その9『アメリカン・ブッダ』
文字数 2,397文字
そうだね。本物の柴田勝家なら500歳くらいになるから、それ自体がSFみたいだけど、残念ながらペンネームだ。(笑)
大学時代に付いた渾名をペンネームにしたらしいよ。
6年前に『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞して、20代でデビューした若い作家だね。
因みに1961年から18回まで行われたコンテストは「ハヤカワ・SFコンテスト」と間に「・(中黒)」が入るけど、読み方は一緒だから、ちょっと面倒だね。
なんだかちょっと気になるけど……まぁいいだろう。
この『アメリカン・ブッダ』は短編集なんだ。「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は中国の少数民族が生まれながらにVRのヘッドセットを着けて暮らしているという話だし、「一八九七年:龍動幕の内」は長編小説『ヒト夜の永い夢』の前日譚。そして、書き下ろしの表題作は、アメリカのインディアンが仏教徒として祖国を捨てたアメリカ人を救済する話なんだ
そのことは、この小説の最初に説明があるんだけれど、呼び名はインディアンでも良いみたいだよ。
”奇跡の人(ミラクルマン)”と名付けられたインディアンの若者が、祖国を捨ててMアメリカという仮想現実の世界で暮らす「私」たちに向けてメッセージを発信する。
現実世界と仮想世界——もう一つ先があるんだが——では時間の進み方が違う。ちょうどクリストファー・ノーランの映画『インセプション』みたいな感じだね
中学生にはちょっと難しかったかな? でも今観たら、きっとわかると思うよ。
それで、この小説。インディアンのミラクルマンは、一部のインディアンを残して多くのアメリカ人が去って行った現実世界のアメリカにいるんだが、そこはMアメリカの人々から「エンプティ」と呼ばれている
よく知ってるね。
華厳、阿含、方等、般若、法華・涅槃……と中国で分類された経典の二つ目。最初に説かれた華厳経が難しすぎて人々が理解できなかったために、次に説かれた平易な経典が「阿含経」であると定義されたんだ。
小説に話を戻すと、ブッダが、インディアンつまりインド人じゃなくて、アメリカのインディアンだっていうところに、私はちょっと違和感を感じたけれど、娘にそう言ったら「お父さんは頭が硬い」って言われてしまったよ。
でもブッダはインディアンのサカ族っていうことになってるから、これはインドの釈迦(しゃか)族に生まれたゴータマ・ブッダを擬(なぞら)えてるね。
俊祐くんに言わせたらこれもダジャレかな?(笑)
むしろ知らないほうがいいかもしれないな。
天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六道……つまり六つの世界を、もっと今流の「六つの生き方」にアレンジしてるし、乳がゆがトウモロコシになっていたり。
下手に仏教を知ってるとツッコミたくなってしまうかもしれないけれど、成道に始まって、四苦八苦とか四諦八正道とか、仏教の基本理念が分かり易く説明されてるから、この小説を入り口にして実際の仏教を勉強するのもアリかもしれないね
アイディアはなかなか秀逸だと思うよ。
それでも星三つにしたのは、10年、20年後に読んだ時にどうかな……って思ったからなんだ。
VRとかAIとか、将来は現実世界に小説以上に突飛なものが生まれるかもしれない。事実は小説よりも奇なりって言うしね。まぁ、それを実現するのは私たち科学者や技術者だけれど
先生が創造される未来も楽しそうですけれど、私はこの本、ちゃんと読んでみます。
それにデビュー作の『ニルヤの島』もですけど、『ヒト夜の永い夢』ですか? 南方熊楠と粘菌が宿った自動人形の話ってなんだか夢野久作みたいで面白そうですね