でしょうか」
 それが分からなかった。わざわざ絶海の孤島にアシハラと同じ生物相を与え、人に変化能を与えた理由が。
 問うてみたが、返ってきたのは不明瞭な返事だけだった。
 「実験のためか、それとも唯の遊びか。我々には分からないの。彼らがどこに行ったのか、まだ我々を観察しているのか、それすらもね。でも当然じゃないかしら?培地の大腸菌が人の意志を推し測る事なんてできる?」
 つまり、全ては謎のままということだった。
 会話が途切れ、沈黙が場を包んだ。
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登場人物紹介

タハト

本作の主人公。オオハヤブサの変化能を持つ私立大学生。

卓越した飛行能力を持ち、競技飛行猛禽の部では、全国屈指の実力。

リョウ

タハトの友人。強大な力を持つ”特定変化規制種”の一つ、水龍に変化する。

社会から差別を受け貧しい家庭環境の中、持ち前の要領の良さと努力で名門国立大に進学。

専門は応用化学。

コト

タハトとリョウの幼馴染。変化能はツグミ。

タハトと同じ競技飛行部員だが、成績は地区大会止まり。

溌剌とした性格の持ち主で、常にタハトやリョウを気遣う優しい一面も。

ワカカ

謎のカラス集団に襲われているところをタハトとリョウの2人に助けられる。

国会議員、テス女史の秘書。

筋骨隆々でイカつい見た目だが、博識と落ち着きを兼ね備えた大人の男性。

変化種はコノハズク。

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