第8話 メタリック・ブルー

文字数 1,588文字


 翌日、早速近所のディスカウント・スポーツ用品店に行った。中に結構大きな自転車コーナーがあり、ママチャリからロードレーサーまでずらりと並べられていて、専門の店員さんもいる。ネットで見つけたクロスバイクをいかにも自転車に乗りまくっていそうな精悍な体つきの男性店員に見せると、こう訊かれる。
「色はどれがいいですか?」
「メタリックブルーで」
 即答。あの子のことを真似たわけじゃなくって、ほんとにあの色がきれいだったなっていう、自分の意思。
 店員さんは手際よく私のサイズを測った。といっても、身長や股下など、ちょうどいい自転車のフレームの大きさを選ぶためのもの。別に胸や腰を測る訳じゃなかった。
 一週間、オーダーした自転車が届くまでほんとに待ち遠しかった。納車の日、夏の日差しにきらめくフレームのブルーを見て、幼稚園の時初めて補助輪付の自転車を買ってもらったドキドキよりももっと胸がときめいた。
「きれい」
 おばあちゃんもお母さんも家の前の道路で、Tシャツにショートパンツとスニーカーで自転車にまたがるわたしを見て、そう言った。当然ながら、わたしではなく、自転車をきれいと言ったんだろう、多分。
・・・トゥーストラップ、着けましょうね・・・
 自転車コーナーの店員さんはそう言って、ペダルにストラップを装備してくれていた。こうすると自転車を「漕ぐ」のではなく、足を引き上げる時にもペダルを引っ張り上げる力が働き、ペダルを「回転」させることができる。本格的なロードレーサーは専用の靴を履きビンディングで留めるが、通学にも使うつもりのわたしは、色んな靴を履くのでストラップを使うのだそうだ。
「じゃあ、いくよ」
 わたしがそう言ってストラップに右足の靴をはめ込むと、おばあちゃんとお母さんは無言でうんうんと頷き、緊張感がやたら高まる。
「よっ」
 わたしは実際に声を出して自転車をスタートさせ、左足もなんとかストラップに収める。数回、ペダルを回転させたところでギアチェンジする。
「わ」
 グン。スー。
「なんだ、これ!」
 あっという間に家の前の道路の端まで行きつく。信じられない加速。しかも、ペダルが感触がないくらいに軽い。おそらくは、チェーンやギアやタイヤや、すべてのパーツがママチャリとは異次元の滑らかさを持っているからだ、とど素人のわたしも思い知らされる。
「行ってきます!」
 まだこの感覚に慣れないわたしは後ろを振り向く余裕なく、前方を凝視したままお母さんとおばあちゃんに叫んだ。
 さすがにこの加速とスピードでごちゃごちゃした街中を走るのはまだ怖い。川の土手のサイクリングロードに行こう。
 古の学園ドラマのオープニングにあるような川の土手まではそう遠くない。以前、ゆうきと2人でそのサイクリングロードを延々とママチャリで走った思い出がある。夕焼けがとてもきれいな夏休みのとある一日のことで、「夏の思い出作ろう!」と2人で無い知恵を出し合った結果、海でも旅行でもない、つつましい選択となった。
 それよりも、今は、このメタリックブルーの新しい‘相棒’を乗りこなさなくては。
 川になんとかたどり着いたわたしは、無謀にもペダルから足を離さないまま土手を上ろうとした。ギアを軽くし、「よっしょ!」と女子高生にあるまじきうめき声を上げながら渾身の力を込める。心が折れそうになるけど、根性で踏ん張る。
「わー・・・」
 日差しは最高にきついし、土手を上るのに使ったエネルギーで汗びっしょりだけど、でも・・・
 この風!
 わたしと一緒にサイクリングロードに立った自転車は、夏の真っ青な青空をバックにしてきらきらと光る。しかもこの自転車の方がより美しい青。メタリックブルーを選んで正解だったな。
 よし、今日一日、この自転車ととことん走って、ママチャリを扱うかのように軽々と乗りこなせるようになってやる!いや、なれたらいいな。
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