第45話 新しい仲間

文字数 2,642文字

 「あそこの珈琲屋、大将が面白い人でな。お前らも今度行ってみるといいよ」
 テミが商店街の一角を指し、陽気に笑った。
 「先週は手品を見せてくれたわ」
 ガタイの良い青年の発言に呼応して、スエももごもごと口を動かす。出会ったばかりの頃は、溌溂としたテミの影に隠れてばかりの彼女だったが、最近ではタハトとリッカの前でも積極的に発言するようになっていた。
 「甘いものはあるの?」
 「リッカはそればかりだな」
 甘党代表リッカの問に間髪入れずツッコミを入れるのは、新参の二人とすっかり仲良くなったクオウだ。先頭を後ろ向きに歩きながら、遠慮なくリッカを指さす。
 「ちゃんと前見て歩けよ。怪我するぞ」
 呆れ顔でたしなめながら、タハトの心は全く別の事に囚われていた。
本当は呑気に街へ繰り出している場合ではない。戦線への潜入を開始してから丸ひと月、自分たちはリョウに接触するどころか、その居場所も含め、重要な情報を何一つ手に入れていないのだ。
 当初の作戦予定期間を遥かに超過してのこの為体に、焦りを覚える毎日だった。自然と表情が陰る。
 「何辛気臭い面してるの。肩凝るよ」
 すかさずリッカが声をかけ、相方のうなじを強く揉んだ。少し痛いが良い気持ちだ。タハトは表情を和らげ、感謝の笑みを向けた。
 戦線の仲間に疑われることは何としても避けなければならない。今はクオウ達と共に楽しく振舞うのが吉だ。タハトの表情が暗いことに気づいたリッカが、気を利かせてくれたのだった。
彼女は相方の首から手を離すと、隣を歩くスエに話しかけ、雑談を始めた。屈託なく笑うその横顔は、友人との時間を楽しむ若者そのものだった。
 「またリッカばっかり見てるぞ」
 わき腹に小さな痛みが走った。小突いたのはクオウだ。にやにやと品のない笑みを浮かべ、タハトの顔を覗き込む。
 「たまたまだよ」
 ぶっきらぼうに視線を逸らすが、その先にも、テミのにやけ顔が待ち構えていた。
 「いや、いつも見てるね」
 大柄な青年は腕を組んで大きく頷き、クオウに同意する。
 「ほんと、仲いいよね」
 リッカと話していたはずのスエまで横から口を挟んできた。三方からの攻撃に、タハトは盛大に溜息をついた。
 確かにこの敵地において、リッカとタハトは唯一の仲間であり、潜入開始以降、互いに助け合う二人の距離は格段に近づいていたのだった。
 同時に戦線に加わった二人が頻繁に話し込んでいたとしても怪しむ者はなく、寧ろ仲睦まじく見えているようだ。
 「そんなに嫌がることないじゃない。照れてるの?」
 リッカはからかうようにタハトの背を叩いたが、そう言う彼女も気恥ずかしさを隠しきれず、はにかんだ顔を赤らめていた。
 そのまんざらでもない様子に耐えきれずタハトが笑みを溢すと、他の三人が一斉に囃し立てた。
 敵勢力の中にいるとは思えない居心地の良さだ。こうして一緒に歩いていると、皆普通の若者であり、武装組織に所属する危険人物だとは到底思えなかった。
 五人は冗談を飛ばしながら暫くの間一緒に歩いたが、小さな交差点に差し掛かったところで二手に分かれた。テミとスエの二人が別方向に向かったのだ。
 「リッカ達の邪魔をするんじゃないぞ」
 去り際、気を利かせたテミはクオウに声をかけた。こうした点からも、彼の好青年ぶりが見て取れる。充実した肉体に普段の訓練へ対する誠実な姿勢、そして他者に対する気配り、どれをとっても友人として、そして仲間として頼りになる男だった。
 恋人のスエも好人物だ。小柄で引っ込み思案だが、自分の意見はハッキリとしており、必要とあらばきちんと意思表示をする。加えて、行動の端々からは意外と大胆な一面が垣間見え、好印象だった。
 危険思想の持主という点に目を瞑れば、去り行く二人はごく一般的な仲睦まじい恋人同士にしか見えなかった。
 「え、オレ邪魔かな?」
 釘を刺されたことで心配になったようだ。クオウはおずおずと尋ねた。
 「あー…」
 はっきりと否定できず、タハトは中途半端に声を上げる。このあとはリッカと二人、報告会と今後の作戦会議を兼ねた茶会を執り行うつもりだったのだ。
彼女に目配せをしても、眉尻を下げた困り顔が返ってくるばかりで、相方も答えあぐねているのが分かった。
 ここで無下に追い払って二人の行動が少しでも戦線の目に留まるのは避けたい。かといって、作戦遂行状況が芳しくない現状を考えると、二人きりで話せる機会は確保したかった。
 だが、二人が断り切れない理由がもう一つある。タハトもリッカも、この陽気なカラスの事を、いたく気に入ってしまっているのだ。
 立場上、あってはならない感情ではある。それでもタハトはクオウに対し、友情に近い感覚を抱いていた。
 今思えば、ワカカ襲撃事件で出会った時から、その果敢な姿に好意を抱いていたのかもしれない。それがこの一か月の交流を経て、新たな一面も加わり、確かなものとなったのだった。
 幸い、ケイト北部で既に出会っていることにクオウは気付いていない。変化解除後、顔を見せまいと終始背を向けていたのが功を奏した形だ。
 一方タハトは、共に生活を初めてすぐ、この青年が件の切込み隊長であることを知った。二人は古くからの友人であるかの様にウマが合い、雑談の中で襲撃事件について、クオウの方から話し始めたのだった。
 「本当に凄まじい力だった…。あの方が味方になってくれるとは、我々にとってこの上ない幸運だと思うよ」
 リョウについて語ったクオウの瞳は、少年の様にキラキラと輝き、まるで、彼の純粋な心を映す鏡だった。
 外部からの志願者であるテミやスエとは違い、クオウの人生は生まれた時から戦線の中にあった。神別種に忠誠を誓う一族に生まれ、幼い頃より訓練に明け暮れてきたという。そのため、特規種に対する憧れや忠誠心は人一倍強かった。
 また同時に、この男は最高の飛行士でもあった。タハトの感覚では、彼の卓越した飛行能力はタナンにすら匹敵する。にもかかわらず、クオウは自身の能力に満足せず、日々努力を積み重ねていた。
 生まれなど関係なく、この男の真っすぐな性格と目標達成にかける熱意、そして突出した実力に、タハトは惹かれた。そして、それはリッカも同様だった。
 「悪かったな、オレはあっちに行くよ」
 沈黙を自分の問に対する肯定と受け取ったのか、クオウは肩を落として歩き出した。同情したリッカが思わず呼び止めようとしたその時、
 「タハトじゃない!」
 聞き覚えのある声が響いた。
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登場人物紹介

タハト

本作の主人公。オオハヤブサの変化能を持つ私立大学生。

卓越した飛行能力を持ち、競技飛行猛禽の部では、全国屈指の実力。

リョウ

タハトの友人。強大な力を持つ”特定変化規制種”の一つ、水龍に変化する。

社会から差別を受け貧しい家庭環境の中、持ち前の要領の良さと努力で名門国立大に進学。

専門は応用化学。

コト

タハトとリョウの幼馴染。変化能はツグミ。

タハトと同じ競技飛行部員だが、成績は地区大会止まり。

溌剌とした性格の持ち主で、常にタハトやリョウを気遣う優しい一面も。

ワカカ

謎のカラス集団に襲われているところをタハトとリョウの2人に助けられる。

国会議員、テス女史の秘書。

筋骨隆々でイカつい見た目だが、博識と落ち着きを兼ね備えた大人の男性。

変化種はコノハズク。

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