その4『輪廻の蛇』とハインライン
文字数 2,915文字
『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン(お薦め度☆☆)
そうだね。
御三家の一人だから先に紹介しておこうと思ったんだ
私も少し予習してきたんです。
ハインラインって、アシモフ、クラークと並んでSFの御三家とか三大SF作家と呼ばれてるんですよね?
漫画、アニメ、映画……SF的な物語の7〜8割は、彼ら3人が書いた小説のどれかをヒントにしていると言っても過言ではないと思うよ。
中でもハインラインの『宇宙の戦士』がなかったら『ガンダム』は生まれなかったと思うし、他にも、この人を語らずにSFは語れないほど沢山書いてるのは確かだ。
ただ、私は肌が合わないと言うか、登場人物をあまり好きになれないんだ。
なるほど。
僕もラノベ読んでて、登場人物を「なんだ、こいつ? ウザっ」って思うと、先が読めなくなります。
そうだね。私も一緒だよ。(笑)
登場人物へのシンパシーでふるいに掛けたら『輪廻の蛇』が残ったって感じかな?
時間旅行で起こるタイムパラドックスを利用したパズルのようなストーリーが秀逸だし、先に書かれた『時の門』と同じテーマだけど、より深度が増している感じがする
冠タイトルにした短編集が今も手に入るはずだ。
実は長編の『異星の客』か、この『輪廻の蛇』か、どちらにしようか迷ったんだ。
片や800ページ近い長編、片や30ページ以下の短編なんだけど
長編の『異星の客』は、ハインライン版『邪宗門』とでも言ったら良いかな?
既存の宗教と相容れない信仰は邪宗門として迫害された。
小説でも、芥川龍之介や高橋和巳が書いてる
長くなるといけないから、端折って説明するけど、火星の価値観を反映した宗教団体の話なんだ。
1960年代からヒッピーの経典と崇められたみたいだけど、ハインラインは「書いた」だけで、決して「信じて」いた訳じゃないと思う。むしろ、彼は極右と言われるくらい戦争礼賛の話も書いているけれど、本当は彼にとっては全てがエンターテイメントで、右も左も思想はなかったんじゃないかな?
たぶん、そうだね。
『異星の客』を若い頃に読んだとき、すごく面白いと思ったので、推薦しようと思って読み直してみたんだ。でも、今読むとやっぱりカルトだな。(笑)
ヒッピーが何故生まれたのか? 彼らがなぜこの小説に熱狂したのか?
とりあえず一度読んでみても良いかもしれないよ
そうね(笑)
実は、私の友だちは
「もし先生がハインラインを推薦されるなら、『月は無慈悲な夜の女王』か『夏への扉』よ」
って言ってたんです
『月は無慈悲な夜の女王』ってタイトルがカッコいいね!
直訳すると「月は冷たい恋人」とか「冷酷な愛人」になるかな? それにしても、この邦題は秀逸だね。
この小説の中で、高性能コンピューターが知性を持つ話は、初めてのアイディアではないにしても面白い。暇つぶしで悪戯したり、架空の人物を作り出して月の暫定政府の大統領にしたりするんだ
そんなに面白そうな小説を、なぜ先生は選ばれないんですか?
月が地球に独立宣言するんだけど、その後戦争になって沢山の人が亡くなる。
なにも地球と月で戦争なんかしなくても良いのにと思ってしまうんだ。
ハインラインは素晴らしいSF作家だけど、私には少し無慈悲に見えるんだ
実際の戦記物やルポルタージュは避けずにちゃんと読むよ。
ただ、前にも言ったかもしれないけど、私は空想の世界でまで人が殺されるのを見たくないんだ。それが、ミステリーをあまり読まない理由でもあるんだけど
よくわかります。私も戦争は絶対反対です。
ところで、『夏への扉』はいかがですか?
先生は大の猫好きだって友だちが言ってました。だから、『夏への扉』かもしれないって。
私も読みましたけど、猫好きな人は必ず読むって言われてますよね?
表紙のイラストの影響かな?
『夏への扉』の日本での人気は、猫のピートのおかげかもしれないね。
ただ、私は登場人物にあまり魅力を感じないんだ。
それで、裕美さんは読んでみてどうでした?
う〜ん。実は、友だちが薦めるほど面白いとは思わなかったんです
物語としては、冷凍睡眠と不完全なタイムマシンによるタイムトラベルものと言えるかもしれないけど、親友と婚約者に裏切られて、主人公自身も復讐しようとして返り討ちに遭い、時間旅行で過去に戻ってリベンジを果たすっていうストーリーだよね。それが『忠臣蔵』が好きな日本人には受けるのかもしれない
テレビドラマでは「倍返し」みたいなのが流行ってるらしいけど、裏切られたり、それを見返したりっていう復讐ものは、どうもピンとこないんだ。
たとえ200年かかってもアンドリューみたいに地道に裁判で勝利を勝ち取る方が良いよ(笑)
ただ、『夏への扉』で描かれているパーソナル端末や外部メモリ、家事ロボットや集積回路など、ハインラインお得意の未来を先取りしたガジェットのアイディアは面白いと思うよ
軍隊で先端技術に触れていたせいもあると思うけど、彼特有のセンスかな?
実は、クラークもアシモフもみんな軍隊経験がある。
第二次世界大戦の時代だから当然かもしれないけどね
前ぶりが長くなってすみません。
それで『輪廻の蛇』なんですけど……
短いからあっという間に読めると思うよ
時間旅行によって起こりうるパラドックスを解決させるべく全てを繋げた結果、主人公はいったいどこから来たのか? という究極的なパラドックスになってしまった。だから「輪廻の蛇」なんだ。
尻尾を咥えてる蛇の姿は、よく「ウロボロス」とも呼ばれてるね
ウロボロスってよく聞くけど、そういうことだったんだ
自分の尻尾を飲み込んでいる蛇や龍の姿を図案化した物だけど、小説の中でもそれをシンボルにした指輪が登場するんだよ。
原題の『'—All You Zombies—'』は、「おまえたち、生き変わり死に変わりして現れる死霊ども」という主人公の台詞がそのままタイトルになっている。
「死霊」と翻訳されてるけど、この"zombie"には、よくあるゾンビ映画の「生き返った死体」以外にも、「蛇神」とか「消滅しないもの」という意味もあるんだ
ハインラインには失礼な言い方かもしれないけれど、この小説は、彼の描く俗っぽさが、場末の世界観やくたびれた登場人物の人物像と上手くマッチしてると思う。
ずいぶん昔に書かれてるから、描かれてる西暦に100年くらい足すと丁度良いかもしれないけどね
実は6年前に映画化されてるんだ。
『プリデスティネーション』ってタイトルで、イーサン・ホーク主演だけど、これが割と良く出来てるんだよ
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