第2話

文字数 3,014文字


 ある日の平日。大河はスーツに身を包むと革靴を履き、穏やかに言葉を綴った。

「じゃあ、行ってくるよ」

「はい、気を付けて行ってきてくださいね」

 玄関まで出てきている玲奈に声を掛けて、大河は仕事に行った。


「……ふぅ、やっと行ってくれたわ」

 さっきまでとは打って変わって玲奈の態度が変わる。そして、ソファーに足を投げ出すように横になり、スマートフォンをいじる。自分の裏アカウントのページにアクセスしてそこでつぶやきを書き込む。その裏アカウントでのユーザー名は『高嶺の勝ち組女子』となっていた。

『やっと仕事に行ってホッとするわ~。おしとやかな女性を演じるのも一苦労よ』

という内容をつぶやく。

 そう、玲奈は本来おしとやかな性格ではない。大河に気に入られるようにするためにおしとやかな女性を演じているのだ。

 なぜ、そんなことをしているのか?

 その理由は自分の安泰の為だ。大河はどちらかといえば高学歴で実家も金持ちの家で、このマンションも親が所有しているマンションの一つだという話を聞いている。そして、役所勤めなら公務員の類だから、退職した後の年金の額は大きいと聞いている。それに、大河は高学歴という事からエリートコースを順調に登っていた。勤務態度も真面目で優秀なのでゆくゆくはもっと上のポストも狙える可能性は十分ある。そんなお得ともいえる男に気に入られるためなら大河の好きなタイプである「おしとやかな女性」を演じて、自分の相手にしようというのが玲奈の企みだった。

「それにしても、男って単純よね~。おしとやかな大和撫子タイプを演じたらコロッといっちゃうんだから……」

 玲奈が男を馬鹿にするような言葉を吐く。

 更に裏アカウントに愚痴や暴言のような類のつぶやきを書き込みながら玲奈は時間を過ごしていた。



「じゃあ、今回も無事に解決したんだね。颯希ちゃん、静也くん、お疲れさまでした」

 お昼休み、颯希たちがいつもの場所でお昼ごはんを食べながらこの前の小春の件が無事に解決したことや、今は家族で仲良く暮らしていることを颯希が伝えると、美優が安心した様子で言葉を綴った。

「そうそう、昨日ね、蜂蜜入りのクッキーを焼いたからみんなで食べない?」

 美優がそう言ってラッピングされたクッキーを見せる。

「おぉ~!みゅーちゃんお手製クッキーなのです!ぜひ、頂きましょう!」

 颯希がキラキラした目でクッキーに釘付けになりながら言葉を綴る。そして、みんなでクッキーを頂く。クッキーを食べるたびに颯希の目から出る美味しい光線にみんなが笑いながら和やかに昼休みが過ぎていく。

「そういえば、静也くん。哲さんから電話があったのですが、この前にお会いした工藤さんがパトロールをするにあたって豆知識をくださるそうです。なので、良かったら役所の生活安全課に見学に来ませんか?と言ってくれているそうなので、良かったら行ってみませんか?」

「あぁ、あの時の人か……」

 静也がこの前の件で恵美子の部屋から出てきて、自分たちが後を付けていた人のことだという事を思いだす。

「まぁ、行ってみてもいいかもな。生活安全課なら確かにパトロールに役立ちそうな知識が得られそうだからな」

「じゃあ、今日の学校帰りに挨拶がてら役所に行きませんか?」
「今日かよ?!」
「はい!『善は急げ』なのですよ!!」

 思い立ったら吉日と言わんばかりに、颯希がガッツポーズを作りながら意気揚々と今日行くことを提案する。静也はため息をつきながらも、今日の学校帰りに役所に行く提案を受け入れ、帰りに校門のところで落ち合う約束をした。



 その頃、玲奈は一人でカラオケに来ていた。ロック系の激しい曲をノリノリ気分で歌っている。ただ、歌う曲の割には格好がそれに全く合っていない。紺色を主とした花柄のロングスカートに白に薄くブルー系のボーダーが入ったカットソーを着ている。格好だけ見れば清楚系のおしとやかな女性だ。なのに、その雰囲気をぶち壊すような激しい曲を歌い髪を振り乱している。カラオケに一人で来ているのだから、もっとラフな格好の方が似合うのではないかと思うが、この格好をしているのには意味があった。

 大河のマンションで同棲生活を始めてから、大河が友人たちにも紹介したいという事で、大河の友人に何人か会っている。その時に、玲奈はおしとやかな女性を演じるためにどの人にもロングスカートに大人し目のシャツや落ち着いた色や柄のニットといったものを着て、周りにもいかにも「自分はおしとやかな人です」というのをアピールしている。一人で出かけて、もし、偶然大河の友人に会った時にTシャツにジーパンという格好を見られたら、「紹介してもらった時はおしとやかに見せていただけか」と思われる可能性がある。なので、一人で出かける時でも、格好や言葉遣いは気を抜かずに「おしとやかな女性」を通している。そのお陰か、周りからは「おしとやかで、よく出来た女性」という印象を植え付けることができていた。しかし、毎日それを演じてなきゃいけないのでストレスも当然ある。そういう時は裏アカウントで暴言を吐いたり、こうしてカラオケで発散したりしているのだった。


「……最っ高!!」

 玲奈が歌い終えて、一息つく。

「はぁ~、やっぱ、大声で歌うって一つの発散方法だわ!」

 ドリンクバーで入れてきてあった飲み物をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む。

「うっま~!やっぱ歌った後のコカ・コーラって最高!」

 一気に飲み干して空になったグラスをガンっと乱暴にコップをテーブルに置き、「くぅーっ!!」と喉を鳴らす。

「これでビールだったらもっと最高なんだけどな~」

 いかにも「なんかつまんない」という感じで言葉を吐く。そして、スマートフォンを取り出し、裏アカウントにつぶやく。

『私の相手、真面目なんだけどさ~、めっちゃ堅物なんだよね~。なんか、そんなんで人生楽しい?って思っちゃうよ。まぁ、真面目バカよね~』

 そうやって、大河のことを誹謗中傷するような内容を書き込んでいく。周りから言えば、「だったら別れれば?」とでもいうような言葉が飛んできそうだが、玲奈のプライドがそれを許さない。自分は「勝ち組」と、思っているのだから……。

「……はぁ~、なんかイマイチ気分が落ち着かないな~。あっ!またあの「遊び」をしてみようかな?」

 玲奈がそう独り言をつぶやく。

 玲奈の言う「遊び」というのは、人を地に叩きつけるような危険な遊びのことだった。昔からそういった遊びを好み、人が苦しみに歪む顔を見ることが何よりも好きで、その「遊び」をして、相手が苦しんでいる顔を見ると、とてつもない高揚感と支配感が生まれ、優越な気分に浸れるのだった。そして、その「遊び」をした後、玲奈はその優越感から気分的にも清々しくなれるのだという。

 玲奈はその後もカラオケで歌いながら、頭の中では次はどんな遊びをするか、楽しそうに考えていた。



 男が当てもなく町を彷徨うように歩いている。

「あの女……、絶対に見つけ出して殺してやる……」

 そう呟きながら町を彷徨う。


 その頃、颯希と静也は役所に来ていた。

 生活安全課に訪れて、大河を呼んでもらう。しばらく待っていると大河が現れた。

「待たせてすまないね。颯希ちゃん、静也くん」

 大河が柔らかな笑顔で言葉を綴る。

「こんにちは!工藤さん!」
「こんにちは!」

 颯希と静也がやって来た大河にお辞儀をして挨拶をした。


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