不落要塞都市エリコ

文字数 2,437文字

「しもべよ、答えなさい。今日であれが始まって何日目か?」
「七日目でございます……」

(色の違いが分かりづらいので臣下を橙→青に変えました)

 エリコの街には今日も四万人とヨシュアが吹き鳴らす角笛が鳴り渡っていた。七日前にあらわれてからというもの、イスラエル軍が街の周りを一周して帰ることを毎朝繰り返していたからである。

 そんな状況で日常生活など送れるはずもなく。エリコ王もその臣下も市民も見事なまでにやつれていた。

「三日目くらいからストレスで睡眠不足だし飯も喉を通らん……。心なしか生え際も後退したような」
「私の家族も疲れ果て、妻が夜の相手をしてくれなくなりました……」
「お主のとこは元からレスじゃろうが」
「それはそれとして王よ、今日はいつもと少し様子が違いませぬか?」
「露骨に話題を逸しおったなこやつ。だがそうじゃな、いつもより少し来るのが早かったし、心なしか急ぎ足にも感じる」
「ランニングの負荷を上げて強化を図っているのでしょうか?」
「ひとつ言えるとすれば、余らにとって良いことなど無いということじゃな……」
 いつもは街を一周して帰っていくイスラエル軍だったが、七日目の今日は日の出と同時にやってきて七周した。神が次のように命じられたからである。
「七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民をみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上っていかなければならない」

(ヨシュア記6章4-5節)

 七度目に祭司たちが角笛を吹き鳴らしたとき、つまり七周目が終わった時、ヨシュアは民に言った。
「ときの声をあげよ! 主がこの町をあなたがたに与えてくださったからだ!!」

(ヨシュア記6章16節)

「オオオオオオオオオオオオオ!!」
「オオオオオオオオオオオオオ!!」
「オオオオオオオオオオオオオ!!」
「Ah――――――――――!!」
 イスラエル人たちはときの声をあげた。ダビデとミカルも便乗してあげた。四百年後のイスラエルにおいてエリコ攻略は誰もが知る歴史的大偉業だったからである。ダビデはそれなりにミーハーであった※。

※聖書を読む限り、祭り好きで気分がノリすぎると笑えない事件を起こすのがダビデという人物である。

「風景を記録できる道具が無いのが惜しい。鉄の防御を誇った城壁はイスラエル人がときの声をあげるや崩れ落ち、エリコはたちまちに攻め落とされてしまう名場面だというのに。さてそろそろ城壁が崩れ、崩れ……あれ?」
「Ah?」
「ナニィ!?」
「ええ、たしかに城壁は崩れた。崩れはしましたが……」
「すぐに元に戻った!?」
 見よ、エリコの城壁はまだそこにある。一度は轟音とともに崩れ去った石材が、まるで見えない手に組み上げられるかのように再び壁となってイスラエルの前に立ちはだかっていた。
「聖書と違う……!!」
「ふ、ふは、ふははははは! 見たかイスラエルよ! 神は我がエリコに鞍替えしたようだな! ふははははははははは!」
 濡れた股間を懸命に隠しつつ城壁の上に現れたエリコ王は高笑う。イスラエル人にとってみれば神の予言が外れたも同然、四万人の間に動揺が広がってゆく。

 イスラエル人がエジプトを脱出してから約四十年になるが、神の言うとおりにしていて失敗したことなど一度としてなかったからである。

「ものは試しだ。手頃な石を拾って……」
「へ?」
「そぉい!!」
「むえええええええ!?」
「聖書の通りにならないのはユダヤ教徒的に困る。城壁とて石なのだから石をぶつけて壊せない道理は無いはず……なのだが」

 ペリシテの宇宙戦艦を叩き落とした投石に、石造りの城壁が耐えられようはずもない。大穴を開けてふたたび崩落した城壁は、しかし。

「なんたることか!! あれほどの小石を受けて健在とは!!」
「……父祖らよ聞け。私の前で城壁を壊してはならない。エルサレムとは比ぶるべくもない矮小なものだが、それでも心は痛むのだ」
「原因は、あの男か」
「Uuu…………!!」
 城壁の上に現れた、図面とおぼしきものを手にした男。ダビデとミカルの直感が男を自分たちと同類、すなわちこの時代の人間ではない者と告げていた。
「そこの御仁! 見ればそなたはイスラエル人ではないのか!? 我ら同胞の行く手をなぜ阻む!!」
「事情は何も知らなくても、あの男が原因と察する辺りはさすがヨシュアさんだが……。本当にあれはイスラエル人なのか? この時代どころか俺の時代のイスラエル人とも少し人種が違うような」
 ダビデは疑問を呈するが、エリコ王を遮るように立つ男は首肯で応えた。
「私の名はネヘミヤ。城壁を建て、そして守る者である」
<『神の言うとおりにしていて失敗したことはなかった』>

 つまり神に反抗するとロクな目にあわない。

 人間は辛くなれば不満を言いたくなる生き物です。イスラエル人も例にもれず、そのせいで災いを受けたことも一度や二度ではないのですが、最たるものが前々回説明した「ヨシュアとカレブ以外みんな死んでしまった」です。

 エジプトを脱出したイスラエル人はなんやかんやでカナンまで到達しました。族長たちが代表してカナンを偵察に行き、そこが『約束の地』にふさわしい豊かな地であるのを確かめた……まではよかったのですが。そこに住む人々を見た族長たちは

「なにあいつらデカいんだけど」「城壁高い。死ぬ」「攻略とか無理ゲー」

と弱気な発言をしてしまいます。ヨシュアとカレブだけは「それでも神がいけるっつったんだからいける!」と反論したのですが、民衆は逃げ腰になってエジプトへ帰ろうと言い始めます。

 それに怒ったのが神様。

「そんなに嫌なら入らんでいい。文句言った奴が全員死ぬまで流浪の民やっとけ」

と、イスラエル人を荒野へと追い返してしまい、言葉通りヨシュアとカレブ以外はカナンに入る前に死に絶えてしまったのでした。

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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