第2話 わたしの名は

文字数 1,571文字

「シズル、打つの速い」
 わたしは高校3年生になった。商業高校でわたしが2年半取り組んできたのは、簿記やパソコン検定といった資格取得と、アルバイト。親友のゆうきが‘速い’と言ったのは、ゆうきの後ろの席でノートPCに向かい、課題のレポートを打っているスピードを見て。このノートPCはわたしのおばあちゃんが高校入学祝いに買ってくれた。以来、わたしと共に過ごす時間が最も長い相棒。雨の日も風の日も、雪の日も、自転車のカゴに乗っかって一緒に学校に通ってくれた。
 ‘シズル’という自分の名前の響きはとても好き。でも、カタカナ書きというのは微妙。ずっと昔の女の人みたい。
 親は、‘静流’と書いて‘シズル’と読ませようと最初の内は考えていたけど、「え?‘セイリュウ’?」というのが普通の人の反応だろう、と気付いた。おばあちゃんが、「なら、思い切ってカタカナにしたら?」と言い、この名前に決まった。
 ちなみに、ゆうきは、名前の響きも、ひらがな書きも、とても気に入っている
 アルバイトは週3日。授業のコマ数が少ない平日2日と、土曜の午前。家から自転車で5分の「たなべ司法書士事務所」。経営者である司法書士の田辺ご夫婦2人と、30歳前後の女子正職員3人プラス、バイトのわたしが全戦力。わたしの学校、「二神商業高等学校(フタガミショウギョウ高等学校、通称‘フタショー’)」では、学校にきちんと許可申請さえすればアルバイトは大歓迎の方針。生徒の就職先のネットワークがその分増えるので、進路指導チーフの‘塚ちゃん(塚本先生)’は「いいバイトあるよ」と誰彼かまわず声を掛けて来る。
 実はわたしも塚ちゃんに声を掛けられてこのバイトを紹介して貰った。
 入学間もない頃、とにかく買ってもらったノートPCが可愛くて嬉しくて、休み時間の度にPC操作のトレーニング用ソフトを使って練習していた。WORDやEXCEL、更にはACCESS、それから、POWER POINTも。もっとも、まだクラスに慣れなくて話せる人が少なかったせいもあったけど。
「森野さん、なかなかやるね。いいバイトあるけど、どう?」
 背後からPCの画面を覗き込みながら塚ちゃんが声を掛けてきたときは、「わっ、来た!」とびくっとしたけど、今にして思えばありがたい。
 わたしがたなべ司法書士事務所で主にやるのは平日は請求書の入力・作成や書類の発送。特に、実印を押した契約書類等は普通郵便ではなく書留で送らないといけないので、「はい、出来た!」と締切ぎりぎりで上がる登記用の書類などを3人の職員から次々と受け取り、郵便局に行く。田辺ご夫婦は顧客や法務局等、外回りで飛び回っているから、3人の女性職員が事務実務を完璧にこなしている。電話の受け答え、来客への応対、書類作成、お客さんにお茶をお出しする動作さえ、「きれい、かっこいい!」と思う。
 そして、土曜の午前中は、田辺ご夫婦のどちらか1人と女性職員1人が交代で、プラスわたしが出勤する。いわゆる予備日的な遅れている作業の調整というよりは、お客さんにプラスアルファのサービスをするための‘研究’の時間として充てている。田辺ご夫婦は士業にありがちな‘先生’商売ではなく、お客さんに奉仕するという姿勢が素晴らしいなと高校生のわたしでも感じる。わたしは土曜は経理処理をやらせてもらっている。こじんまりした事務所なので仕訳もそう大変ではないけど、なにせ、生の商売の取引や伝票処理だ。学校の授業や資格試験とは緊張感が違う。
「シズルちゃんに、簿記の実戦を経験してもらいたいからね」
 そういって、わたしにやらせてくれているのだ。後で女性職員で簿記1級(!)の柳瀬さんが、チェックを入れてくれているので、本当は二度手間をかけているのかもしれないけれど、わたしとしてはありがたいことこの上ない。
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