第3話

文字数 3,226文字


 大河は颯希と静也に生活安全課の取り組みを話してくれたり、役所の中にあるちょっとした展示室を案内してくれたりして、とても和やかな時間を過ごした。最後に談話室に行き、三人でテーブルを囲むように座る。工藤が役所に設置してあるドリンクコーナーから飲み物を持ってくると、颯希たちの前に置き、三人で語り合う。

「……で、時には警察署と協力することもあるんだよ?」

「そうなのですね。それは知らなかったのです」

 大河の話に颯希が感心したように答える。

「そういえば栗本さんから聞いたけど、颯希ちゃんのお父さんが南警察署の結城署長なんだってね。実は、僕も仕事の関係上、結城さんとは面識があるんだ。とても穏やかで芯がしっかりしているいい人だよね」

 談話室で大河が嬉しそうに話す。

「颯希ちゃんが警察官になりたいと思ったのは、やっぱりお父さんの影響?」

「はい!お父さんも亡くなったお爺ちゃんも警察官なのですよ。どちらも私にとっては目標であり、尊敬しています。いつか、立派な警察官になって人の役に立ちたいのです!」

 颯希が嬉しそうに語る。

「静也くんは?静也くんのお父さんも警察官なのかい?」

「いえ、俺の本当の両親は俺が生まれて間もないころに事故で亡くなっています。なんで、俺は本当の父親の弟にあたる人が親代わりをしてくれているんです」

 大河から話を振られて静也が正直に答える。

「その、俺が警察官になりたいって思ったのは、小学生の時に一度、迷子になってしまって、どうしようって思ってたら、そこに警察の人が声を掛けてくれて、凄く親切にしてくれたんです。それがきっかけで自分もそんなんになりたいって思うようになって警察官になれればなぁって思ったんですよ」

「静也くん、そんなことがあったのですね……」

 初めて聞く静也の話に颯希は興味津々で聞いている。

「そうなんだね。複雑な環境みたいだけど、良くして貰ったことがきっかけで警察官が憧れとなり、目標にしているって感じかな?うん、そういう気持ちは大切だよね」

「……ありがとうございます」

 大河の誉め言葉に静也が照れるような顔をする。

「その、育ての親とは仲は良いのかい?」

「仲いいですけど、どうしてですか?」

 大河の言葉が良く分からずに静也の頭の上ではてなマークが浮かぶ。

「いや……、仕事柄、実の親ではない人に育ててもらっているという話はよく聞くのだけど、あまり良い話を聞くことが少なくてね。中には仕方なく育てているという人も多いんだよ。そんな親に育てられたせいか、人間不信の人や環境が良くなかったのもあって悪いことをする人になったりと色々でね。でも、静也くんのところはそう言ったところがなさそうだから安心したよ」

「育ての親である父さんには本当に感謝しているっていうか……、その、俺んとこは俺のダチからも実の親子より仲が良いって言われるくらいなので……」

「そうなのですよ!拓哉さんというのですが、とてもいい方で静也くんのお弁当も毎日欠かさず作っているくらい凄い人なのです!」

「へぇ、それは凄い。立派なお父さんなんだね」

 話を聞いて、大河が感心したように言う。

 その後も、颯希や静也のことを大河が聞いたりして、楽しく三人でワイワイとおしゃべりをしながら時間を過ごした。



 その頃、玲奈は噴水のある広場に来ていた。ベンチに腰かけて本を読む。正確には読んでいるフリだった。カラオケで歌いながら一つの「遊び」を思いつき、それを実行するために広場に来ている。

(どんなカモが引っ掛かるかしらね……)

 本を優雅に読んでいるように見せながら、カモが現れるのを待つ。広場にはそれなりに人もいる。ここで、この「遊び」をしたらまた相手の苦痛に歪む顔が見れるだろうと、内心ではワクワクしながら待っていた。

「何のご本を読んでいるの?」

 そこへ、一人の女の子が玲奈に声を掛けた。

「えっとぉ、ソクラテスって人が書いた本よ」

 玲奈が微笑むような表情で適当に答える。ただ単に読んでいるポーズをしているだけなので、特にタイトルとかは気にしていない。
 
「……?作、ジェリーって書いてあるのに??」

 女の子が頭にはてなマークを浮かべながら聞いてくる。玲奈が女の子の言葉に少し慌てふためく。

「ほ、ほら、お友達が待っているかもしれないから早く戻ってあげなさい」

 苦し紛れの言葉を並べてその女の子を遠ざけようとする。

「一人だけど?」

 女の子が「何言ってるの?」という感じで言う。そして、女の子が何かを察したのか疑うような目で言葉を綴る。

「もしかして、読むふりをしているだけなの?」

 女の子が軽蔑するような目で言葉を言うので、玲奈は慌てながら説明した。

「そ、そんなことないわよ。あっ、用事を思い出したからお姉ちゃんもう行くわね」

 玲奈はそう言うと、そそくさとその場を離れようとする。

「お姉ちゃんじゃなくておばちゃんじゃん。それも見栄っ張りおばちゃん」

 女の子の言葉に玲奈は「カチン!」ときたが、ここで荒立てるわけにもいかない。例の「遊び」を中断して、笑顔で女の子に「じゃあね」と言って去っていく。

(あのクソガキ……。誰がおばちゃんよ!むかつくガキね……)

 広場を離れた後、歩きながら心の中で暴言を吐く。

(おかげで今日の遊びができなかったじゃない!あ~!イライラする!!)

 眉間にしわを寄せながら街を歩く。

「あら、玲奈さんじゃないの」

 そこへ、一人の年配の女性が声を掛けた。着物をきちんと着こなしており、番傘を差している。その女性から高貴な雰囲気が漂っている。

「お……お義母さま!」

 年配の女性は大河の母親だった。和装でのお茶会に行ってきた帰りで、手にはそのお茶会で頂いたと思われる紙袋を持っている。

「あら?眉間にしわを寄せているけど、何かありましたの?」

 大河の母親、工藤 和香子(くどう わかこ)が玲奈の顔を見て言葉を綴る。

「玲奈さん、女性たるもの、そんな表情は美しくないですよ?常に優雅に凛と振舞うのがこの工藤家の人間になるのにふさわしい女性像です。常に気品を忘れずに、心を広く、凛としていなくてはいけませんよ?分かりました?」

「は……はい、お義母さま。申し訳ありません。以後気を付けます」

 玲奈がそう言って深く頭を下げる。しかし、心の中では和香子に対して毒を吐く。

(なんでこんなタイミングでこのクソババァに会っちゃうのよ!)

「よろしい。今日はこれから大河さんのマンションに行くつもりでいましたの。玲奈さんも、もう時間だからマンションに帰るでしょう?さぁ、行きますよ」

「今からですか?!」

 突然のことに玲奈が大きな声を上げる。

「大きな声を出してはしたないですよ?私が息子の家に行くのに何か問題でもありまして?」

「その……、た、大河さんは今日、仕事で遅くなると言っていたのでまた日を改めた方が良いかと思いまして……」

 玲奈が苦し紛れの嘘の言葉を吐く。

「あら、そうなの?なら仕方ないですね。また、日を改めましょうかしら?」

 和香子がちょっと残念そうに言う。

「あの、良かったらいらっしゃる時は事前に連絡して頂けると助かります。おもてなしの準備ができすので……」

「あら、そう?そこまでして頂かなくてもいいのに……。ただ、その気遣いは工藤家の嫁としては申し分ない気遣いね。それでこそ、大河さんの相手にふさわしいわ!」

 和香子が高らかに玲奈を褒めるが、玲奈はその場から早く離れたい一心だった。それを表情に出ないように気を付けながら和香子の話を玲奈は微笑みを絶やさないように聞いている。

 しばらく和香子の「工藤家の女たる者」の話が続いた。

「……あら、もうこんな時間なのですね。それでは玲奈さん、私はそろそろお暇致しますので、玲奈さんもそろそろ帰らないと、御夕飯の支度がありますでしょう?」

 和香子はそう言うと、「では、またお話ししましょう」と言って、その場を去っていった。



 その二人の様子を一つの影がじっと見つめていた……。

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