その12 日本SFの御三家

文字数 5,163文字

星新一、小松左京、筒井康隆
先生、お久しぶりです!
おひさしぶりです
本当にずいぶんと久しぶりになってしまったね。
秋にイギリスに戻ったら、コロナ禍で大変なことになっていて、日本に帰れなくなってしまったんだ

それで、今日はリモートなんですね
お忙しい中にすみません。
でも……前回の『転生』からもう3ヶ月
いやぁ、申し訳ない
このコーナー、お休みしている間に、今まで紹介してくださった作品全部読んじゃいました。
絶版のものは図書館で読んだり、古書店で購入して
僕も半分くらい読んだかな?
ほう、それは2人ともすごいな!

今回は3人まとめてなんですね。

前回、筒井康隆は単独で紹介って……

それにお薦め度の☆がないんですけど?

筒井康隆は単独で?……そんなこと言ったかな?(汗)

(確かに言いました)
(うん、言った、言った。僕も覚えてる)

御三家としてまとめてしまって申し訳ない。

☆に関しては作品毎に違うけど、敢えて言えば3つから4つ半……かな?

作品名を挙げずに作家名だけで紹介されるのも初めてですね
この人たち、僕も名前は知ってる
日本SFの黎明期の作家の中でも特に有名な方々だからね
『宇宙塵』……ですよね

よく覚えてたね

宇宙人?

あ! 思い出した。前回の平井和正の時に説明してくれた同人誌?

そうそう、その『宇宙塵』

初期の作家には、御三家以外にも前回紹介した平井和正や、眉村卓、豊田有恒、広瀬正、光瀬龍など、錚々たるメンバーが名を連ねていたんだ


先生はその中では、平井和正と筒井康隆が推しメンなんですよね?

思い入れが強いって前回仰ってたし……

推しメンか(笑)
若い頃……高校時代に筒井康隆にはすごくハマったんだ
『時をかける少女』は僕も読みました
私も「時かけ」しか読んだことがなかったので、最近『パプリカ』と『家族八景』と『旅のラゴス』を読みました
どれも面白いけど、私にとって筒井康隆と言えば短編小説かな。昔はあまり長編は書いてなかったし、毒っ気の強い筒井康隆が『時をかける少女』みたいな小説を書くとは、少年時代の私には想像出来なかったな。

『幻想の未来』でファンになったんだ。異形の人々が暮らすようになった1億年後の未来を描いたSFは高校1年の私にとって強烈なイメージだったし、表題作だけでなく収録された他の短編もそれぞれ全く違う内容で、個性を放っていたよ。

コース料理を堪能するような長編よりも、当時は勉強の合間に味わう点心みたいな短編小説が絶妙に美味かったんだ!
短編なら、飽きっぽい僕でも読めるかな?

ちょっと癖はあるけど、飽きさせることはないと思うよ。
もともと「士農工商SF屋」と自分たちを皮肉る人だから、笑いもブラックユーモアたっぷりなんだ。
奇抜なアイディア。タブーを恐れぬパロディ精神。駄洒落のセンス。それに落語や漫才に通じるオチ。そういった筒井節ともいえる短編小説に、高校生の頃はずいぶん笑わせてもらったよ。ちょっと下ネタが過ぎるところはあるけどね
一番笑ったのはなんですか?
『地獄図日本海因果』と書いて「だんまつまさいけのくろしほ」と読む

なんだかすごいタイトル……
どんなお話ですか?
対馬海峡で自衛隊の護衛艦が核ミサイルを積んだ北朝鮮の艦隊と遭遇するんだ
シリアスですね
それがとんでもないドタバタに展開する。
自衛艦が「しらくも」とか「ふらつき」って名前だから、なんとなく想像はつくだろう。(笑)
まぁ読んでみて……と言いたいところだけれど、今はこの作品が収められた『わが良き狼(ウルフ)』が手に入らないのが残念だけど
この人の小説ってギャグが多いんですか?
『走る取的』や『乗越駅の刑罰』のように夢にみそうなほど恐ろしい作品もあるし、筒井流歴史小説とも言える『空飛ぶ表具屋』や、『時の女神』みたいに綺麗な作品もあるけど、短編はタイトルだけで笑えるものが多いよ。
『郵性省』なんて、当時の省庁の名前から取ったダジャレだし、作品名はパロディーのオンパレードって感じだね。
『ペスト』に対して『コレラ』、『蟹工船』に対して『蟹甲癬』……もちろん蟹工船とは関係のないSF。『万延元年のフットボール』に対して『万延元年のラグビー』……これも大江健三郎とは無関係な、井伊直弼の首でラグビーをする話で、フットボールの起源を皮肉ってる。
『日本沈没』が売れれば『日本以外全部沈没』、『サラダ記念日』が流行れば『カラダ記念日』、『バカの壁』に対して『アホの壁』と言った具合にね
『日本以外全部沈没』って(笑)
面白い! 読みます!
今の若い感性でどう感じるか、読んだら感想を聞かせて欲しいな
はい!
彼のアイディアには、根底にビアスの『悪魔の辞典』の批判精神やブラックユーモアがあると思う
あ! それ知ってます。悪魔学の事典ですよね?
あぁ、フレッド・ゲティングズのそっち(事典)じゃなくて、アンブローズ・ビアスの辞典の方だよ
辞書のパロディの原点的な本ですね
そうなんだ!
例えば、「CONGATURATION(祝辞)」は「礼儀正しく表現される嫉妬」。その隣の「CONGRESS(議会)」は「法律を反故にするために会議する集団」といった具合に、皮肉タップリな辞書のパロディで、悪魔や悪魔学とは関係ない。
パロディ文学のバイブルとも言うべきこの作品は、彼自身が注釈したものが『筒井版悪魔の辞典』として講談社から出版されている

へぇ? 講談社から
ただ、文庫化された上下のうち下巻は購入できるけど、なぜか上巻だけが販売休止中なんだよ

講談社さん……どうしたのかしら
もしかしたら、CAT(猫)の項目が問題なのかなぁ?
家庭内でいざこざが起きたときに蹴とばすための壊れないロボット……という表現に、猫好きの人は憤慨するだろうから
ひどい!
山寺の和尚さんみたいだ
昔の猫はずいぶん人間に虐待されてたんだね。

もちろん私も動物虐待には大反対だ。

ただ言葉尻にとらわれると、やれ差別だなんだと小説は自由を失う


それは同感です。
それで「断筆宣言」になったわけですね

断筆宣言?
そうそう。
彼の『無人警察』という小説が高校の国語の教科書に収録されることになったときに、作中のてんかんの記述が差別的だと抗議を受けた。
それがマスコミや文壇で大騒ぎになって、家族まで巻き込みたくないと、一時筆を折ることになってしまったんだ
そんなことがあったんだ……
私が生まれる前のことですけど、最近本で知りました。
ところで、調べてみたら、筒井さんには『乱調文学大辞典』っていうのもあるんですね

自分も含めて小説や作家そのものを皮肉っている「あなたも流行作家になれる」なんて思わずニヤッとするし、なかなか面白いよ。でも、辞典の部分は今の時代には難しいかな? ちょっと皮肉が強すぎるから。

これも講談社だけど、残念ながら今は古書でしか入手できないんだ。

今買える本はあるんですか?
最近は過去の作品が再版されたり、傑作選として出版されたり、Kindle版で読めるようになったりしてる。
実際に書店で買えるものとして、エッセイやショートショートはどうだろう?
エッセイなら『狂気の沙汰も金次第』かな
そのタイトルも「地獄の沙汰も金次第」のパロディですね!
あとは、ショートショート集の『くたばれPTA』なんか、筒井節のエッセンスが堪能できて良いんじゃないかな? 下ネタやちょっと過激な描写もあるから苦手な人もいるだろうけど、狸と狐の化かし合いみたいな小話のような作品もあるし

それ、読んでみます。

ところで、ショートショートって星新一が開拓したってほんとですか?

そうなんだ!
良いことを言ってくれた。話題が筒井康隆ばかりになってしまったからね。
星新一が登場するまで、小説家の原稿料は文字数に対して支払われてた。それを、ショートショートとして価値を認めさせたのは星新一の功績だよ
先生のオススメは?
一番売れている『ボッコちゃん』から読んでみても良いと思うよ。「ボッコちゃん」も「おーいでてこい」も代表作だしね。

彼も根底にブラックユーモアがあるけど、筒井康隆と違って下ネタはあまりないし、毒気も少ない。ペッパーじゃなくジンジャーの辛さかな? 子供やお年寄りでも大丈夫。(笑)

ずいぶんサラッとまとめられましたね
(時間がないからね)説明するより読んでもらった方が早いと思う

なるほど

もう一人……小松左京は?
去年『復活の日』読みました!
今のパンデミックを予想した小説と言われてコロナ禍で注目されたみたいだね。
兵器として作られたウイルスで人類が滅亡寸前まで行ってしまう話だし、深作欣二監督で映画にもなってるからね
私も『復活の日』と『日本沈没』、それに『果てしなき流れの果てに』は読みました!
『果てしなき流れの果てに』は力作だね。
SFらしいセンス・オブ・ワンダーに満ちているし
すごくロマンを感じました。日本のSFにもこういう作品があるんだなって
こういう作品が好きなら、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』も気に入ると思うよ
漫画で読みました!
萩尾望都だね
それ……僕も小学生の時に読んだけど、難しくてよくわからなかった。うちの母親が持ってたんです
じゃ、あらためて小説で読んでみては?
はい! そうします

小松左京に話を戻そう。

『果てしなき流れの果てに』や『継ぐのは誰か?』は日本SFの代表作でもあると思うけれど、私は短編集の『神への長い道』や、ゴエモンという変なおじさんが登場する『明日泥棒』も好きだな。

『明日泥棒』は、笑って読んでいるうちに恐ろしくなる。
実は、小松左京はその昔、いとし・こいし(夢路 いとし・喜味 こいし)っていう上方漫才の時事ネタの台本を書いていたこともあるんだよ

へぇー?

漫才のネタって芸人本人が書くんじゃなかったんですか?

昔は、書くのが専門の漫才作家もいたんだ


なるほど
でも、私が一番好きなのは初の長編小説『日本アパッチ族』かな? 後の作品に比べるとかなり荒削りだけど、すごく力強い。
京大を卒業した後、物乞いをしていた時代もあると何かで読んだ気がするけれど、そんな経験が生きてるのかな?
京大って京都大学?
そう。『邪宗門』の高橋和巳と親しかったって……
じゃしゅうもん?
あ! 『邪宗門』だ。ハインラインの時に聞きました

よく覚えてたね。

高橋和巳とは大学時代からの親友同士だったらしい

そういう交友関係や知識の深さや広さが、SFに留まらない色々なタイプの作品を書く源になったんですね

筒井康隆もそうだけれど、マスコミで名前が売れて、「小説を読んだことはないけれど顔を知ってる流行作家」になってしまったことで、逆に小説家としてはちゃんと知られていない気がするんだ。

今あらためて、そんな彼らの作品を読んでみると新しい発見があるかもしれないよ

はい!
いろいろ紹介してもらったので読んでみます
私も!
今回は3人まとめて取り上げたから、すごく長くなってしまったね
ほんとにお疲れさまでした(読んでくれてる皆さまも)
これは予告というかお知らせになるけれど、実は次回で最終回にしようと思うんだ

えっ!?
まだ沢山あるんじゃないんですか?
途中、寄り道しすぎてしまったからね。
今の私は、あれこれ眺めているうちに本命の買い物をする時間がなくなってしまって、閉店間際に慌てている東急ハンズの客みたいな感じかな?(笑)

あー、それわかります!

言い得て妙ですね!
でも、以前にカズオ・イシグロや三島由紀夫のことも言われてましたよね?
森見登美彦も
カズオ・イシグロの『私を離さないで』は、クローンをテーマにした小説だし、映画やドラマになってるから多くの人に読まれている。
三島由紀夫の『美しい星』は、SFのアイディアを借りた三島文学かな? アーサー・C・クラークにかなり心酔していたらしいけど。
一方で森見登美彦の『四畳半神話体系』は、パラレルワールドを描いているのに、あまりSFに括られることはないように思う。でもSF小説として読んだら実に面白かったよ
どれも取り上げられないのはちょっと残念です
でも、みんな読んでるでしょ? SFファンじゃなくても

それを言ったら『アルジャーノンに花束を』や『ドグラ・マグラ』も……

まぁ、そうだね……
それで最終回は誰の作品になるんですか?
海外の作家とだけ言っておこう
以前に、ブライアン・W・オールディスの『地球の長い午後』、キース・ロバーツの『パヴァーヌ』、コリン・ウィルソンの『賢者の石』、カート・ヴォネガットの『スラップスティック』を予告されてました。その中のどれかですか?
うーん、そこには入っていない。
どれも取り上げるつもりだったけど、残念ながら閉店間際なので。(笑)
なんだろう?
それは次回のお楽しみに
また3か月後……ですか?
いや、さすがに……そこまでは。もう少し早くなると思う
先生、ヒントだけでも!
何作も映画化されてる作家だよ
えー? 誰だろう?
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登場人物紹介

長谷川裕美

女子大の家政学部で児童教育を学んでいる。

本が大好きで、3大ファンタジーや『ハリーポッター』は特に好き。
でもSFはちょっと苦手かも

馬場俊祐
都立高校普通科の2年
中2までは漫画以外自分から読んだことなかった。
ラノベはよく読むけど、最近純文学や文芸小説にも興味を持ち始めたところ

森谷幸弘
インペリアル・カレッジ・ロンドンでロボット工学とAIの研究を進めている工学博士。

実はSFをはじめ小説は大好き。

自身も若い頃にSF小説を書いたことがあるとか?


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