『悪魔は嗤う』

文字数 3,125文字

 ①

 時間は少し遡り尾方一行。

「お、来たね。あんまり年配者を待たせるものじゃないよ?」

 スタジアムの一歩手前まで辿り着いた尾方達を悠々と待っていた老人は、読んでいた本を懐にしまいながら事も無げに言う。

 その余裕且つ優雅な立ち振る舞いに尾方は不満顔である。

「師匠...余裕があったんなら迎いに来るとか早めに合流するとか出来たんじゃないですか?」

「ははは、まさかまさか。私にはそんな大それた芸当は無理さ。どこかで悪魔か天使と出くわして終わりだろうからね」

 ここで会話に割って入る悪魔が一人。

「あら、ダンディなおじ様ね。尾方ちゃんが師匠って呼んでるからには味方でいいのかしら?」
 替々は搦手の方に向き直り仰々しく礼をする。

「挨拶が遅れたかな。こんにちわ、ご機嫌麗しゅう。私は現メメント・モリでしがない戦闘員をやっている替々と言う者さ。そちらを伺っても」

「睦首劇団の副団長、搦手 収よん。今はメメント・モリと同盟を組んで戦闘員として手を貸してるわん」

 二人はニコニコと視線を交わす。

「うむ、仲睦まじきはよい事かな」

 ドローンの向こうの姫子はご満悦である。

「あ、ヒメ。騙されちゃ駄目だよ。この二人は顔は笑顔でもそのまま味方を後ろから刺せるタイプだから」

 尾方が一応釘を刺しておく。

「またまた尾方は~」

 効果はいまひとつのようだ。

 尾方は苦笑いをしながら替々の方を向く。

「それはそうと師匠、なんで通信機切ってるんですか? 通信機の意味がまるでないんですが?」

 替々は耳に装着した通信機をコンコンと叩きながら言う。

「切る必要があったからさ。スタジアムの向こう側からこちらに来るのに途中通信が入ろうものなら命はなかったからねぇ」

「スタジアムの中ではなにが?」

 尾方はスタジアムに続く廊下を眺める。

「筋肉の天使と國門君が正面からぶつかってるのさ。私なんかが混ざろうものなら命がいくつあっても足らないよ」

「いや、だからって...」

 尾方は一瞬糾弾しようとしたが、肩の力を抜きながら溜息を付いて続ける。

「はぁ、まぁいいです。それなら急ぎましょう。相手が相手だ。國門少年も長くは持たないでしょ」

 尾方がスタジアムに向けて一歩踏み出すと。

「そう、長くは持たない。でも、あの筋肉の天使を相手取り、そこそこ持たせる事は可能だ」

 尾方が足を止める。

「...師匠?」

「老人ゆえに何度も同じ事を言うがね。当初の目的を忘れない事、これは組織が、逐一変化する現場で行動する上で極めて重要な要素だ」

 替々は皆に視線を送る。

「我々の当初の目的。それはそう、情報収集だ。尾方達が悪道総司の部屋を回り、天使と悪魔が入り混じり、この基地の確保が難しい今の状況で、最善を考える必要が私達にはある」

 尾方は眉をひそめるが話を黙ってきく。

「その上で、前もって最悪を私が提示しておこう。戦闘員の全滅、これに限る。この可能性を含むリスクを最大限回避する必要が我々にはある。つまり」

 替々は出口へ続く通路を指差して続ける。

「ここで回れ右して皆で帰ると言うのが一案として上がるというわけだ」

 一行に一瞬静寂が走る。しかし直ぐにドローンから声がする。

「いや、替々さんが言ってる事はわかるッスけど、そしたら國門さんはどうするッスか? まさか―」

「そのまさかさ。見捨てるほかない」

「それは―」

「もちろん一案に過ぎないがね。しかし、一考の価値のある一案であることは間違いないと思うがね私は」

 その言葉に葉加瀬は考える姿勢に入り唸る。

 すると横から搦手が口を挟む。

「私は賛成かしら。今回ばかりは相手が悪すぎるわ。仲間想いは素敵な事だけれど、それで全滅なんて美しくないもの」

 順番的に皆の視線は尾方に集まる。

 尾方はスタジアムに続く廊下を向いてジッと動かない。

 それを見て替々が言う。

「尾方、気持ちは分かるが今回は組織の話だ。君は兎も角、我々はあの筋肉の悪魔と戦って五体満足とはいくまい。今後を考えてもここは引くべきだろう」

「そうよ尾方ちゃん、組織の事を考えた行動をここは取るべきよ」

「尾方」

「尾方ちゃん」

「...おっさん」

 尾方が半身で皆の方を振り向く。

 その目の焦点は定まっていない。

 葛藤。

 そう、選択である。

 それは彼にとって―――。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待つのじゃ皆の衆! 順番でどこかでワシに来るだろうと思ったら全然来ないではないか! ボスの意見如何じゃろここは!」

 突然ドローンから素っ頓狂な声が飛んでくる。

 余りにも場の空気にそぐわない声に皆が目を点にする。

「え、ええと、もちろん、最後の最後に聴こうと思っていたとも。我々のボスなのだからネ?」

 替々も歯切れの悪い感じに言う。

「だったらいいんですが...まぁ、それより尾方よ」

 今だ焦点定まらぬ尾方に姫子は声をかける。

「よい、許す。蹴散らして参れ」

 この言葉に周りはざわつく。

「ちょ、ちょっと姫子ちゃん? さっきまでの大叔父様の話聞いてた?」

「そうッスよ! ここは慎重に...」

 これには尾方も反射的に苦言を呈する。

「ヒ、ヒメ? 駄目だよそれは、おじさん達は―――」

「悪の組織じゃろ?」

 その言葉に皆はピタッと動きを停める。

「話はしっかりと聴いておる。だが皆口々に言うのは善、最善、間違いない、『正しい』選択じゃ。まるで正義じゃの?」

 皆が姫子の話しに耳を傾け。ドローンを見る。

「そうではない。そうではないであろう。やりたい事を、非効率でも間違っていても悪でも遂行する。それが悪魔と言うものじゃろう?」

 ドローンのカメラに姫子が再度映し出される。

「さてメメント・モリの諸君、もう一度問おう。なにがしたいかの?」

 その言葉に一同は少し考える素振りを見せ、各々が口を静かに開く。

「...やりたい事ねぇ。私は基本悪巧みなんだけど。この基地が手に入って組織が大きくなったら、大掛かりな悪のマネジメントとか出来るかな? したいなぁ是が非でもやりたい...」

「...私は姫子ちゃんの台詞に深く感銘を受けたわ! 今は姫子ちゃんがやりたい事が私のやりたい事よん!」

 再度尾方に視線が集まる。

 尾方は少し俯いて苦笑いしている。

「...あー、おじさんはね。流石に...ねぇ?」

 そして

「尾方、メメント・モリのボス悪道姫子から命令じゃ! スタジアムに強襲! 筋肉の天使をぶん殴るのじゃ!」

 尾方はその言葉を聴いて、少し目頭をギュッと押さえると顔を上げた。

「了解、ボス」

 尾方の目は、真っ直ぐと目的の方を見ていた。



「それはそれとして、我々に勝算はあるのかネ?」

 替々が言う。

 年寄りは空気を読めない。

「そこは大丈夫じゃろ? 尾方がおるし」

「え、いや、ノープランっすか!? 命がかかってるんスよ!?」

 葉加瀬がカメラの向こうで嘆いている。

「い、いや葉加瀬、ノープランではない! ノープランではないのじゃ!」

 どうどうと姫子が葉加瀬を落ち着かせている。

 そして一呼吸置くと静かに尾方に語りかける。

「尾方、どうにか皆を護れないかの? ワシからの心からの願いじゃ」

 尾方は、その言葉を聴いて、頭を抱える。

 眉間に皺を寄せて、必死に考える。

 暫くすると、尾方はスッと体の力を抜いて腕を下ろした。

「はぁ、なんだかんだ言ってお見通しなのね...気まで使わしちゃってまぁ格好のつかないことで...」

 そういうと尾方はポケットから一枚のコインを取り出す。

 そしてそれを指で弾くと、

 カッ! カッ!

 宙で回るコインを目にも止まらぬ速さで十字に蹴り、コインを四枚に斬った。

 それは、人間が鍛錬で到達する強さ向こう側。

 まるで人間でなくなったかのような無比の正しさ。



「ボス。折り入って話しがあります」


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