第19話 弟
文字数 3,932文字
「長旅ご苦労だったね。今日はもう終業時間だから、楽にしてくれるといいよ」
部屋の隅の薪ストーヴからやかんを取り上げ、急須に湯を注ぎながら、ワカカはタハトに座るよう促した。言われるまま、上着を脱ぎ、部屋の奥のソファに腰かける。
革張りのものが、ガラス製の座卓を囲うように四つ並べられている。ふかふかとしていて座り心地が良かった。
「さて、我々もこれを頂くとするかな」
盆に急須と湯飲み、そして先程の包み紙を二つ載せ、ワカカは向かいの席に腰を下ろした。「自分がやります」というタハトを制し、さっさと茶の用意を完了する。
瞬く間にすっかり整ってしまった茶の席を前に、タハトは罪悪感を覚えた。
「今日はまだお客さんなんだから。その代わり、明日からはしっかりお願いするよ」
ワカカも今日の仕事はここまでなのだろうか、くつろいだ雰囲気を醸し出している。ではお言葉に甘えようと、タハトも肩の力を抜いた。
明日から上司になる男が湯飲みに口をつけるのを待ち、明日からの部下も頂きますと一喫頂く。続いて、先ほどから気になっていた包みをそっと開いた。
中から出てきたのは、綺麗な茶巾絞り型の栗きんとんであった。小振りながら、艶々とした薄黄色が食欲をそそる。
前歯で刮ぐように齧ると、舌の上に幸せが広がった。よく裏漉しされた餡の、きめ細やかな舌触りを感じたかと思うと、それはすぐに融解し、優しい甘みが口の中いっぱいに染み渡る。
「ふふ、旨いだろう。甘楽堂はブカクで一番人気の菓子屋だからね。それは、この秋に新商品として発売されたものなんだ」
あまりの美味しさに目を白黒さるタハトに、ワカカは満足げな視線を投げかけた。
「ええ、本当においしいです。リッカさんがあんなに喜んでいたのも頷けます」
先程のリッカの様子を思い出す。一番人気と言うからには、入手するのも困難な物のはずだ。既に味を知ってしまったタハトも、今となっては彼女の気持ちがよく理解できた。
「特に、あの子は甘いものに目がないからねえ。それにロクも」
ほっこりと頬を緩めたワカカの言葉に、タハトは気になっていたことを思い出した。
「そのロクという人は、リッカさんの弟さんか何かですか。多分先程、車寄せの前で会ったのですが」
そっくりな二人の横顔と、リッカが少年に向けた優しい眼差しが思い返される。
「その通り、よく気が付いたね。あの二人は姉弟だよ」
湯飲みを片手に、ワカカが頷いた。
「訳あって子供の頃からここで奉公してもらっているんだ。二人とも、気立ての良い子だよ。まあ、その辺の事情は本人たちと懇意になってから直接聞くと良い」
弟はともかく、あのつれない態度の姉と親しくなれるか、タハトは自身がなかった。
しかし、ここまでの様子から察するに、彼女は本来、気さくで表情豊かな人のようだ。嫌われている理由さえわかれば、仲良くなるのも難しくないように思えた。
仕事に関する諸々は明日説明されるということだったので、タハトとワカカは菓子と茶を楽しみつつ、他愛のない会話に花を咲かせた。
暫くして、軽やかに扉を叩く音が響き、奉公人が部屋に入ってきた。先ほど話題に上がった、リッカの弟だ。
「おお、ご苦労さん」
ワカカが労いの言葉をかけると、少年は軽く会釈した。
「お部屋の準備は整っております。もうご案内差し上げますか」
卓を挟んで座る二人を交互に見るロクの目は、姉にそっくりだ。ただ、リッカがタハトに向けるような冷たさはなかった。寧ろ、控えめで自身なさ気な印象が勝っている。
「うん、後はよろしく頼むよ。私はもう帰るから。ついでに、これも下げてくれると助かる」
座ったままロクに指示を出すと、ワカカは掌で二人を交互に指し、改めてそれぞれを紹介した。
「こちら、今日から職場体験に来たタハト君、そしてこっちはうちで奉公しているロクだ」
紹介を受け、少年はおずおずと笑みを浮かべた。
「ロクと申します。今日は、ここでの生活について案内させていただきます。分からないことがあれば、何でもお聞きください」
そう言って、丁寧に腰を折る。切れの良い動作も姉譲りだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
タハトも急いで立ち上がり、笑顔と共に挨拶を返す。
顔合わせが済むと、ロクは卓の傍に膝をつき、空いた湯飲みと急須を盆にのせた。手際のよい慣れた手つきだった。
二人のやりとりに「よし」と言うと、ワカカは立ち上がり、壁に掛けてあった上着に手を伸ばした。
「ということだから、今から彼について行ってくれ。それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
秘書はそう言うと、いそいそと上着の袖に腕を通し、足早に部屋を後にしてしまった。
扉が閉まる音が部屋にこだまし、静寂が訪れる。
タハトは、台拭きをせっせと動かすロクの背中をぼんやりと眺めた。成長期らしい骨ばった体つきが、シャツの上からでも見て取れる。
卓の上には、役目を終えた包み紙がくしゃくしゃになって転がっていた。沈黙に耐えかねたタハトが、これを手に取り隅のごみ箱に投げ捨てると、ロクは申し訳なさそうにアッと声を上げた。
「すみません」
眉尻を下げてこちらを見る。その不安そうな表情に、タハトはふっと笑顔になった。
「いえいえ、僕も明日からここで働くわけですから。言うなれば、ロクさんの後輩ですよ。こき使ってください」
タハトの気さくな態度に安心したのか、ほっとした様子のロクだったが、今度はおずおずと口を開いた。
「恐縮です。でも、僕はただの下働きですから、一緒に仕事をすることはないと思います。あと、敬語は止めてくださると助かります。歳も立場も、タハトさんの方が上ですから」
タハトとしては、子供の頃から奉公人として労働に従事してきた少年に、敬意を表したつもりだった。だが、この年の少年からすれば、確かに少しこそばゆいのかもしれない。
相手の気持ちを汲み、口調を変える。
「そう?じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうね」
ロクは人懐っこい笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。そしてすっくと立ち上がり、「では行きましょう」とタハトを廊下へいざなった。
与えられた部屋は、本館の裏手に建つ離れにあるという。車寄せの反対側、北の勝手口から出て右手に見える建物だ。
本館と同じく板張りの二階建てだが、外壁に塗装はなく、こぢんまりとしている。いかにも、使用人の寮という見てくれだった。
中に入ると、タハトは寮の設備やここでの過ごし方について、ロクから丁寧な説明を受けた。
建物は、中央に廊下が走り、左右に扉が並んだ構造になっている。二階は居室のみで構成されるが、一階には調理場や食堂、風呂や洗面所、それに厠といった共有施設が並ぶ。
朝食及び夕食はそれぞれ午前午後六時半から、風呂は午後五時から十時までなど、共同生活らしく時間が決められていた。
「不便で申し訳ありません」
とロクは上目遣いに誤ったが、タハトとしては特に気になることではなかった。むしろ、実家暮らしの身には物珍しく、部活の合宿のような新鮮さを感じる。
既に夕食まではあと数分。食堂からは、腹を空かせた男たちの談笑が薄いガラス戸越しに聞こえた。
その隣の調理場からは、魚を焼く香ばしい匂いが漂い、鼻腔を心地よく刺激する。
口内に唾液があふれる。腹が減った。昼に食べたのは、列車内で買った小さな握り飯のみ。当然といえば当然だった。
「今日は…、秋刀魚ですかね。いい匂いです。いつもは僕も調理場にいるんですが、今日は別件で動いていたので献立を知らないんですよ」
ロクも鼻をひくつかせる。どことなく、ネズミのような愛嬌のある仕草だった。
魚油の焼ける香ばしい香りが空きっ腹にこたえる。二人は後ろ髪を引かれる思いで階段を駆け上がり、部屋に向かった。
案内されたのは、小さいが居心地のよさそうな一室だった。
清潔感溢れるシーツの純白が目を刺す。壁際には簡素な机と椅子が備え付けられ、白熱電球の卓上灯がぽつねんと佇んでいた。北国特有の二重窓の際には小さな衣装棚があり、洋服掛けが何本か、上着に包まれるのを待っている。
荷物は既に搬入済みで、寝台の傍に置かれていた。
「これは君が?」
リッカの指示どおり、ロクがここまで運んできてくれたのだろう。重い旅行鞄を引きずりながら階段を上る少年の姿を想像し、タハトは複雑な心境になった。
「ええ。車を車庫に入れた後すぐに」
タハトの考えなど知りようのないロクは、当たり前のように答えた。
一四、五の少年。声変わりを終えたばかりの声、骨ばった四肢。どれも年相応だ。しかし、その言動は既に一端の労働者のものだった。
「基本、部屋では好きに過ごしていただいて結構です。喫煙も可ですが、一階に喫煙所がありますので、もし吸われるのであればどうぞ……」
時折内気な表情を見せるロクだが、てきぱきと諸々の注意事項等を説明する様子は、聞き手に頼もしさすら感じさせた。
「何か質問はありますか?あとで疑問が生じたときは、いつでも聞いてください」
と話しが締めくくられると同時に、カーンカーンと鐘を叩く音が鳴り響いた。
「お、夕飯の時間ですね」
何事かと顔を上げるタハトに、少年が嬉しそうに教えた。
「さっきから待ち侘びていたんだよ。オレ達も、もう食べていいのかな?」
空腹を強く感じていたタハトも、期待に目を輝かせた。一階で嗅いだ臭いを思い出しただけで、口の中に唾液があふれる。
「奉公人は皆さんの後に頂くことになっているのですが、今日はワカカさんの了承を得ています。一緒に行きましょう」
二人は急いで部屋を出、階段を駆け下りた。
部屋の隅の薪ストーヴからやかんを取り上げ、急須に湯を注ぎながら、ワカカはタハトに座るよう促した。言われるまま、上着を脱ぎ、部屋の奥のソファに腰かける。
革張りのものが、ガラス製の座卓を囲うように四つ並べられている。ふかふかとしていて座り心地が良かった。
「さて、我々もこれを頂くとするかな」
盆に急須と湯飲み、そして先程の包み紙を二つ載せ、ワカカは向かいの席に腰を下ろした。「自分がやります」というタハトを制し、さっさと茶の用意を完了する。
瞬く間にすっかり整ってしまった茶の席を前に、タハトは罪悪感を覚えた。
「今日はまだお客さんなんだから。その代わり、明日からはしっかりお願いするよ」
ワカカも今日の仕事はここまでなのだろうか、くつろいだ雰囲気を醸し出している。ではお言葉に甘えようと、タハトも肩の力を抜いた。
明日から上司になる男が湯飲みに口をつけるのを待ち、明日からの部下も頂きますと一喫頂く。続いて、先ほどから気になっていた包みをそっと開いた。
中から出てきたのは、綺麗な茶巾絞り型の栗きんとんであった。小振りながら、艶々とした薄黄色が食欲をそそる。
前歯で刮ぐように齧ると、舌の上に幸せが広がった。よく裏漉しされた餡の、きめ細やかな舌触りを感じたかと思うと、それはすぐに融解し、優しい甘みが口の中いっぱいに染み渡る。
「ふふ、旨いだろう。甘楽堂はブカクで一番人気の菓子屋だからね。それは、この秋に新商品として発売されたものなんだ」
あまりの美味しさに目を白黒さるタハトに、ワカカは満足げな視線を投げかけた。
「ええ、本当においしいです。リッカさんがあんなに喜んでいたのも頷けます」
先程のリッカの様子を思い出す。一番人気と言うからには、入手するのも困難な物のはずだ。既に味を知ってしまったタハトも、今となっては彼女の気持ちがよく理解できた。
「特に、あの子は甘いものに目がないからねえ。それにロクも」
ほっこりと頬を緩めたワカカの言葉に、タハトは気になっていたことを思い出した。
「そのロクという人は、リッカさんの弟さんか何かですか。多分先程、車寄せの前で会ったのですが」
そっくりな二人の横顔と、リッカが少年に向けた優しい眼差しが思い返される。
「その通り、よく気が付いたね。あの二人は姉弟だよ」
湯飲みを片手に、ワカカが頷いた。
「訳あって子供の頃からここで奉公してもらっているんだ。二人とも、気立ての良い子だよ。まあ、その辺の事情は本人たちと懇意になってから直接聞くと良い」
弟はともかく、あのつれない態度の姉と親しくなれるか、タハトは自身がなかった。
しかし、ここまでの様子から察するに、彼女は本来、気さくで表情豊かな人のようだ。嫌われている理由さえわかれば、仲良くなるのも難しくないように思えた。
仕事に関する諸々は明日説明されるということだったので、タハトとワカカは菓子と茶を楽しみつつ、他愛のない会話に花を咲かせた。
暫くして、軽やかに扉を叩く音が響き、奉公人が部屋に入ってきた。先ほど話題に上がった、リッカの弟だ。
「おお、ご苦労さん」
ワカカが労いの言葉をかけると、少年は軽く会釈した。
「お部屋の準備は整っております。もうご案内差し上げますか」
卓を挟んで座る二人を交互に見るロクの目は、姉にそっくりだ。ただ、リッカがタハトに向けるような冷たさはなかった。寧ろ、控えめで自身なさ気な印象が勝っている。
「うん、後はよろしく頼むよ。私はもう帰るから。ついでに、これも下げてくれると助かる」
座ったままロクに指示を出すと、ワカカは掌で二人を交互に指し、改めてそれぞれを紹介した。
「こちら、今日から職場体験に来たタハト君、そしてこっちはうちで奉公しているロクだ」
紹介を受け、少年はおずおずと笑みを浮かべた。
「ロクと申します。今日は、ここでの生活について案内させていただきます。分からないことがあれば、何でもお聞きください」
そう言って、丁寧に腰を折る。切れの良い動作も姉譲りだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
タハトも急いで立ち上がり、笑顔と共に挨拶を返す。
顔合わせが済むと、ロクは卓の傍に膝をつき、空いた湯飲みと急須を盆にのせた。手際のよい慣れた手つきだった。
二人のやりとりに「よし」と言うと、ワカカは立ち上がり、壁に掛けてあった上着に手を伸ばした。
「ということだから、今から彼について行ってくれ。それじゃあ、私はこれで失礼するよ」
秘書はそう言うと、いそいそと上着の袖に腕を通し、足早に部屋を後にしてしまった。
扉が閉まる音が部屋にこだまし、静寂が訪れる。
タハトは、台拭きをせっせと動かすロクの背中をぼんやりと眺めた。成長期らしい骨ばった体つきが、シャツの上からでも見て取れる。
卓の上には、役目を終えた包み紙がくしゃくしゃになって転がっていた。沈黙に耐えかねたタハトが、これを手に取り隅のごみ箱に投げ捨てると、ロクは申し訳なさそうにアッと声を上げた。
「すみません」
眉尻を下げてこちらを見る。その不安そうな表情に、タハトはふっと笑顔になった。
「いえいえ、僕も明日からここで働くわけですから。言うなれば、ロクさんの後輩ですよ。こき使ってください」
タハトの気さくな態度に安心したのか、ほっとした様子のロクだったが、今度はおずおずと口を開いた。
「恐縮です。でも、僕はただの下働きですから、一緒に仕事をすることはないと思います。あと、敬語は止めてくださると助かります。歳も立場も、タハトさんの方が上ですから」
タハトとしては、子供の頃から奉公人として労働に従事してきた少年に、敬意を表したつもりだった。だが、この年の少年からすれば、確かに少しこそばゆいのかもしれない。
相手の気持ちを汲み、口調を変える。
「そう?じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうね」
ロクは人懐っこい笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。そしてすっくと立ち上がり、「では行きましょう」とタハトを廊下へいざなった。
与えられた部屋は、本館の裏手に建つ離れにあるという。車寄せの反対側、北の勝手口から出て右手に見える建物だ。
本館と同じく板張りの二階建てだが、外壁に塗装はなく、こぢんまりとしている。いかにも、使用人の寮という見てくれだった。
中に入ると、タハトは寮の設備やここでの過ごし方について、ロクから丁寧な説明を受けた。
建物は、中央に廊下が走り、左右に扉が並んだ構造になっている。二階は居室のみで構成されるが、一階には調理場や食堂、風呂や洗面所、それに厠といった共有施設が並ぶ。
朝食及び夕食はそれぞれ午前午後六時半から、風呂は午後五時から十時までなど、共同生活らしく時間が決められていた。
「不便で申し訳ありません」
とロクは上目遣いに誤ったが、タハトとしては特に気になることではなかった。むしろ、実家暮らしの身には物珍しく、部活の合宿のような新鮮さを感じる。
既に夕食まではあと数分。食堂からは、腹を空かせた男たちの談笑が薄いガラス戸越しに聞こえた。
その隣の調理場からは、魚を焼く香ばしい匂いが漂い、鼻腔を心地よく刺激する。
口内に唾液があふれる。腹が減った。昼に食べたのは、列車内で買った小さな握り飯のみ。当然といえば当然だった。
「今日は…、秋刀魚ですかね。いい匂いです。いつもは僕も調理場にいるんですが、今日は別件で動いていたので献立を知らないんですよ」
ロクも鼻をひくつかせる。どことなく、ネズミのような愛嬌のある仕草だった。
魚油の焼ける香ばしい香りが空きっ腹にこたえる。二人は後ろ髪を引かれる思いで階段を駆け上がり、部屋に向かった。
案内されたのは、小さいが居心地のよさそうな一室だった。
清潔感溢れるシーツの純白が目を刺す。壁際には簡素な机と椅子が備え付けられ、白熱電球の卓上灯がぽつねんと佇んでいた。北国特有の二重窓の際には小さな衣装棚があり、洋服掛けが何本か、上着に包まれるのを待っている。
荷物は既に搬入済みで、寝台の傍に置かれていた。
「これは君が?」
リッカの指示どおり、ロクがここまで運んできてくれたのだろう。重い旅行鞄を引きずりながら階段を上る少年の姿を想像し、タハトは複雑な心境になった。
「ええ。車を車庫に入れた後すぐに」
タハトの考えなど知りようのないロクは、当たり前のように答えた。
一四、五の少年。声変わりを終えたばかりの声、骨ばった四肢。どれも年相応だ。しかし、その言動は既に一端の労働者のものだった。
「基本、部屋では好きに過ごしていただいて結構です。喫煙も可ですが、一階に喫煙所がありますので、もし吸われるのであればどうぞ……」
時折内気な表情を見せるロクだが、てきぱきと諸々の注意事項等を説明する様子は、聞き手に頼もしさすら感じさせた。
「何か質問はありますか?あとで疑問が生じたときは、いつでも聞いてください」
と話しが締めくくられると同時に、カーンカーンと鐘を叩く音が鳴り響いた。
「お、夕飯の時間ですね」
何事かと顔を上げるタハトに、少年が嬉しそうに教えた。
「さっきから待ち侘びていたんだよ。オレ達も、もう食べていいのかな?」
空腹を強く感じていたタハトも、期待に目を輝かせた。一階で嗅いだ臭いを思い出しただけで、口の中に唾液があふれる。
「奉公人は皆さんの後に頂くことになっているのですが、今日はワカカさんの了承を得ています。一緒に行きましょう」
二人は急いで部屋を出、階段を駆け下りた。