疑問を呈する者ダビデ

文字数 1,917文字

「さあさあさあ具体的に何をすればいい!? 何をすれば喜ぶ!!?」
「声量を抑えてくれるのが一番嬉しいです」
「神に誓って善処しよう!!!!!」
「Ah――――……」
「……どうすれば帰れるのか全く分からないんで、ヨシュアさんはひとまず予定通りに動いてもらえればいいです、ハイ」
 ミカルを盾にしながらダビデは言った。羊飼いにとって耳は商売道具だからである。
「そういえばヨシュア様、エリコ攻略の作戦はいかがするのですか」
「エリコの城壁もさることながら、我々の前には増水しきったヨルダン川があります。これを渡るだけでもひと苦労に違いありません」
「案ずることはない! いざその時が来たら神のお告げが下されることになっている!!」
「おお、素晴らし……あれ?」
「ならば我々の潜入の意味とは……?」
「まあ、なんだ。美人と知り合ってこれたんだからよかったじゃないか」

※解釈は色々あるが、カナン征服の第一歩として『敵はお前たちが信仰する神を恐れている。心おきなく攻め落とせ』というメッセージの意味があったとも言われている。

 斥候たちの疑問をよそに、イスラエル全軍は翌朝早く出発し、ヨルダン川のほとりに宿営した。三日がたってから、つかさ※たちは宿営の中を巡り、民に命じて言った。

(ヨシュア記3章1-3節)

※つかさ:中間管理職のこと。当時のイスラエル人には千人、百人、五十人、十人ごとにつかさがおり、民の間で問題が起きた時はまず十人の長に相談し、解決できなければ順に五十人、百人……と登っていって最終的にリーダーのモーセ(この時点ではヨシュア)が裁決する決まりだった。

このシステムを作る前は数万人とも数十万人とも言われる民(聖書の記述では男だけで六十万人)の困り事をモーセひとりで捌いていた。戦士ダビデより預言者モーセの方がよほど人間やめている。

「神の言葉があった! つかさたちよ、これから言うことを兵士たちに伝えるのだ!!」
「なあ、ヨシュアさんひとりの声で十分だと思うんだがつかさって要るのか?」
「そこは大人の事情というものでしょう」
「こういう時に仕事を与えないと、名ばかり管理職として訴えられてしまいますからな」
「四百年前と言ってもそういうところは同じなんだなァ……。三千年もすれば変わるんだろうか」
 そうは言いつつも、ダビデはひそかに期待していた。ここからの出来事は聖書にも仔細に書かれており、とても有名な一幕だからである。
「まず! 君たちは契約の箱※に注目してほしい!! レビ人の祭司※2たちが箱をかついで先頭を行くから、八百メートル以上おいてついていくように!!! すさまじく不思議なことが起きるから期待していてくれたまえ!!!!」(ヨシュア記3章3-5節)

※契約の箱:モーセが神から十戒(イスラエル人が守るべき十の決まりごと)を授けられた時、それを刻んだ板を入れるために作られた箱。一般人は近づいてもいけないすごく神聖なアイテム。触ると死ぬ。

※2レビ人:レビ族の人々。聖職者を専門とした一族で、祭司はみんなレビ人だった。

「『あす、主が、あなたがたのうちで不思議を行われるから(ヨシュア記3章5節)』って世界最古のアオリ文かもしれない」
 さらに明けて翌朝、ヨシュアの言葉通りに祭司たちは先頭を歩き、ヨルダン川のほとりまで来た。この時期のヨルダン川は岸いっぱいまで増水しているが祭司たちは足を止めず、純金の契約の箱をかついだまま川へと入ってゆく。
「おおおおお!! 本当に川が割れている!!」
 見よ、ヨルダン川は上流のなんと十五キロ先、ツァレタンのそばにある町アダムのところで突っ立って一滴も流れてこない。イスラエル人たちはエリコまでの最短ルートを歩き、ひとりも欠けることなく渡りきった。

(ヨシュア記3章14-17節)

「まさに奇蹟! 奇蹟ですぞ!」
「ヨシュア様! 次はいよいよエリコ攻めですがどのように!?」
「うむ! 我らはあの城壁を突破するにあたり!!」
「突破するにあたり!?」
「全軍にて外周ランニングを行う!!!!」

(ヨシュア記6章3節)

<イスラエル軍について>

 エジプトで奴隷になっていたイスラエル人はモーセに連れられて脱出しました。それからカナンに至るまでに多くの戦いを経験し戦闘民族と化した……のですが、旅が長すぎてヨシュアとカレブ以外みんな死んでしまい、エリコ攻略時には実戦経験の少ない兵士ばかりだったようです。

 それでもエリコ攻略に参加した兵士はなんと四万人。当時のエリコの戦力はよく分かりませんが、現在の人口ですら二万三千人なのを考えると圧倒的だったのは確実でしょう。そんなんが川を割って進軍してきたら、そら誰も勝てるとは思いませんよね……。

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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