その8『所有せざる人々』と『内海の漁師』

文字数 2,201文字

『所有せざる人々』アーシュラ・K・ル・グィン(お薦め度☆☆☆☆)
『内海の漁師』アーシュラ・K・ル・グィン(お薦め度☆☆☆☆)
2作並んで紹介って初めてですね
最初は『所有せざる人々』だけにしようかと思ったんだ。

でも、彼女の世界観を表すには分かり易い短編集も紹介したくてね。

ただ、『内海の漁師』は絶版になってるから、古書でしか入手できないのが残念だけれど……

この人知ってる。
『ゲド戦記』の人ですよね
そうそう。
『ゲド戦記』は『アースシー』が本当のシリーズタイトルだけど、ファンタジーの名作だね。他にも東欧に位置する架空の国オルシニアを舞台にした『オルシニア国物語』もファンタジーに近い作品として広く読まれているよ

私、両方読みました。

SF作家だってことはなんとなく知ってましたけど、宇宙を舞台にした本格的なSF小説は読んだことないんです

ル・グィンのSF作品の多くは、地球を遠く離れたハイニッシュ・ユニバースを舞台にした作品が多いけど、彼女の作品はハードウェアやテクノロジーよりも「人」が中心の社会学的SFとも文化人類学的SFとも言える。

実際、英語圏ではSFにあまり興味の無い人でも、ル・グィンだけは好きって言う人もいるくらいなんだ

『オルシニア国物語』や『アースシー』でなんとなくわかります。

それで、『所有せざる人々』はどんな作品なんですか?

これは『闇の左手』と並んで、彼女のSF小説の中ではベストセラーの一つだね。
1974年に9作目の長編として発表されて、ヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞してる
へぇ? ヒューゴー賞とネビュラ賞って、SFの名作の定番みたいな賞なんですね
そうだね。映画で言うとアカデミー賞とゴールデングローブ賞みたいなものかな?
ところでこの作品は、二重惑星の一方のアナレスに生まれた物理学者シェヴェックが、もう一方のウラスに渡って一般時間理論を完成させる過程を描いた物語なんだ。その時間理論が、ル・グィンのハイニッシュ・ユニバースには欠かせないアンシブルと言う超光速通信技術を可能にすることになる

なんだか難しそう……ですね
実は、そうしたSFらしいテクノロジーはあくまでも物語の背景であって、この小説の主題は、アナレスとウラスという二つの社会の対比と、その狭間での体験や主人公の揺れ動く心の動きとも言える
アナレスとウラスはどう違うんですか?

分かり易く言うと、シェヴェックが生まれ育ったアナレスは現実の共産主義社会のような国家や統治者の権力がない理想の社会。原始共産主義的なユートピアなんだ。

一方で研究のために訪れるウラスは科学技術が進んだ資本主義社会と言ったら分かり易いかな?

オルシニア国みたいに、そのまま地球上の架空の国に置き換えても描けそうですね
そうなんだよ!
ちょっと面白いのは、ユートピアである筈の無政府のアナレスでも、自然発生的に生まれた市民の監視の目や、人と違う行動や価値観に寛容でない「空気」があること。
これは、昨今コロナ渦で言われるようになった「自粛警察」や、日本の村社会に見られる「村八分」にも似た、人が集まって社会が形成されるときに生まれてくる「協調を乱す者を排除しようとする働き」と言えるかな? 自由な考え方を持つシェベックは、そんなアナレスに違和感を感じているんだ
へぇ? 面白そうですね
SF小説らしいテクノロジーのセンスオブワンダーはあまり強く感じないけれど、ここには社会思想や文明に対する大きなテーマが込められている。若い頃にこの小説に出会ったときは、全ての政治家や権力者に読んで欲しいと思ったものだ。
そして、この作品に限らず彼女の小説はとても哲学的であり文学的だと思う

もう一つの『内海の漁師』はどんな作品なんですか?
1994年に発売されたなかなかユニーク短編集だね。どの作品も面白いけど、表題作は当に浦島太郎なんだ
先生、前に『浦島太郎』もSFって仰ってましたね
『浦島太郎』にヒントを得たウラシマの物語が、テラと呼ばれる地球出身の母親から語られるんだ
ほんとに浦島太郎なんですか?

ちょっと……と言うか、かなりSF風にアレンジしてあるけどね。

面白いのは、主人公はヒデオだし、母親の名前はイサコなんだよ

日本人なんだ
母親はテラ人という設定になっているけれど、天皇年代記って言葉が出てくるから、そういうことになるかな?
この話は、ある意味で時間旅行ものとも言えるけれど、浦島太郎とはオチがまったく違うんだ
どんなオチなんですか?
それ聞いたらネタバレになっちゃうでしょ?
あ、そうか……ごめんなさい
短い作品だから、もし読む機会があったら、是補読んで確認して欲しい
はい!
不思議なのは、遠い宇宙の彼方を舞台にしながら、故郷の郷愁を誘うような懐かしささえ感じさせてくれること

ル・グィンの作品ってファンタジーも文学的だから、きっとSFもそうなんでしょうね。

私、どちらも読みたくなりました

僕は、その短編の方を読んでみます
それじゃ、ここにある本を君に貸そう
えっ? いいなぁ!
俊祐くんが読み終わったら、そのまま裕美さんが読んだらいい

先生、ありがとうございます!

ところで、次回は少し趣を変えるってお聞きしましたけど……

熱心な読者の方のリクエストもあってね。次回から続けて日本のSF小説を紹介しようと思う。

ただ、私は研究生活が忙しくなったここ2、30年の作品はあまり読んでないから、古い作品が多くなると思うけど……

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登場人物紹介

長谷川裕美

女子大の家政学部で児童教育を学んでいる。

本が大好きで、3大ファンタジーや『ハリーポッター』は特に好き。
でもSFはちょっと苦手かも

馬場俊祐
都立高校普通科の2年
中2までは漫画以外自分から読んだことなかった。
ラノベはよく読むけど、最近純文学や文芸小説にも興味を持ち始めたところ

森谷幸弘
インペリアル・カレッジ・ロンドンでロボット工学とAIの研究を進めている工学博士。

実はSFをはじめ小説は大好き。

自身も若い頃にSF小説を書いたことがあるとか?


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