泣いていい男エリコ王

文字数 1,695文字

「王よ! イスラエル人の侵攻です!」
 エリコ王に急報が届いたのは早朝のことであった。イスラエルが近日中に攻めてくることは知れ渡っており、エリコ側も常に警戒していたからである。
「これ、慌てるでない。敵は何人だ? 五千か、六千か? よもや一万はおるまい? 攻城戦は守る側が攻める側の十倍有利なのだから何を焦ることがあるだろうか」
「四万人です!」
「はい!?」
「ヨルダン川をふたつに割ってこちらに進軍中とのこと!」
「川を……なんて?」
「さらに先日街で目撃された、六本足で全身ヌメヌメの象くらいある獣が従っているのを見たという報告も入っております!」
「ふぇぇ……」
 偵察兵からの報告に、エリコ王は失禁しそうになるのをどうにかこらえた。エリコ軍は数百人~千人、迫りくるイスラエル軍は四万人だったである。その現実を目の当たりにしても彼がどうにか平静を保てたのは、エリコを囲う高い城壁が見えたからであった。
「すぐに行って、城門を固く閉ざしなさい。誰一人中へ入れてはならないし、出してもいけない。イスラエルは占領した町の者を皆殺しにするよう神から命じられているのだから」(ヨシュア記6章1節など)
「はっ!」
「よし、いいぞ余よ。冷静になるのだ余よ。このようなときこそ冷静さが大事なのだから。見よ、父祖から受け継いだ城壁は今日も厚く硬い。あれが破られるようなことなどあるだろうか。いやない※」

※聖書は全編通して反語表現がとても多く、文末を反語にするだけでちょっと聖書っぽくなる。「いやない」はふつう省略されている。

「王よ! イスラエル人が!」
「どどどどどどうした! 攻撃か!? 攻撃開始なのか!?」
「エリコの外周をランニングしだしました!」
「なして?」
 エリコ王は立って城壁まで行った。兵からの報告がにわかには信じられなかったからである。だが見よ、イスラエルは全軍でエリコの城壁の周りをランニングしていた。


 完全武装した男たちが四万人、角笛※を吹き鳴らしながらエリコのまわりを回り、その後ろには同じく角笛を吹く祭司と神の箱、そしてしんがりの兵士が続いた。

※角笛:つのぶえ。動物の角をくり抜いて作ったラッパのような楽器。戦争、儀式などあらゆる場面で使用する。エリコ攻略の際には神の命令により雄羊の角笛が用いられた。

<ブオオオオォォォン ブオオオオォォォン
<ブオオオオォォォン ブオオオオォォォン
<ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
 イスラエル人たちは全員が無言であった。ヨシュアがこの戦いが始まる前に
「私がときの声※をあげよと言って、あなたがたに叫ばせる日まで、あなたがたは叫んではいけない。あなたがたの声を聞かせてはいけない。また口からことばを出してはいけない」(ヨシュア記6章10節)

※ときの声:鬨の声と書く。戦が始まる前または勝った後に上げる声のことで、日本だと「エイエイオー!」などが相当する。

 と命じていたからである。
「なんなのだ……いったいなんなのだあいつらは……」
 その日、エリコには四万人の足音と角笛の音だけが響き続けた。
<イスラエルと戦争>

 エジプトを脱出したイスラエル人は長い旅の末にカナンにたどり着き、土地を巡る戦争を始めました。

 カナンはとても豊かな土地でした。そこに住む人々は体格がよく装備も充実し、街は城壁で守られています。それに比べるとイスラエル人は数こそ多かったものの貧弱で、いざという時に逃げ込む街もありません。普通に戦っていたらジリ貧だったでしょう。

 そんな戦争を、イスラエルは神託を武器に勝ち進みます。『神託』というとなんか曖昧でどうとでもとれるようなものが思い浮かぶかもしれませんが、ヨシュアへの神託は

「軍をふたつに分けて、片方が敵を誘い出してもう片方が後ろから叩け」

など非常に具体的なものでした。


 その中でもエリコ攻略の作戦は異色を放つものです。七日にわたって町のまわりをぐるぐる回り、七日目にヨシュアの号令でときの声をあげると……

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登場人物紹介

ダビデ


 後にイスラエルの栄華を築く羊飼いの少年。凶暴な生体兵器へと改造された王女ミカルを捕獲し、元に戻せば嫁にやると言われて旅立つ。特技は投石。好きな食べ物は羊の煮込み。女好きで外道

ミカル


 イスラエル王女。ヒロイン兼馬代わり。

 元は美少女だったが生体兵器へ改造されてしまった。口から放つ音響縮退砲エリコバスターは射程内のあらゆるものを粉砕する。

 腹をがばっと開くことができ、人間だった頃の体はそのスペースに収まっている。もうひとりくらいなら潜り込んで添い寝が可能。


 左は人間だった頃の姿である。改造後はカマドウマとナマコを足して割らなかったようなヌメヌメ六本足の身体となった。

サウル


 イスラエル初代国王。聡明だが臆病で短気なところもある、ダビデの主君でミカルの父。

 ペリシテの侵略に悩まされていたところにダビデが現れて喜ぶも、ミカルがダビデに惚れたことで手のひらを返した。が、そのミカルを改造されてしまったことでまたも手のひらを返し、ミカルを人間に戻せば嫁にやろうとダビデを焚き付ける。

ヨナタン


 イスラエル第一王子。ミカルの兄でダビデの大親友。

 シスコンをこじらせている。

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