第23話 早く跡取り生んでくれたら言うことないね

文字数 4,545文字

「高瀬小太郎です。呼び方はコタローでいいです」
 ああ。何でこんなことに。物珍しがってお父さんがコタローにごく普通に話しかけたそうにしてるのも何だか我が家の家族のレベルを見透かされそうで嫌になる。
 食堂のテーブルを囲んでコタロー、わたし、おばあちゃん、お父さん、お母さんが顔を突き合わせている。コタローには緊張のかけらもない。次に冷静で自然体なのがおばあちゃん。お母さんは顔がひきつり、静かな怒りすら感じさせる。わたしはどうでもいいやという感じになってきた。お父さんは浮かれまくっていて、さっきからコーヒーを立て続けにがぶ飲みしている。
「コタローくんはシズルとどういう関係なのかな?」
 げっ。お父さん、いくら何でもその質問はあんまりだろ。
「自転車友達です」
「ほう」
 コタローの回答に頷きながらお父さんがわたしの顔を凝視する。
「だからあの自転車を買ったのか」
「いや、純粋に自転車に乗りたかっただけなんだけど」
 わたしはお父さんの顔を睨みつけて答える。
「まあまあ。シズルは実際、俺に興味があったんだと思いますよ」
「何!?」
 うわー、コタロー。一体どうするつもりなんだい。しかも、親の前で‘シズル’なんて呼び捨てはやっぱりまずいよ。わたしは今更どうでもいいんだけど。
「コタローさんよ」
 お父さんが反応する前におばあちゃんがコタローに呼びかけた。
「あんた、長男かい、次男坊かい?」
「次男坊です」
「そしたら、あんた、うちに婿に来ないかい?」
「ええ!?」
 お父さんとお母さんとわたしが同時にびっくりした声を上げた。コタローは平然とした顔でおばあちゃんの顔を見ている。おばあちゃんも平然と次の言葉を繰り出す。
「あんた、シズルのこと、嫌いかい?」
「いえ、割と好きですよ」
「なら、どうだい?」
「そうですねー」
「ちょっと、おばあちゃん!」
 コタローが適当なのはもともとだけど、おばあちゃんまで一体どういうつもり?
 それに、コタローの‘割と好き’ってどれだけ人をおちょくっているんだろう。
「シズルも、お父さんお母さんも、まあ、聞きなさい」
 おばあちゃんがようやくいつもの雰囲気に戻ったので、みんな畏まって耳を傾ける。コタローだけは聞いてんるんだか聞いてないんだか表情からは読み取れない。
「シズルの結婚はわたしたちだけの問題じゃないからね。人間の都合を考える前に、何のために結婚するのか、よく考えて見ると話が分かりやすいよ」
 いや、おばあちゃん。そもそも何の心の準備もない今日のこの初対面の場面で突然結婚の話題を持ち出すという、その感覚にびっくりするよ。けれども、おばあちゃんの話の続きにはとても興味がある。とにかく聞いてみよう。
「わたしはこの家の後を誰かに継いで欲しい。家を継ぐっていう意味、みんな分かるかい?」
 お母さんの眼がお父さんをぎろっと睨む。わたしもなんとなくつられてお父さんの方を見る。お父さん、頼んます。
「この家の土地と建物を相続する、ってことだろ」
「えーい、違う!わが息子ながら情けない」
「じゃあ、何だよ」
 おー、お父さん、開き直ってる。でも、さっきからのおばあちゃんの話の流れで、わたしも違うって思うよ。
「コタローさん、あんた、分かるかい?」
「生き様をバトンタッチする、ってことですか。それとか、お墓を守るとか」
「ほう・・・あんた、今、いくつだい?」
「18歳ですけど」
「そうかい。誰かから習ったのかい」
「うちの死んだばあちゃんがよくそんなこと言ってたもんですから」
「コタローさん、あんた偉いよ。年寄りの話をちゃんと聞いてたんだね。8割方は当たってるよ。でも、もうちょいだね」
「残りの2割は何ですか?」
「あんたが今言ったのは立派で大事なことだけど、それでも人間の都合の話だよ。そうじゃなくって、親や爺婆の生き方を次の代に伝えられるか、そもそもその生き方が正しいのかどうかさえ、神様仏様次第、っていう意味だよ。神様仏様なんて話、胡散臭くて嫌かい?」
「いえ、全然。人間の方がよっぽど胡散臭いですよ」
「そうかい。ありがとう。なら、もう少しこの婆の話を聞いてくれるかね。シズルにもついこの間話したんだけど、先祖と子孫を繋ぐのは、神様仏様なんだよ。仏壇や神棚はそのためにある。お墓も、まあ、そうだね。成仏、って分かるかい?」
 あ、お父さんが口を開いた。割って入るつもり?
「ばあちゃん、初対面の他人様にそんな話するなよ」
「わたしはコタローさんと話してるんだよ。邪魔すんじゃないよ。どうだい、成仏の意味って分かるかい?」
「仏様になるってことですよね。化けて出ない、っていう意味じゃなくって」
「あんた、ほんとに18歳かい・・・その通りだよ。仏様になるためにこうやって我が家の家族はこの家に集まってるんだよ。‘同じ穴の狢のお前たちをまとめて救ってやるぞ’、って、うちに居られる神様仏様が、この家族に集合をかけてくださったんだよ。いわば、お医者さんか、学校の先生みたいなもんだね。同じ病院、同じ教室に集めといてわたしらの腐った性根を治してくださるんだよ。自分を助けてくれる恩人にはお礼言ったり、朝晩の挨拶するわな。おはよう、とか、おやすみなさいとか。別に信仰とかそんな大げさなことじゃない。ごく当たり前の話だよ。どうだい、ここまでの話、コタローさんは腑に落ちるかい」
「全部、じゃないけれど、自分が漠然と今まで思ってたことを説明してくれてる感じがしますね」
「そうかい、そうかい。それで、神様仏様へ挨拶すると、ひょいっと先祖の誰かが成仏することもあるんだよ。先祖だけじゃなくって、まだ生まれてない子孫も、自分が何気なく神様仏様に頭を下げてる時に成仏することがあるんだよ。それだけじゃない、50年後の子孫が神棚や仏壇に向かって挨拶しただけで、先祖であるわたしが成仏することもあるんだよ。シズル、あんたにもこの話をしたけど覚えてるかい」
 コタローがわたしを見てる。どうしよう。わたしはおばあちゃんの話を自然に受け入れることができるしその通りだと思ってる。でも、コタローはどうなんだろ。おばあちゃんの話を聞いてはいるけど、心の底ではわたしや家族のことを変な奴ら、って思ってないかな。でも、もしそうだとしたら、どっちみちこの先コタローには本当の自分を見せることなんてできないだろうな。なら、いいや。
「うん、覚えてる。わたしは、おばあちゃんの話がよく分かる」
「ほう・・・」
 あ、コタローが‘ほう’なんて偉そうに言ってる。でも、わたしは動じないよ。コタローがわたしのこと変な奴と思おうがどうしようが。大体、コタローだって相当変な奴だし。
 おばあちゃんは2回頷いてからまた話し始める。
「コタローさんよ、人間には神様仏様は見えないよ。でも、その神棚と仏壇のところには我が家の先祖と子孫に全員集合をかけてくださった神様・仏様は間違いなく居られるんだよ。眼に見えないから、わしゃ知らん、って、シズルが結婚もせず、孫も生まず、仏壇と神棚を処分してしまうなんて、わたしには恐ろしくてできないんだよ」
 コタローはコーヒーカップに視線を落として、その一点をじっと見つめてる。
「コタローさん、すまんかったね。こんな年寄りの戯言、気持ち悪かったろう」
「いや・・・全然驚かない、って言ったら嘘になりますけど、俺もばあちゃんの言うこと、凄くよく分かるし、多分、ばあちゃんの言ってることの方が現実なんだろうと思います。シズルも分かってるんだよな?」
「え、え、・・・・うん」
「はっきりしない奴だな」
「コタローさん、逆にわたしはあんたの方がちょっと怖いよ。なんで18なのにそこまですんなりさっきの話を聞けるんだい?」
「俺は、自分の母親を見てると、‘何で?’ってやっぱり思うんです。人間ってどうせ年取るか、病気になるか、事故か何かで死んじゃうのに、って。だったら、何で今ここにいるんだろ、って。自分も母親も」
 コタローのお母さんが病気で介護してるってこと、わたしはおばあちゃんたちに囁いて説明する。コタローはというと、おばあちゃんの顔を真っ直ぐ見たまま話し続ける。
「だから、ばあちゃんの言うことの方が現実だとしたら、‘何で?’の答えがちょっとだけ見えて来る」
「そうかい。そりゃそうとコタローさんよ、シズルはどうだい?シズルを女房にするなんてのは‘有り’かい?」
「えー、こいつですかー?」
 だから、家族の前で‘こいつ’はやめろって、コタロー。
 けれども、さらにおばあちゃんが追撃する。
「わたしは、シズルは結構顔立ちも整ってる、って思うがね」
「うーん、美人、ではないですけど、可愛いとこもありますよね、性格面で」
 コタロー、いい加減にしろよ。
「コタローくん、娘ながら、シズルはいいと思うよ」
 え、お父さん、このタイミングでどういう文脈につながる話をするつもり?
「ただ、2人ともまだ若すぎる。せめてコタローくんが社会人になるまで、後、4~5年だろ?それまで我慢できないか?」
「え、4~5年はちょっと」
「え?じゃあ、学生の内に結婚したいっていうのか?だめだぞ、それは。経済的基盤がないと。それともしばらくはシズルの稼ぎをあてにするつもりか?」
「いえいえ。でもそれも楽でいいかもしれませんね」
 コタローは面白がってニヤニヤ笑ってる。お父さんをからかってるようだ。
「大体、コタロー君はどこの大学行くつもりだ?県外は駄目だぞ。シズルはもう佐原事務に就職決まってるんだから」
「ちょっと、コタロー。あんまりお父さんをからかわないでよ」
 コタローを睨みつけてやった。
「いやー、すいません、お父さん。俺、大学行かないんですよ」
「何!?じゃあ、どうするんだ。いい加減な奴にはシズルは渡さんぞ!」
「俺も4月から働くんです。県内で就職、決まったんで」
「え・・・そうか・・・」
 あれ?お父さん、何か、考え込んでる。
「そうか・・・しまったなー。社会人になるのか・・・じゃあ、しょうがないなー」
 しょうがないって、何がだよ、お父さん!
「そうです。しょうがないですよねー」
 コタローも一緒になって何言ってるんだ!
「うーん、どうする。できればこの家で同居した方が経済的にも安心だと思うんだが・・・ばあちゃん、どう思う?」
「わたしゃそりゃー、嬉しいね。そんで、早く跡取り生んでくれたら言うことないね」
「よし、どうだ!コタローくん!」
「どうだ、じゃないっ!!」
 思わずでかい声を出してしまった。17年間一緒にいるけど、我が家のノリには未だに慣れない。それなのに、18年間の人生で我が家の家族と初対面のコタローがこのノリを乗りこなしているのが無性に腹が立つ。わたしは畳みかける。
「何でコタローとわたしが結婚する話になるのよ!」
 お父さんがぽかんとした顔をしてる。さてはまた素っ頓狂な発言が出るんだろうな。一応、応戦準備しとこう。
「‘結婚を前提として真剣にお付き合いをさせていただいてます’、って俺たちに紹介するためにコタローくんを連れて来たんじゃないのか?」
「何芸能人みたいなコメント引用してんのよ!お母さん、お父さんに何とか言ってやってよ!」
「わたし、コタローくん気に入ったけどね」
 お母さん、あんたもかい。
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