女は豊満な方がいい男ダビデ

文字数 1,358文字

 寒い。



 寒い。



 寒い。



 灼熱の大地にあってこれほどに寒いのはなぜだ。私を守る城壁はどこへ行ったのか。



 誰か返してくれ。我が衣を。我が安息を。



 誰か、城壁を取り戻せる者を……。




 世界一標高の低い町を見下ろす岩山の頂上でミカルの背を下りたダビデは言った。

「見よ、尋常でなく低地に位置する町、エリコ※である。洪水とかどうするんだろうか」

※城壁の町エリコ:ヨシュア記に登場する都市。今も観光地として栄えており、2017年現在、世界でもっとも海抜の低い町とされている。

 エルサレムより北東へ約三十キロ。ダビデの目的地であるエリコは、エフライム族とベニヤミン族の領地が交わる場所にあった。

「たしか数百年前、ユダヤの指導者ヨシュアが破壊した町だな。東から押し寄せたユダヤ人たちが気合入れて叫んだら城壁が崩れたとかなんとか(ヨシュア記/6章20節)。とりあえず今夜の宿はあそこにとるとしよう。具体的には遊女の家にでも泊めてもらおう」

 未来の嫁であるかもしれない生体兵器ミカルがGrr……と唸り声を上げる。それが未来の夫への抗議なのかただの鳴き声なのか、分かりようもないので後者ということにしてダビデは岩と砂の道を下り始めた。

 ダビデに、「ペリシテの一隊がエリコに常駐している」と告げる者があった。サウルから秘密裏に遣わされた男である。そこでダビデは立って王女ミカル――生体兵器『カインの獣』に改造されたために六本足のヌメヌメである。鞍を見つけるのに苦労した――にまたがり、今日エリコに入った。


 石造り二階建ての家が目立つありふれた景観だが人々に活気があり、その豊かさはまさしく乳と蜜の流れる土地であった。※

※乳と蜜の流れる地:とても実り豊かであるという意味。出エジプト記などでエリコを含むカナンの一帯がそう呼ばれる。カナンとは現在のイスラエル・パレスチナ周辺を指し、当時は森林の広がる暑く肥沃な地だった。

「さあ、宿を探そう。まずはミカルをどうやって馬ってことにするかが問題だな。馬小屋はあるかもしれんが生体兵器小屋は無いだろうから。そんなものがあれば遠い未来、救世主が粘液と強酸に囲まれて生まれることにもなりかねん」

「Ah――――」

「せめてその暴走した縦笛みたいな声は変えなくてはならない。ミカル、ヒヒーンと鳴いてみろ」

「Ah?」

「ヒヒーン」

「Ah――――n」

「ヒヒーン」

「H, Hh――――n」

「よーしよし、とりあえずそれでなんとかしてみよう」

 荒ぶる縦笛のようないななきを上げるミカルの尻を蹴って街路を往く。人間に戻せば嫁にもらえるので気合を入れているが、嫁として扱うのは足が二本の少女に戻ってからである。

「そこ往く旅のお方。どうか私のところへお入りください」

「最高」

 六本足で目が四つでヌメヌメの生物に乗っているダビデを人々が避ける中、見よ、声をかけてきた女がいる。ベールで顔を隠し、それでも分かる派手な化粧と装身具。それはひと目で遊女と分かる姿であり、ダビデはその身体がとても豊満であるのを見た。


<遊女について>

日本語で正確に表現するのは難しいですが、水商売の女性たちを差す言葉です。卑しい職業とされつつも、「小さく弱く、虐げられる人をこそ神は愛される」とする聖書には活躍の場面が多く用意されています。

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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