第34話 真面目にバカ騒ぎ

文字数 4,552文字


 ひな祭りに一番近い土曜日の午後。それが毎年恒例の「バイト部」打ち上げの日。
 今年はちょうど土曜日が3月3日と重なった。会場は和子が3年間バイトした洋食屋さん‘バーグ王国’。名前と違い、ハンバーグではなくミックスフライ定食が一番売れ筋の個人商店だ。
 塚ちゃん(塚本先生)が斡旋したバイト先でそのままずっと働き続けた生徒を中心に活動しているのが、通称「バイト部」。顧問は塚ちゃんと、フタショー初の女性生活指導チーフ、さゆり先生だ。30歳直前独身女性のさゆり先生は生活指導に女も男もないと、集会の度に檀上でマイクを握り、警察沙汰を起こした生徒を冷めた言葉で静かに罵倒する。
「意味不明な理由で暴れるのは愚か者のすることです。社会人の世界はシビアです。‘いやー学生時代はやんちゃしてたんですよねー’なんて言っても「だから?」とか、「そんなもんどうでもいいからまともに仕事しろ」って言われておしまいです」
 ヤジが飛ぶ。
「てめーはどうなんだよ?仕事できてんのかよ!?」
 冷笑を浮かべ、さゆり先生は静かに答える。
「あなたに、‘仕事’してあげましょうか」
 意味が分からないけれども、とにかく何かとんでもなく怖いことが起こる感じがするので、ちっ、と舌打ちするだけで、歯向かいかけた生徒は大概黙ってしまう。
 バイト部は、こんな‘斡旋屋’塚ちゃんと、‘指導女教師’さゆり先生が顧問という建前だけど、実は正式な部活でもなんでもなく、単に塚ちゃんに斡旋して貰ったバイト先のその後の働きぶりをフォローしたり、トラブルが無いように時々面談を受けるネットワークのようなもので活動の実態はあまりない。どちらかというと、文句も言わずに紹介してもらったバイトを続けてる地味な生徒が恒常的なメンバーだ。分かってるだけで5人くらいかな。ゆうきもその内の1人。打ち上げのメンバーを和子から聞いて、「え、あの子もそうだったんだ」ぐらいの感じの緩いつながり。でも、3月3日はとても楽しみ。コタローも来るし。

「おー、全部で10人か。結構集まったな。今年は男が3人もいるじゃないか」
 3月3日。晴れた。しかも今日は特にあったかい。2月終わりごろには雪も完全に溶け、会場まで自転車で来られた。塚ちゃんが丁度開会の挨拶をやるところ。バーグ王国の店のど真ん中に位置する大人数グループ用のテーブルに顧問の2人含めた10人がずらっと顔を突き合わせる。男が3人もいるじゃないか、って言ってるけど塚ちゃん含めて3人なので、3人しかというのが正確なんじゃないかな。でも、下手したら男は塚ちゃんしかいない、って年もあったんだろうな。
「皆さん、お疲れ様です」
 昼食時を少しずらしたとは言え、他のお客さんも結構いるので、塚ちゃんはやや控えめな声で喋る。わたしたちもそれにつられて、‘・・・つかれさまっす・・・’みたいなもわもわした小声で挨拶する。
「ここにいるメンバーは皆、わたしが最初に紹介したバイトをほぼ3年間、頑張って続けてくださいました。まずはお礼を申し上げます」
 ありゃ。意外に真面目な挨拶だな。
「みんな一年生の時は‘大丈夫か?’って感じで正直バイト先に迷惑かけないかな、って心配してました」
「すいませーん、わたし、大迷惑かけました」
 香苗だ。商店街にある文房具卸の店でバイトしてたんだけど、一年生の時、近所の中小企業から受けた電話注文で、A4とA3を間違えてコピー用紙を大量発注してしまった。幸い、別の企業からの注文を繰り回して対応できたけれども、バイト先の社長さんも塚ちゃんも、相当あたふたしてた記憶がある。
「いやー、あん時は運がよかったよー。まあ、香苗もそうだけど、大失敗もやらかしながら、皆たくましくなりましたよ」
 塚ちゃんはニコニコしながら挨拶を続ける。
「ところで、今日は特別ゲストがいます。北星高校3年生の高瀬小太郎くん。彼は他校の生徒ではあるけれども、スポーツラボにあるサイクルショップ中野で3年間バイトし、なんと、見込まれて4月からそのまま就職することになりました。いわば、バイト部の模範生ですね」
 お、コタロー。珍しく照れてるよ。
「高瀬です。コタローって呼んでください」
 コタローの自己紹介を受け、塚ちゃんが間髪入れずに続ける。
「えっと、コタローくんはシズルの彼氏、ってことでいいのかな?」
「ええ、まあ、そんなもんですね」
「ちょっと!」
 やっぱりコタローは適当だ、わたしが座ったまま鋭い声を立てると、周りのテーブルのお客さんがびっくりしてこっちを見た。ごめんなさい。
「まあ、自転車友達ですね」
 わたしに気を遣うというより、周囲のお客さんをいらぬ揉め事に巻き込まないようにコタローは言い直した。
「え、そうなの?・・・お似合いだと思うけどな・・・」
 塚ちゃんが残念そうに言ってる。お似合いって、どういう意味?まあ、コタロー程度ならわたし程度でもありかな、って気楽さは確かに感じはするけれども。何にしても会は和やかに進んだ。
「どんちゃん騒ぎじゃなかったな」
 斜め向かいの席からコタローがわたしに話しかけてきた。
「退屈?」
 誘った手前、ちょっとだけコタローに気を遣って聞いてみる。
「いや、全然。すげえ楽しいよ。金谷がトラックのこととか色々教えてくれてさー」
 県内の大手運送会社のドライバーとして4月から働く金谷くんはコタローと意気投合してやたら盛り上がってた。
「言ってみればトラックも自転車も自分の愛車を大事にして相棒として付き合うのはおんなじだからな。勉強になったよ」
 良かった。コタローは北星にも友達はいっぱいいるみたいだけれども、間近に迫った進路について本当の意味で気持ちを共有できる‘同志’はあまりいないだろうから。就職組のネットワークが無いコタローにとって、このバイト部が、就職した後も役に立つといいな。
「ところで、塚ちゃん」
「なんだ、和ちゃん」
 お酒も飲んでいないのに、和子と塚ちゃんが酔っ払いみたいな掛け合いをしてる。
「塚ちゃんはバイト紹介する生徒って、どんな基準で選んでたの?」
 お、和子、いい質問だよ。実はわたしも気になってた。一年生の時、なんでわたしに声かけるかなー、って正直思ったから。
「できるだけ内気で頼りなさそうな子かな」
「え、何、それ?」
 コタロー以外の皆が、声を揃えて塚ちゃんを睨む。
「まあ、そういった子にも楽しくやって欲しいっていう親心だよ」
「えー、ひどーい、そんな目で見てたんだ。さゆり先生、ひどいと思いませんかー?」
 和子が冗談ぽくさゆり先生に泣きつく真似をする。
「客観的に見てあなたたちが人見知りだったってのは事実でしょ」
 さゆり先生、厳しー。和子も‘あう’なんていう漫画でしか見たことないような反応してるし。
「金谷、あの話って、しても大丈夫か?」
「あの話って、あの話ですか・・・ええ、構いませんよ」
 ん?塚ちゃんと金谷くんがもの凄い真面目な顔してる。あの話って何?
「金谷は中学の時、いじめられてたんだよ」
 え?この金谷くんが?確かに大人しい雰囲気だけど自ら中型の免許取りに行って就職活動もしっかりした考えでやってた金谷くんが?ほんとに?
「正直、入学したばっかりの時、学校来るのも大変だったよな。中学の時みたいにまたいじめられるんじゃないかって。うちの高校は悪い奴らも多いからな」
 金谷くんは、俯き加減でじっと塚ちゃんの話を聞いている。
「このまんまじゃ登校できないだろうな、って感じたからご両親と金谷と4人で話したんだよ。バイトやってみませんか?って。別の世界もあるっていうか、世の中のルールって、学校の中だけで決まってるものじゃない、って話をしてさ」
 あ、コタロー、凄い真剣に聞いてる。
「現に金谷が4月から働く運送業、っていう世界には業界特有のルールもあれば会社内でのルールもある。もっと言えば、そもそも金谷が事故なく安全に運転するためのルールがある。それって、中学の時に金谷をいじめてた奴らのルールなんか通用するような世界じゃないんだよな。それこそ、命を懸けて仕事するんだから、そいつらの理屈やルールなんか、‘ガキか、お前!’の一言で終わりなんだよな」
「俺もフタショーに通いたかった」
 あ、コタロー。そっか、コタローがそう感じてもおかしくないかも。
「甘い」
 え?皆、声の方を見る。さゆり先生だ。
「コタローくん。金谷もシズルもゆうきも和子もみんな、運がよかっただけ。うちの高校って退学率が全国でも高いんだけど、どんな生徒が辞めてるか分かる?」
「警察沙汰を起こした奴ですか?」
「いじめられてる生徒」
 コタローは、え?っていう感じの顔だ。コタローのこんな表情はあまり見ないな。
 でも、わたしたちは、さゆり先生の話をああ、そういう言えばそうだな、って納得する。
「うちの高校のこと馬鹿ばっかりだって思ってるかもしれないけど、悪い事する奴らは皆頭いいよ。悪知恵が働くっていうか。ただ、勉強しないだけで。多分、本気で詐欺グループとかに入ったら、北星の優秀な生徒もうちの奴らに騙されると思うよ。住む世界が違うから出会ってないだけで。それに、実行力もある。色々計算した上で暴力を振るった方が得だ、って判断したときは躊躇ないし。だから、うちの高校でいじめに遭う生徒は、過酷」
 コタローは・・・珍しく静かに聞いてるな。
「わたしも生活指導してるからいじめをなくすためになんとかしなくちゃ、って思うけど、一番効果があって現実的な方法は、いじめられてる生徒の方に自主退学を勧めること。取り返しのつかないことが起こる前に」
「取り返しのつかないことって・・・」
「自殺よ」
 あれ、涙が出て来た。ああ、そっか。多田くんは取り返しのつかないことになっちゃったんだ。他のみんなはさゆり先生とコタローの方をじっと見てるけど、ゆうきは気付いてくれたみたい。わたしの方を心配そうに見てる。塚ちゃんが切実な顔で皆に語り掛ける。
「わたしがさゆり先生にも一緒に顧問になって欲しい、って頼んだんだよ。実は、バイト部にはこの場にいない部員もいっぱいいる。そうやって退学した子たちだよ。いじめられて退学したあとも人生は続く。当たり前だよな。死なないために学校辞めたんだから。生き続けるために辞めたんだから。だから、その後の人生につながることを何か持っといて欲しくてな。働き続けられるかどうかは分かんないけど、バイト、紹介するんだよ。退学した子らも大事なバイト部員だよ」

 真面目な話と馬鹿話を交互に繰り返してその後も打ち上げは大いに盛り上がった。
 解散するときは夕方の5時だった。延々4時間みんなで喋り続けたことになる。
 コタローとわたしは家路の近道をするために親水公園を突っ切ることにした。
「どうだった?コタロー。高校生活の思い出になった?」
「ああ。ありがとな。結構、3年間の中でも記憶に残る出来事トップ3に入るかも」
 なんて、ゆっくりと並んで自転車を走らせながら、青春ぽい遣り取りをする。
 ああ、なんか、いいな。ほんとに青春の思い出、って感じだな。‘海、みる街’のCGよりも今見てる夕陽の方が、柔らかくて美しいな。
 けれども、本当に忘れられない出来事は、この直後に起こった。
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