第36話 愛おしい毎日を、今しばらく

文字数 2,704文字


 3月3日、ひな祭りの日のわたしたちの活躍はそれなりに周囲で話題になった。なんと、テレビで紹介されちゃった。
 人命救助、ってことで消防署で我ら6人の表彰式があったんだけど、それが地元ローカル局の夕方のニュースで放映されたのだ。フタショー、北星の卒業式のちょっと前のタイミングで。つまり、和樹(カズキ)くんは助かったのだ!しかも、何の障害も残らなかった。AEDと心臓マッサージの迅速な対応が和樹くんを救った、っていう見出しで報道された。
 6人全員が様々な理由で目立ちたくないタイプだったので、テレビは困ると言っていたけど、「AEDの普及活動のために、是非」と、市長まで乗り出してきた。
 再会し、やむを得ず神妙に取材に応じる6人。お互いの素性も明らかになった。
 3人組は南洋中の2年生だった。血を流したのが伊藤くん、後の2人は山根くんと梶くん。3人とも4月で3年生だ。頼りない外見なんて関係ない。君たちには大いに期待してるよ。
 男の人は長井さん。刑事だった。
 確かに、素人ではなかった。親水公園の前が県警本部なので、張り込みの現場から公園を通って職場に戻る途中だったそうだ。
「悪い奴を追い込むのは得意なんだけど、人助けは苦手なんだよなあ」
 長井さんはこんな風に言うけど、あなたの仕事は十分人助けですよ、って言ってあげたい。
 フタショーではわたしが人命救助をしたことよりも、6人の組み合わせが、「どういうつながりなんだ?」って話題になった。普段、できるだけ会話しないようにしてる怖い男子も卒業間近で和んできてるのか、わたしに近寄ってきた。
「おい、シズル。あれ、長井じゃねえかよ。あいつには恨みがあんだよ、家の場所とか分かんねえのか?教えろよ」
「えー、知らないよー」
「長井は人命救助なんて柄じゃねえよ。ほんとに知らないのか?」
「知らないよ。そんなに会いたいなら、県警本部に直接行けばいいじゃん」
「行ける訳、ねーだろ」
 あれ?やっぱり、怖いっていえば怖いけど、意外と素朴。
 北星ではみんな国公立大学の合格発表がまだ、ってこともあって浮かれ気分じゃなくて、コタローに対する反応は微妙だったみたい。もちろん、スゲーな、って言ってくれる友達も多かったみたいだけど、先生たちがまるで無関心だったらしい。でも、なぜか後輩の女の子に告白されたって言ってたな。
「俺のこと、前から気になってたらしいんだけど、今回の人命救助のニュース見て告白を決心したんだって」
「ふーん」
「好きです、って単刀直入に言われた」
「へー」
「どーしよーかなー」
「好きにすれば」
 そんな訳で、それぞれの卒業式の直前の会話がこれだった。卒業式が終わった2日後に、コタローがメールの事前連絡も何も無く、突然家にやってきた。
 自転車にまたがったままインターフォンを押すコタローを見て、ドアを開ける。
「シズル、どうだ、調子は?」
「まあまあかな」
「あのな、後輩の子には断った」
「え?」
「お互いの道を真っ直ぐ歩こう、って言っておいた」
「何、それ?表現は訳わかんないけど、内容はとてつもなく冷酷な文章だね」
「そうかな?」
「もったいない。かわいい子だったんでしょ。後悔するよ、きっと」
「それより、ちょっと相談があって」
「何?」
「卒業旅行、行かないか?」
「は?」
「それとも、忙しいか?」
「忙しいに決まってんじゃん。もうすぐ勤め始めるんだから。大体、何、その卒業旅行って?自転車でしょ?日帰りで行ける所ならわたしも行ってみたいけど」
「自転車じゃない」
「何?電車?輪行?」
「いや、車。シズル、免許取ったんだろ」
「うん、先月」
「俺は、今取りに言ってる最中なんだ」
「そうだったね」
「運転、してみたいだろ」
「うーん、まあ、ね。まだ自分の車買えないし、お父さんのは仕事で毎日使ってるから乗れないし」
「うちの車、運転させてやろうか」
「だから、何なの?」
「いやー、兄貴がこっち戻って来るから引っ越し作業やりに東京に行くんだよ。父さんの車でさ。二泊三日で。でも、父さんは1人で運転するのきついって言ってるんだよなー」
「それ、本気で言ってるの?免許取ったばかりのわたしに東京まで運転しろと。しかも、都内でも走れと、そういうこと?」
「宿泊費とか食事代はうちで持つからさ」
「そういう問題じゃないよ」
「俺が助手席で教習してやるよ」
「仮免が偉そうなこと言わないでよ」
 でも、ちょっと、行ってみたい気がする。何より、働きだしたら忙しくなってコタローと疎遠になるんじゃないかな、っていうのもちょっと心配だったから。少しでもつながりを深めておきたい気持ちはある。
「コタローのお父さんは何て言ってるの?」
「迷惑だろうけれども、引き受けてくれたらすごく嬉しい、って。シズルにも是非会ってみたいって」
 なるほど、それは無碍にはできないな。
「でも、コタローもお父さんもいない間、お母さんはどうなるの」
「ショートステイの手配をしてある」
「ショートステイって?」
「お泊り介護、みたいなもんかな」
「そっか」
「シズルと一緒に行けたら、俺も楽しいし」
 こいつ。わたしの心の機微を読んでるんじゃなかろうか。分かった。決めた。
「うん。行く」
「おー、そっか、ありがとな」
「でも、引っ越しの作業だけで、お楽しみとかないんでしょ?まあ、ホテルの豪華な夕食、ってことでもいいけど」
「一応、イベントは一個ある。シズルはEKってバンド知ってるか?」
「うん、知ってるよ」
 あの自転車の曲のバンド。
「EKのボーカル、突発性難聴が治ってさ。東京行った2日目の夜に、日比谷の野外音楽堂で復活ライブをやるんだよ」
「え!チケット取れたんだ!?」
「いや、取れなかった」
「なーんだ」
「でも、野外だから、漏れて来る音は聴ける。そういうファンは結構いるよ」
「なんか、わびしいなあ」
「違うよ、そうまでしても聴きたい、っていうのが通のファンなんだよ。きっと会場の外でも盛り上がるぞ」
「うーん、言われてみればそんな気もする」
「それに、ちょっと荷物になるけど、車に自転車積んでって、日比谷公園の近辺で月を見ながら軽くサイクリング、ってのもいいだろ」
「大都会で月夜のサイクリングか。なんか、恋人同士みたいだね」
「あほか」

 ああ、わたし、やっぱりコタローが好きだ。多田くんの生まれ変わりかもしれないし、そうじゃないかもしれない。結婚する確率が高いかもしれないし低いかもしれない。
 でも、どっちでもいい。コタローっていい奴だ。
 この愛おしい毎日を、今しばらく大切に過ごしていきたい。できれば、コタローと一緒に。
 あー。なんか、‘自転車に乗るわたし’をまた読みたくなってきた。

おしまい
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