遊女ラハブ

文字数 965文字

「そこ往く旅のお方。どうぞ私のところへお入りください」

「最高」

 六本足に目が四つ、体表は粘膜でヌメヌメの生物に乗っているダビデを人々が避ける中、見よ、声をかけてきた女がいる。ベールで顔を隠し、それでも分かる派手な化粧と装身具はひと目で遊女と分かる姿であり、ダビデはその身体がとても豊満であるのを見た。

「最高?」

「長旅でとても疲れている。よく休ませて欲しい」

「ええ、それはもう。ただその下の……」

「Ah――――?」

「馬だ。馬のミカル号だ」

「Hh――――n」

「この通りヒヒーンと鳴く。疑いようもなく馬だ」

 ヌメヌメした頭をどうどうと撫でながら言い切るダビデに、さしもの遊女も引きつった笑顔で一歩退く。よく見ればどこぞの商店でひっつけてきたとみえる花や果物が彩りを加えており、ドドメ色の体表をさらに混沌とした色合いに変えていてますます不気味である。

「えっと、お馬だとしても我が家の小屋には少々大きすぎまして。しかしご安心ください。私の家は城壁に埋め込まれておりますので、窓のすぐ下につないでおくことができましょう」

 遊女の言葉に疑問を持ったダビデは周囲を見回し、言った。

「……城壁がある」

 先の岩山では気づかなかったが、見よ、城壁が町を囲んでいる。ダビデはそれが大石を積み上げて建てられた重厚な壁であるのを見た。

「見落としていたのか? しかしこんなお大きなものが目に入らないなんてことが……」

 不審な事態に首をひねるダビデの右手に白く細い手を重ね、遊女は言った。

「それでお客様、まずはお食事をとっていただいてその後の……夜のご希望はございます?」

「初めてなので優しく教えてください」

「Grr――――!!」

 城壁のことはひとまず頭の隅に追いやり、ダビデは唸るミカルを引いて女の家へと入った。



 女は、ラハブと名乗った。(ヨシュア記/2章1節)

<城壁について>

 人類最古の城壁のひとつとされるのがエリコの城壁です。

 ダビデの時代より遡ること約五百年前、エリコは城塞都市として栄えていました。東はヨルダン川、西は山に挟まれた天然の要塞にさらに堅固な城壁を築いたエリコを前に、侵略者たちは幾度となく撤退を余儀なくされます。

 その城壁も紀元前千五百年ごろに崩れ去り(考古学では紀元前三千年とも)、二十一世紀の現在ではわずかな遺跡が残るのみです。

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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