第17話 美しい花が好きでしょ
文字数 3,115文字
人数カウンター:島にいる人間の数を表す
島の出入りは船のみ
今大会では誰も泳げない
+++
屋敷の正面玄関から外へと車椅子のタイヤ痕が続いている。
きっと花畑だ。
走りながらぼくは閻羅 に訊いた。
「全 は誰が殺したんだ?」
「わからない」
ぼくはびっくりして訊き返した。
「まさか死んでないわけじゃないよな?」
殺人、自殺、事故。そのいずれも閻羅なら見抜くことができる。
「ありえるよ。今回は何度も船が出ているから」
そうか。潮尾 が何回も帰ってくるせいで船が来てるんだ。
島を出ていくチャンスはある。あるが、出てどうする?
死んだふりをしてまた帰ってくる計画か?
本拠地は潮尾が深湯甕 のスパイだと知っていた。
ぼくらが探偵を重用するのは予想のつく展開だし、ご自慢の推理力かもしれないけど。
閻羅の参加にあたって深湯甕冥罰 と刈耳 の間で調整があった可能性はある。
姓牙淵 のもとで参加者たちはある程度情報を共有し協調しているのは間違いない。
まあ、化狐 みたいな人もいるが。
花畑が見えてきた。
ぼくはパセリを消費し、体力を回復する。
水切鋏 を手にたたずむ華満 は満足げだ。
生花と切花の祭壇で首から花を咲かせた閻羅そっくりの死体が眠りについている。
悪趣味な行為は確かに、作品自体は嫌味なほどに美しい。
華満は語る。
「ここの花はありきたりでいけませんね。生存に関係なくデザインできるはずなのに。現実の品種改良には遠く及ばないのです」
ぼくはかまわず人差し指を突きつけた。
「内田さん並びに潮尾さんーー長女? とにかく最初からいた潮尾さんを殺害した犯人はあなたです。証拠はその手に持っている水切鋏です」
華満もぼくの話を聞いてなかった。
「植物の遺伝子は人間に比べていい加減、自由度が高いなどと言われます。昆虫をみても明らかなように、世代交代の速度は大きく影響しますし、豊かさによって選択圧は弱まり、外科的技術が発達してしまいました。ーー想像したことはありませんか? 同じような優れた能力を持つ者同士が婚姻を重ねれば、進化が促進されると。音楽一家、数学一家。そう呼ばれる家系はありますが、永続的な能力の向上はなかなか難しいものです。環境の力が大きいケースもあります。では、氏と育ちがそろっていたらどうなるでしょう? 一過性ではなく、1000年以上も能力を重視した婚姻が続けられたなら、因子が姿を現し、そして保持できるでしょうか。倫理的な問題があるので現代で実験することはかないませんが、前例があります。そう、深湯甕 家です。洞察力の高さは選別の精度を高め、超能力に比肩する能力を生み出したのです」
カウンターが4人になった。
1人帰ってきたぞ。
振り返る華満。はじめて華満と目があった。
ぼくは適当に返事をする。
「詳しいですね」
「Wikipediaに載ってました」
「そうなんだ……」
「磨き上げられた人種。伝統というのは素晴らしいですね」
燃え上がりそうな発言だ。無視してぼくは話を進める。
「切り口の照合をさせてもらいます」
ぼくは警戒しながら水切鋏を取り上げた。
照合キットがあると簡単だが、盗られてしまったのでしょうがない。
ぼくは自分の足に突き立てると、データを取った。
そして内田たちの刺された痕 と比較する。
一致。
ヒュンッ。
めでたく逮捕する直前、何かが飛んできた。
ぼくは華満の手を引いて盾にする。
普通ならうめき声なりなんなりが聞こえるが、ここは生身の身体を持たないゲーム世界だ。
カウンターが3人になったのを確かめたぼくは華満の死体を担ぐようにして身を隠す。
最大のP を持っている華満がPを失った。
あとは生き残るだけ。
でも正直あと2日も隠れているのはしんどい。ぼくの視界がモニターされている以上、逃げるのは不利だ。
向こうは殺る気がみなぎっているのだから、殺していいのは助かるな。
閻羅は言った。
「触れれば即死の猛毒が塗ってあるんだと思う。半崎 さんが残した何かだね。内田くんが部屋を調べて持っていたはずだから」
そういえば内田に任せていた。持ち去ったのは検査キットだけじゃなかったわけだ。
ぼくは術中 が持っていた包丁を取り出す。
急に天気が崩れ始めた。
雲が湧き立ち太陽が隠される。
もはや夜。
そこに浮かび上がる赤いシルエット。
本拠地 の発光するスーツだ。
ぎゅんと身をかがめて突っ込んでくる。
迷惑な再会。この動きは野獣だ。
光るスーツで注意を引いて、隠れている全に毒をうちこまれる危険もある。
ぼくは華満の身体を吹き飛ばした。
血飛沫を浴びながら、肉塊をするりとかわして赤い光が迫まる。
横へ飛びながら、倒れ込むようにしてかわしたはずが、本拠地の左手がぼくの左頬を掠めた。
触感がないのが厄介。
同時に、ぼくは本拠地の首筋に包丁を突き立てた。
吹き出す血。手応えありだ!
やつの身体を蹴飛ばして距離を取る。
体力ゲージがみるみる減っていく。
ぼくは左頬に手を当てて医療スキルを使った。
画面が波打つのは毒を受けたことをあらわしている。
血のベールが少しは役にたったのかまだ生きていた。
毒殺された人間の血は危険だろうが、非現実な仕組みに感謝だ。
本拠地は全たちとのチーム戦のつもりなのか、相打ち覚悟で触りにきた。
早く全の追撃に備えなくては。
スキル使用の消費以上に、毒が体力を奪っていく。
こいつは天徒 。こいつは天徒。こいつは天徒ーー。
ひたすら念じて、ぼくは天徒を食べることにした。
コマンド表示が出ることから知られた手段である。
徐々に体力の回復が毒を上回っていった。
「危なかったな……」
日が差した。空の雲も消えていく。
体力が尽きてくれればいいのに。
四つ子じゃすまなかったじゃないか。
全の食料。それは同じ船に乗り合わせていた潮尾4号だ。
「諦めの悪いやつだ」
本拠時はまだ生きていた。出血多量でまもなく死ぬだろう。
が、動きと視野は密接な関係がある。
諦めが悪いと、誰に言った?
ヘッドセットを本拠地が使っているということは、嫌な予感しかしない。
全が姿を現した。
そのまま向かってくる。力強い走り。さっきよりもアバターが合うようだ。
何度目だよ! また野獣だ!
ぼくは潮尾3号から手に入れた拳銃を構えて発砲する。
くそっ、当たらない。射撃は苦手なんだよ。
拳銃をしまって包丁を握る。
さっきより早い。早すぎる!
目の前に迫ったかと思うと、消えた。
屈んで足を払われたんだと思う。
画面が空を写していた。
転倒したぼくに、泣きそうな全の顔で野獣は吠えた。
「感じないか!?」
すぐには意味がわからなかった。野獣は言い募る。
「何か! 何か感じないのか!?」
「何を……?」
まったくぼくは疎い。
野獣はぼくを通して閻羅に呼びかけているんだ。
野獣は期待を胸に抱いて、何度もぼくらの前に現れた。
でも、閻羅は過去に野獣を捕まえたことがある。
だから、野獣が深湯甕の遠縁である可能性は低い。縁者の可能性はあるかもしれないが、とても薄い繋がりだろう。
血の繋がりを大事にする一族から、こぼれ落ちてしまった親戚。
適齢期を迎えた深湯甕家の異性がいなかったため、ぼくの母は外の人間と結婚した。
それが何を生み出したかは、語りたくない。
めちゃくちゃ強かった野獣。
殺す気だったのは最初だけ。ぼくが深湯甕だと知らなかったから。
誰かのアバターを借りて、閻羅の助手にでもなる気だったのかもしれない。
その後は本気で襲ってはいなかったということ。
深湯甕は深湯甕を殺さないという不文律を守りたかったから。
自分は深湯甕であると信じたかったから。
Wikipediaには載っていないらしいな。
ぼくは教えてやった。
「能力には代償があるんだ」
「代償……?」
「血の濃い者はみんな、運動が苦手なんだ」
素早く、ぼくは野獣を刺した。
島の出入りは船のみ
今大会では誰も泳げない
+++
屋敷の正面玄関から外へと車椅子のタイヤ痕が続いている。
きっと花畑だ。
走りながらぼくは
「
「わからない」
ぼくはびっくりして訊き返した。
「まさか死んでないわけじゃないよな?」
殺人、自殺、事故。そのいずれも閻羅なら見抜くことができる。
「ありえるよ。今回は何度も船が出ているから」
そうか。
島を出ていくチャンスはある。あるが、出てどうする?
死んだふりをしてまた帰ってくる計画か?
本拠地は潮尾が
ぼくらが探偵を重用するのは予想のつく展開だし、ご自慢の推理力かもしれないけど。
閻羅の参加にあたって深湯甕
まあ、
花畑が見えてきた。
ぼくはパセリを消費し、体力を回復する。
水切
生花と切花の祭壇で首から花を咲かせた閻羅そっくりの死体が眠りについている。
悪趣味な行為は確かに、作品自体は嫌味なほどに美しい。
華満は語る。
「ここの花はありきたりでいけませんね。生存に関係なくデザインできるはずなのに。現実の品種改良には遠く及ばないのです」
ぼくはかまわず人差し指を突きつけた。
「内田さん並びに潮尾さんーー長女? とにかく最初からいた潮尾さんを殺害した犯人はあなたです。証拠はその手に持っている水切鋏です」
華満もぼくの話を聞いてなかった。
「植物の遺伝子は人間に比べていい加減、自由度が高いなどと言われます。昆虫をみても明らかなように、世代交代の速度は大きく影響しますし、豊かさによって選択圧は弱まり、外科的技術が発達してしまいました。ーー想像したことはありませんか? 同じような優れた能力を持つ者同士が婚姻を重ねれば、進化が促進されると。音楽一家、数学一家。そう呼ばれる家系はありますが、永続的な能力の向上はなかなか難しいものです。環境の力が大きいケースもあります。では、氏と育ちがそろっていたらどうなるでしょう? 一過性ではなく、1000年以上も能力を重視した婚姻が続けられたなら、因子が姿を現し、そして保持できるでしょうか。倫理的な問題があるので現代で実験することはかないませんが、前例があります。そう、
カウンターが4人になった。
1人帰ってきたぞ。
振り返る華満。はじめて華満と目があった。
ぼくは適当に返事をする。
「詳しいですね」
「Wikipediaに載ってました」
「そうなんだ……」
「磨き上げられた人種。伝統というのは素晴らしいですね」
燃え上がりそうな発言だ。無視してぼくは話を進める。
「切り口の照合をさせてもらいます」
ぼくは警戒しながら水切鋏を取り上げた。
照合キットがあると簡単だが、盗られてしまったのでしょうがない。
ぼくは自分の足に突き立てると、データを取った。
そして内田たちの刺された
一致。
ヒュンッ。
めでたく逮捕する直前、何かが飛んできた。
ぼくは華満の手を引いて盾にする。
普通ならうめき声なりなんなりが聞こえるが、ここは生身の身体を持たないゲーム世界だ。
カウンターが3人になったのを確かめたぼくは華満の死体を担ぐようにして身を隠す。
最大の
あとは生き残るだけ。
でも正直あと2日も隠れているのはしんどい。ぼくの視界がモニターされている以上、逃げるのは不利だ。
向こうは殺る気がみなぎっているのだから、殺していいのは助かるな。
閻羅は言った。
「触れれば即死の猛毒が塗ってあるんだと思う。
そういえば内田に任せていた。持ち去ったのは検査キットだけじゃなかったわけだ。
ぼくは
急に天気が崩れ始めた。
雲が湧き立ち太陽が隠される。
もはや夜。
そこに浮かび上がる赤いシルエット。
ぎゅんと身をかがめて突っ込んでくる。
迷惑な再会。この動きは野獣だ。
光るスーツで注意を引いて、隠れている全に毒をうちこまれる危険もある。
ぼくは華満の身体を吹き飛ばした。
血飛沫を浴びながら、肉塊をするりとかわして赤い光が迫まる。
横へ飛びながら、倒れ込むようにしてかわしたはずが、本拠地の左手がぼくの左頬を掠めた。
触感がないのが厄介。
同時に、ぼくは本拠地の首筋に包丁を突き立てた。
吹き出す血。手応えありだ!
やつの身体を蹴飛ばして距離を取る。
体力ゲージがみるみる減っていく。
ぼくは左頬に手を当てて医療スキルを使った。
画面が波打つのは毒を受けたことをあらわしている。
血のベールが少しは役にたったのかまだ生きていた。
毒殺された人間の血は危険だろうが、非現実な仕組みに感謝だ。
本拠地は全たちとのチーム戦のつもりなのか、相打ち覚悟で触りにきた。
早く全の追撃に備えなくては。
スキル使用の消費以上に、毒が体力を奪っていく。
こいつは
ひたすら念じて、ぼくは天徒を食べることにした。
コマンド表示が出ることから知られた手段である。
徐々に体力の回復が毒を上回っていった。
「危なかったな……」
日が差した。空の雲も消えていく。
体力が尽きてくれればいいのに。
四つ子じゃすまなかったじゃないか。
全の食料。それは同じ船に乗り合わせていた潮尾4号だ。
「諦めの悪いやつだ」
本拠時はまだ生きていた。出血多量でまもなく死ぬだろう。
が、動きと視野は密接な関係がある。
諦めが悪いと、誰に言った?
ヘッドセットを本拠地が使っているということは、嫌な予感しかしない。
全が姿を現した。
そのまま向かってくる。力強い走り。さっきよりもアバターが合うようだ。
何度目だよ! また野獣だ!
ぼくは潮尾3号から手に入れた拳銃を構えて発砲する。
くそっ、当たらない。射撃は苦手なんだよ。
拳銃をしまって包丁を握る。
さっきより早い。早すぎる!
目の前に迫ったかと思うと、消えた。
屈んで足を払われたんだと思う。
画面が空を写していた。
転倒したぼくに、泣きそうな全の顔で野獣は吠えた。
「感じないか!?」
すぐには意味がわからなかった。野獣は言い募る。
「何か! 何か感じないのか!?」
「何を……?」
まったくぼくは疎い。
野獣はぼくを通して閻羅に呼びかけているんだ。
野獣は期待を胸に抱いて、何度もぼくらの前に現れた。
でも、閻羅は過去に野獣を捕まえたことがある。
だから、野獣が深湯甕の遠縁である可能性は低い。縁者の可能性はあるかもしれないが、とても薄い繋がりだろう。
血の繋がりを大事にする一族から、こぼれ落ちてしまった親戚。
適齢期を迎えた深湯甕家の異性がいなかったため、ぼくの母は外の人間と結婚した。
それが何を生み出したかは、語りたくない。
めちゃくちゃ強かった野獣。
殺す気だったのは最初だけ。ぼくが深湯甕だと知らなかったから。
誰かのアバターを借りて、閻羅の助手にでもなる気だったのかもしれない。
その後は本気で襲ってはいなかったということ。
深湯甕は深湯甕を殺さないという不文律を守りたかったから。
自分は深湯甕であると信じたかったから。
Wikipediaには載っていないらしいな。
ぼくは教えてやった。
「能力には代償があるんだ」
「代償……?」
「血の濃い者はみんな、運動が苦手なんだ」
素早く、ぼくは野獣を刺した。