その10『ドグラ・マグラ』

文字数 2,187文字

『ドグラ・マグラ』夢野久作(お薦め度☆☆☆☆)
先生、お久しぶりです

いやぁ、申し訳ない。

ちょっと他の小説の執筆……じゃなかった、研究で忙しくてね

でも、こうして予告通り『ドグラ・マグラ』を取り上げてくださったんですね
この作家は「ゆめのひささく」って読むんですか?

「ゆめのきゅうさく」って読むの。

昭和初期の作家さんよ

裕美さんは、好きな小説っていうくらいだから、もちろん読んでるよね?
はい。
実は、以前に「青空文庫」で読んだので、あらためて書店で買おうと思ってビックリしました
米倉斉加年さんが描いたあの表紙だね?
そうなんです
文庫本のあのイラストで、内容を誤解する人もいるかもしれないな。
高校生にはちょっと勧められないしね
ですよね
そう言われると見たくなる
はい。これ

うわぁ、びっくりした。

これかぁ

昭和初期に「エロ・グロ・ナンセンス」という言葉がブームになったんだ。
夢野久作は当時それを代表するような作家と言われていたから、そのイメージかな?
この小説はエロでもグロでもないけどね
ナンセンスは?
軽妙でコミカルな描写は、真面目な人に「ナンセンス」と思わせたかな?
それに推理小説として考えるとナンセンスになるのかもしれないね。謎は謎のままだから
そのせいでしょうか?
三大奇書の一つとも言われてますよね

三大キショ?

キショい本?

気色悪いって意味じゃなくて奇妙の奇に書って書くの。
難解とか理解不能って思われてるのよ
当時は探偵小説と呼ばれたけれど、探偵小説、推理小説として考えたら、そりゃ理解しがたいと思われるだろうね
夢野久作はこの作品の執筆には十年もかけたと言うけれど、その翌年に他界してるんだ

へぇ?

書いたのはこの小説だけなんですか?

当時の流行作家だったから、実に沢山の小説を書いてる。
よく知られてる作品だと、『瓶詰の地獄』とか『少女地獄』。それに『押絵の奇蹟』『人間腸詰(にんげんそうせえじ) 』『悪魔祈祷書』とかね
なんだか怖そうなタイトルばかりですね
彼の作品の多くはミステリー=探偵小説というよりは怪奇小説や幻想文学に近いかな?
じゃ、SF作家じゃないんですね?
誰も彼をSF作家とは呼んでないし、書かれた小説がSFと言われたこともない
先生、そこなんです!
世間一般には誰もSFとは呼ばないこの作品を、SFと定義付けられた理由を教えていただけますか?
物語の中に「脳髄論」や「胎児の夢」というテーマがあるのは知ってるね?

はい

「脳髄論」は「ものを考えるのは脳ではなく身体を構成する細胞であって、脳はそれを取り次ぐ電話局のような存在」でよかったでしょうか?

素晴らしい!

私より的確に説明できそうだね。

それじゃ「胎児の夢」もお願いしようかな?

「胎児の夢」は「人間の胎児は、母の胎内にいる十か月の間に全ての生物の進化の過程を夢見ている」っていう説ですね?
そう、その通り!
「胎児の夢」は「ヒトは、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に至る生物としての進化のプロセスを胎児の間に繰り返す」といううヘッケルの「反復説」に基づいているんだ。
このヘッケルの「反復説」は今では疑似科学的と捉えられているけれど、仮説としては説得力があって面白いと思うよ。観察が強引で根拠が曖昧なために肯定されなくなったけれど、元々はダーウィンの進化論的考え方に基づいている
それと……確か「心理遺伝」というのがありましたね?
「胎児の夢」で核になるのが「心理遺伝」だ。
進化の過程で生じた記憶や精神状態を遺伝情報として胎児が持っているという訳だね。
それはまた親から子へと受け継がれていく
へぇ? なんだか面白そう
そう。実に面白い。
この小説は、そもそも謎解きをテーマにするミステリー=探偵小説の枠に収めるは無理がある。
豊富な知識、大胆な仮説、豊かなイマジネーション……ある種のセンス・オブ・ワンダーを感じさせる知的な悪戯。
作者の科学的直感に基づいて描かれたフィクションだから、SFとして捉えて何ら問題ないと思うよ

先生がSFと言われる意味がよくわかりました
読んでみたくなりました
読むと精神に異常を来すらしいわよ?
え〜?
冗談よ(笑)
実は、読んでしまった私たちはすでに精神に異常があって、ただそれに気付いていないだけかもしれないよ?(笑)
あははは!
先生やめてください
でも上下二冊あるから、全部読むの……大変そうですね
そうね。
一気に読み切ろうとするとまる一日かかるし、読み始めるとのめり込むんじゃうから、それだけは気をつけてね
わかった。
ところで、ドグラ・マグラってどういう意味なんですか?
作中に、「切支丹バテレンの呪術を指す長崎地方の方言」とか、「戸惑う、面食らうや、堂廻り、目くらみがなまったもの」という説明もあるけれど、本当のところは作者にしかわからない
ところで先生、次はどんな作品を紹介して頂けるんですか?
次回もちょっと意外な作品を予定していたんだけどね……
楽しみです
ただ、小説……じゃなかった、研究が忙しくて時間に限りがあるからね。このペースだといつになるか……
お忙しい先生にあんまりプレッシャーを掛けては申し訳ないですが、次を待っている方もいらっしゃると思うんです
実は、紹介したい作品が沢山ありすぎて困ってるんだ。

だから、ちょっと今までとは違う切り口で、とりあえずまとめようかとも考えてる。

延々と待たせて忘れ去られるよりその方が効率的だしね


はい、わかりました

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

長谷川裕美

女子大の家政学部で児童教育を学んでいる。

本が大好きで、3大ファンタジーや『ハリーポッター』は特に好き。
でもSFはちょっと苦手かも

馬場俊祐
都立高校普通科の2年
中2までは漫画以外自分から読んだことなかった。
ラノベはよく読むけど、最近純文学や文芸小説にも興味を持ち始めたところ

森谷幸弘
インペリアル・カレッジ・ロンドンでロボット工学とAIの研究を進めている工学博士。

実はSFをはじめ小説は大好き。

自身も若い頃にSF小説を書いたことがあるとか?


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色