第13話
文字数 2,007文字
その手紙にはこう書かれてあった。
『拓哉さんへ
あの時の一夜の過ちが頭から離れません。
なんて罪深いことをしてしまったのでしょうか……。
この罪を背負ったまま、私は生きていくことができません。
ごめんなさい……。
三和子 』
「この一夜の過ちって俺の本当の母さんとあんたのことだろ?!だから俺を引き取ったのか?!罪滅ぼしのために!!」
静也が叫ぶように言う。
「違う!」
拓哉は強い言葉で言い返す。
「……真実を話そう」
そう言って、拓哉は十五年前の出来事を話し始めた……。
十五年前――――。
――――ピンポーン……。
玄関のチャイムが鳴り響き、拓哉は不思議に思った。
(こんな時間にいったい誰が……?)
拓哉は実家に一人暮らしをしている。両親はもう亡くなっていた。兄弟は兄が一人いるが、結婚を機に家を出ている。拓哉は特に結婚というのに興味がなかったので恋人も作らずに一人暮らしを満喫していた。仕事が忙しいこともあり、嫁ができても寂しい思いをさせるだろうからというのも一つの理由だ。
この日も拓哉は簡単な夕飯を終えて読書をしながらのんびりと過ごしていた。時間はもう夜の十時を少し回っている。そこへ、チャイムが鳴り響いたので不思議に思いながらも玄関を開けた。
すると、そこにいたのは兄の嫁である三和子の姿だった。どこかやつれているような感じがある。瞳は黒く淀んでいて光を見ていない。肩より下まである髪は少し乱れているようにも見える。ワンピースを着て、その上に薄手のカーディガンを羽織っていた。
「三和子さん?!どうしたんですか?!こんな時間に……。兄さんは?」
拓哉の問いに三和子が弱々しく答える。
「
拓哉はとりあえず三和子を家に上げると、リビングに通した。そして、温かいお茶を用意し、一息付いてもらう。
三和子は専業主婦をしている。真也が仕事で忙しいので家のことは三和子が担っている。朗らかに笑う人でおしとやかな女性だった。派手なところは全くなく、服装はいつも落ち着いた感じの服を好んでいる。真也のことを影ながら支えるような感じの女性だった。
「兄さんが出張なのは分かりましたが、何かあったんですか?」
真也の仕事が最近忙しくなって出張に行くこともあるということは拓哉も真也本人から聞いている。でも、出張と言っても国内で短い時は三日ほど、長くても一週間くらいで帰ってくる。
「真也さんの今回の出張は一ヶ月なんです……」
「一ヶ月も?!」
「はい……。海外出張でインドネシアの方に行っています……」
拓哉は何となく三和子の表情の意味が分かった気がした。おそらくそんなに長い時間離れ離れなのが寂しくなったのだろう……。
(一人でいるのが寂しくなって遊びに来たってことかな……?)
三和子はどちらかといえば心が少し弱いところがある。どちらかというと寂しがり屋で、真也と付き合っている時も三和子が寂しくならないようにとぬいぐるみをプレゼントしたという話を聞いたことがある。でも、そんな三和子を真也は大切にしていた。三和子は恥ずかしがり屋のところもあるので、真也が手を繋ごうとすると恥ずかしがって服の袖を掴むというのろけ話を拓哉はよく聞かされていた。
結婚の報告に来た時も、三和子は真也の陰に隠れて恥ずかしそうにしていた。そんな美和子を真也の性格から考えて「守りたい」という感情を持つのも分かる気がする。
そんな思いにふけながら、今は話し相手くらいならいいだろうと思っていた。
しかし、口を開いた三和子からは拓哉の予想もしていなかった言葉が飛び出してきたのだった。
「拓哉さん……、私を抱き締めてください……。抱いて欲しいのではなく、ただ、抱き締めてください……」
「三和子さん……、何を言って……」
三和子の言葉に拓哉は自分の耳を疑った。でも、三和子の性格からして寂しさで温もりが欲しいということは何となくは分かる。でも、自分はだからと言ってそんなことはできない。
「三和子さん、それは出来ません……。後三週間もすれば兄さんが帰ってくる。それまで辛抱してください……」
「……三週間」
三和子にとってはその三週間がとても長く感じるのだろう。まだ、三週間も一人で耐えなければいけない。三和子は苦悶の表情をしながら瞳には涙を溜めている。
その様子に拓哉は優しく声を掛けた。
「帰ってきたら、きっと沢山抱き締めてくれますよ。兄さんも仕事で頑張っているはずです。だから、三和子さんも頑張ってください……」
「……分かりました」
三和子はそう言うと、拓哉の家を後にした。
拓哉がここまで話し終えて一息つく。
「じゃあ……、一夜の過ちって何だよ……」
静也が唸るように言葉を吐く。
「その五日後にまた三和子さんが訪ねてきたんだ……」
拓哉はそう言うと、また話し始めた。