第41話 取り調べ

文字数 3,545文字

 夏らしい陽気になってきてはいたが、この時間はまだ涼しい。リョウは早朝の誰もいない道を一人家に向かって歩いていた。
 明け方まで親友のタハトと酒を酌み交わし、つい今しがた別れたところだ。既に空は明るいが、太陽はまだ東の山々から顔を出していなかった。
 それなりに飲んだが、多少の考え事をできる程度には頭が冴えていた。最後の数時間は専ら、薄く割った酒をちびちびやりながら、くだを巻いていただけだったからだ。
 こうして一人で歩いていると、昨日の出来事が嫌でも思い出された。ワカカの救出劇に警察とのひと悶着、事情聴取と言う名の取り調べ…。
 そして最後にもうひとつ。これはタハトにすら話していないことだった。

 「ですから、あの時は水龍の能力を用いる他、あの人を助ける術はなかったんです」
 これを言うのは何度目だろうか。リョウは厭わしそうに答えた。能力使用を危険行為に仕立て上げるため、担当者が繰り返すネチネチとした質問攻撃に、辟易していたのだ。
 「本当か?だが、能力の行使を最初に提案したのはお前だろう。ただ、自分の力を誇示したかっただけではないのか?」
 警官は棘のある口調で続けた。高圧的な態度でリョウを睨みつける。目の前にいる特規種(とっきしゅ)の青年を危険人物にしたいという魂胆が見え見えだった。
 森の中で出会った時から、警察官たちの言動の何もかもが心の底から気にくわない。人の神経を逆なでするような話し方しかしない目の前の男も、その隣で薄ら笑いを浮かべている書記の若い男も、誰も彼もがリョウに侮蔑の視線を向けていた。
 リョウも、挑みかかるように眼前の二人をねめつけた。この部屋に入ってから三十分は経過しているが、未だに彼らは名前すら名乗っていない。そういった所にも、相手に対する配慮が欠如しているように感じられた。
 「確かに、能力の行使を最初に言い出したのは自分です。でも、どうしてそれだけで力の誇示云々の話になるんでしょうか。論理の飛躍ですよ。
 だいたい、ワカカさんの危険な状況や数的劣勢についてはさっきから何遍も説明したじゃないですか。それともなんですか?人命を最優先にしちゃまずかったですかね?」
 つい責めるような言いぶりになってしまう。警官を刺激するのは得策ではないと分かっていても、いい加減頭に来ていた。
 案の定、リョウの態度が気にくわなかったらしく、担当官は片方の眉を吊り上げた。
 「ふん、どうだかな」
 怒りを抑えているのか、口角が引きつっている。警官は平静を装い、声を抑えて聴取を続けた。
 「報告では、お前が水弾の様なものを使って敵を攻撃したとあったが、それはどこでどうやって修得したんだ?」
 今までにない角度からの問に、リョウは一瞬動きを止めた。ここで下手なことは言えない。能力の使用は原則禁止されているからだ。瞬時に上手い言い口を探す。
 「大抵の人は、変化したばかりでも四つ足で歩けるでしょう?それと同じです。水龍にとって、水を操るなんて朝飯前なんですよ」
 我ながら、立て板に水の如き虚言が口から流れ出た。嘘の露呈は危険だが、神別種などそうそういるものではない。今はこの言い分を信じ込ませるしかなかった。
 しかし実際のところ、この水を操る技術は長い年月をかけて培ったものだ。初歩は父から、その死後は独学で、人の目を避けて訓練を重ねてきた。
 師であるヤヘイが早くに亡くなってしまったため、基礎すら十分に学ぶことは出来なかったが、試行錯誤を重ねながら、独学で技術を身に着けてきたのだった。
 『私達の力は民を守るためにこそある』
 父の言葉は今でも胸に残っている。彼に意志を絶やさないためにも、リョウは力を磨いてきた。
 警官は小馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らしたが、この件について、それ以上は何も聞いてこない。リョウは安堵に胸を撫でおろした。
 神別種の特殊能力についての情報は、一族の中で大切に守られて来たものだ。例え革命で立場を失ったとしても、その秘密は健在であった。
 この男も当然、リョウの発言を疑うだけの知識を持ち合わせてはいない。警官はこの話題では埒が明かないと悟ったのか、すぐに話題を変えた。
 「しかし、下手をすれば相手方に死人が出ていたかもしれないとは考えないのか?いくら暴漢と言えど、そうなっていたら大事だぞ」
 厄介な質問を切り抜けたと思ったらこれだ。いい加減うんざりしていたが無視するわけにもいかない。リョウは小さく溜息をついて質問に答えた。
 「もちろん、その可能性は考慮していましたよ。その上でやったんです。力を加減して制圧する自信はあったので」
 特に取り繕う必要もないと判断し、思ったままを口にする。しかし警官は、光明を得たりとばかりに顔を輝かせ、重心を前へ移動させた。
 「いくら力の制御が朝飯前だとしても、八人の手練れ相手にその判断をするのは難しいのではないかな?普段は使用を一切許されていない能力なのに」
 『しまった』
 苛立ちで言葉の精査が甘くなってしまったようだ。目の前にしたり顔を突き付けられ、リョウは内心で冷や汗を流した。
 それと同時に、重箱の隅をつつくような問いに怒りにも似た感情が沸き上がる。この男は、自分を無実のまま返すつもりなど無いのではないかとさえ思えてきた。
 「はあ、いい加減にして下さいよ。あなたたちには分からないでしょうよ、僕らの感覚なんて」
 何とか心を落ち着けなければ不味いということは承知していた。しかし、苛立ちと相手への不快感がつい口調に現れてしまう。
 これがいけなかったようだ。警官は「なんだと!」と声を荒げ、拳槌を机にたたきつけた。
 「さっきから小馬鹿にしたような態度をとりおって」
 こめかみには、怒張した静脈が浮かび上がっている。相当ご立腹の様子だ。先程まで自分がリョウに向けていた態度のことなど棚に上げ、鼻の穴を膨らませている。
 「そんなつもりでは…」
 流石にこの状況で相手を怒らせるのは得策ではない。リョウは瞬時に冷静さを取り戻し、宥めるように声を和らげた。
 だがそれでも、担当官の溜飲は下がらない。参考人を指さし、唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
 「いいや、お前は私たちを見下している」
 この言葉に、リョウは半ば意表を突かれたような表情を浮かべた。
 見下したつもりなど毛頭ない。ただ、取り調べの様な事情聴取にうんざりして苛々を募らせていた。それだけだった。
 疑問の目を向けると、警官はますます激高し、正面に座る青年に人差し指を突き付けた。
 「その目だ、その目が気にくわない。それは、人を下に見ている人間が見せる目だ」
 「気にくわないってそんな…」
 私的な印象や感情を仕事に持ち込まれてはたまらない。リョウは面食らってそうこぼしたが、それと同時に、担当官が発した言葉の意味を考えた。
 確かに自分は、子供の頃から大抵の事が他人より出来た。運動はそれなりに、勉強に関してはピカイチに。それ故、妬まれることも少なくなかった。
 加えて、自分の変化種に対しては大きな誇りも持っている。正直に言ってしまえば、小さなものや地を歩くもの、非力な変化体などを見た時、不憫に思う気持ちが無いわけではない。
 それでもその感情は、自身の変化体への誇りを助長するものであって、決して相手を貶めるものではないと、これまでそう思ってきた。
 しかし、今目の前で怒っている男は、リョウの態度からそういった負の感情を受け取ったのだろうか。だとすれば、確かに非は多少なりとも自分にあるようにも思えた。
 自戒にも似た念が胸の中で渦巻く。思いがけず自分を見つめ直す必要を突き付けられ、リョウは考え込むように押し黙った。
 そんなリョウの心の内など知る由もない警官は、顔を紅潮させたまま再度声を張った。
 「大体お前達特規種は、未だに驕りが抜けていないんだ。過去にどんな身分だったとしても、今はそれを失った身。それに、お前たちのせいでこの国の民は苦しんできた。西洋列強やアシハラに文化面で後れを取っているのも、元はと言えばお前たちのせいなんだ。
 本来なら、革命の時に一族もろとも縛り首になっていても可笑しくなかったのに、普通に市民権を得られているだけでも有難いと思わんか!」
 失礼にも程があるもの言いに、心の中のもやもやが一気に晴れた。もう冷静な態度など取ってはいられない。リョウは机をバンと叩き、一気に立ち上がった。
 椅子が後ろに弾かれ、勢いよく倒れる。その音が反響する狭い部屋の中で、二人はお互いを睨みつけた。書記の若い警官は、呆気に取られて口を半分開けたまま固まっている。
 束の間の静寂が流れた後、リョウは一こと言い返そうと口を開きかけたが、その言葉は予期せぬ出来事に中断された。
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登場人物紹介

タハト

本作の主人公。オオハヤブサの変化能を持つ私立大学生。

卓越した飛行能力を持ち、競技飛行猛禽の部では、全国屈指の実力。

リョウ

タハトの友人。強大な力を持つ”特定変化規制種”の一つ、水龍に変化する。

社会から差別を受け貧しい家庭環境の中、持ち前の要領の良さと努力で名門国立大に進学。

専門は応用化学。

コト

タハトとリョウの幼馴染。変化能はツグミ。

タハトと同じ競技飛行部員だが、成績は地区大会止まり。

溌剌とした性格の持ち主で、常にタハトやリョウを気遣う優しい一面も。

ワカカ

謎のカラス集団に襲われているところをタハトとリョウの2人に助けられる。

国会議員、テス女史の秘書。

筋骨隆々でイカつい見た目だが、博識と落ち着きを兼ね備えた大人の男性。

変化種はコノハズク。

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