導く者ヨシュア

文字数 1,944文字

「そうかそうか! エリコ王は神経をすり減らし、町の住人は恐れおののき震えている、と!! これはもう行くしかないなハッハッハ!!」

(ヨシュア記2章24節)

 イスラエル人を導く男ヨシュアはヨルダン川に吠えた。彼が宗教的・軍事的指導者であり、四十万人を数える民を引っ張るためには大声を出す訓練が欠かせなかったからである。
「ラハブの知恵で三日間ほど山に隠れ、ほとぼりを冷ましてから帰還しましたが、その間も町そのものが怯えているかのようでした。攻めるならまさに好機ですぞヨシュア様」

(ヨシュア記2章22-23節)

「町で出会った同胞が気がかりですが……」
「よくやってくれた! 同胞は心配だが侵攻のことは知らせたのだし問題あるまい! 神の加護がついておろうしな、そのパピコという者にも!」
「……かすってすらいないがそれは俺のことか?」
「おや、ダビデ殿」
「奇遇ですなこんなところで」
「おおそうかダビデだったかすまんすまん! ハッハッハッハ……は?」
「しかしやかましいことこの上ないなこのヨシュアさん……聖書のイメージとだいぶ違うぞ」
「……貴様、いつの間に本陣に?」
「そ、それに乗っているのはあの化物!」
「なんとなく触れずにおりましたが、本当に安全なのですかそやつは!」
 イスラエル人の陣営の最奥も最奥、本陣の真ん中に音もなく現れたダビデに斥候のふたりは驚きで一歩下がり、ヨシュアは多めに五歩下がった。彼が宗教的・軍事的指導者であり、四十万人を数えるイスラエル人たちを引っ張るためには体力づくりが欠かせなかったからである。
「いやいや、こいつは馬だぞ。なあミカル?」
「Hh――――――n!!」
「ほらヒヒーンと鳴いた」
「なんだ馬か! さすが乳と蜜の流れる地※は馬もひと味違うな!!」

※豊かで実り多い土地の意

「……ヨシュア様がそれでいいのでしたら我々は何も言いませんが」
「それでダビデ殿、なぜここに?」
 問われて、ダビデは自分の置かれた状況をあけすけに述べることにした。目の前にいる男たちが四百年前の人間なら、ペリシテの宇宙戦艦や人間を改造した生体兵器、果ては時間旅行のことなど懇切丁寧に説明したとて理解できるはずもなく、かといって適当な嘘をつくのも神の教えに反するからである。

 ここ三日間のことを思い返し、ダビデは言った。

「世界のどこまでが四百年前に戻ってしまったのか確かめようと思ってな、エルサレムやベツレヘム、果てはミデヤン人の領地やエジプトまで足を伸ばそうとしたんだが……いつのまにかエリコに戻ってきてしまったのだ。どうやらそういう空間になっているらしい」
「よ、四百年前……?」
「だがもしエリコに行った人間が全員こうなっていたなら、現代では大規模な失踪事件として騒ぎになっていないとおかしい。俺ひとりが四百年前のエリコに囚われているとみるのが妥当だろう」
「はあ……?」
「そこで脱出の手がかりがないかと思い、この空間内の最重要人物であろうヨシュアさんに会いにきたと、そういうわけだ」
「うむ! あいわかった!」
「……本当ですかヨシュアさん?」
 疑問を持ちつつもダビデはヨシュアには「さん」を付けていた。イスラエルの男の子にとって、聖書の英雄ヨシュアは永遠の憧れだったからである。
「ヨシュア様、私にはみじんも理解できなかったのですが……」
「四百年前がどうだとか空間がどうだとか、どういうことなのですか?」
「そこは私にも皆目分からん!!」
「……では何が分かったと?」
「ダビデとやら、要するに君は……困っているのだな!?」
「まあ、端的に言えばそうです」
「だから助けよう! 私はヌンの子ヨシュア。全能の主とモーセ様より任じられし、イスラエルの民に繁栄と安寧を与える者なのだから!!」
 強くあれ。雄々しくあれ。

 ダビデの前にいるのは、神よりそう命じられた男だった。

<ヨシュアについて>

 イスラエル人がカナンの地(今のパレスチナやイスラエル)を占領した時代の指導者です。諸説ありますが紀元前千四百年ごろの人物と言われています。

 エジプトで奴隷となっていたイスラエル人は、預言者モーセに導かれて自由の身になりました。海を割ったことで有名な人ですね。それから長い長い旅の末にカナンへとたどり着いたところで、トップをヨシュアへと代替わりして安住の地を得るための戦いが始まります。

 リーダーとしてのヨシュアは「知恵の霊に満たされていた」(申命記34章9節)とされている通り、賢く合理的なタイプだったようです。同時に、主からも民からも「強く雄々しくあれ」と何度も言われていることなどから、根は臆病で小心者だったのではという人もいます。

 クールにして苛烈、合理的にして信仰に厚い指導者の素顔は、もう天国に行くまで誰にもわかりません。

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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