『テレフォンを使います』

文字数 2,257文字



 ソレは、純白のシーツを纏い、頭の上に光る輪を浮かべ、月白の翼を儚く散らしていた。

 そして、その少年にも少女にも見える中性的な顔が、喜とも哀ともとれぬ表情でこちらを見下す。

 その姿は、天使に他ならなかった。少なくとも、それを観た三人はそう思った。

『……天使様?』

 反射的に姫子が思ったままを口にする。

『だ、だとしたら敵ッスよ。ど、どど、どうするッスかおっさん?』

 酷く動揺している葉加瀬、彼女は察しているからだ。

 先ほどの不治ノ樹海の一件の犯人が、今、目の前にいる天使の仕業であると言うことを。

 一方の尾方は、どこか遠くを見るような、なにかを懐かしむようなそんな表情をしていた。

 そして、少しして、近くを飛んでいるOGフォンを掴む。

『なんじゃ尾方? なにか策があるのか?』

『と、とりあえずなんでもいいから急いだ方がいいッスよ。私さんも全力でサポートするので』

 すると尾方は微笑んで言った。

「ごめん。でも、昼までには帰るから」

『へ? 尾方? どういう……』

『! 駄目!! 尾方さん!!!』

 尾方は軽くOGフォンをトスすると、目にも留まらぬ飛び回し蹴りでOGフォンを蹴り飛ばした。

 ビルの壁に激突した。OGフォンはひしゃげ、原型を留めていなかった。

「切り方分からなくて……あとでメメカちゃんに謝らなくちゃ。……その前に」

 尾方は、前を見上げる。

「あれをなんとかしないとね」

 天使はジッと尾方を見つめたまま動かない。尾方はそれを確認して、少し歩を進める。

「…………久しぶり。随分感じ変わったね? ゼンちゃん」

 淡く、しかし鮮烈な天使からの光を一身に浴びて、尾方は見上げる

 《……先輩?》

 小さな、微かな呟きのような声が、確かに辺り一帯に響く。

「……そっか、まだ。キミは君なんだね。……だったら、少しお説教きいてくれるかい?」

 尾方は左手で目を覆う。そして静かに呟く。

「姿勢を正せ、前を見ろ、戦場では常に全力疾走、生ある限り―――」

 目を覆った左手が、下ろす間もなく宙を舞う。左手が切断されたのを認識し、吹き出る血の熱さを感じながら、血に濡れた眼で天使を睨みつける。

「――諦めるな」


 ②

 一方こちらは新生メメント・モリのアジト、悪道宅。

 一方的に電話を切られた(蹴られた)葉加瀬は、大層焦っていた。

「――どうしよう。どうする。どうすればいい。どうするべきだ。どうするッスか私さん」

「は、ハカセ落ち着くのじゃ! 尾方の事じゃなにか考えがあってのことだろう」

 酷く動揺する葉加瀬を落ち着かせようとする姫子。

「で、でも、おっさん様子がおかしかったッス。なんか思い詰めてたっていうか……」

「そこじゃ、きっとあの様子からして、尾方はあの天使の事を知っておる。あえてワシ等を弾いたのも考えがあってのことであろう」

 あくまで冷静に葉加瀬を諭す姫子、これも尾方を信頼してのことだろうか。

「た、確かにそうッスけど、うー……ごめんなさい。私さんがしっかりしなきゃッスよね」

「大丈夫じゃハカセ。気持ちは痛いほど分かる。ただ心配する相手が尾方と言う点に注目じゃ。彼奴は、あの尾方巻彦じゃ。こと生存において奴の右に出るものはいないのじゃから」

 ふふん、っとまるで自分のことのように誇らしげに胸を張る姫子。

「うう、姫子さんがまるで頼れるボスみたいッス……」

「頼れるボスじゃが!? 最後のポッキー食べるかの!?」

「食べるッス……」

 最後のポッキーを半分こしてポリポリ食べた二人は一息つく。

「それはそれとしておっさんが帰って来たらタックル一発入れるッス」

「うむ、ワシもそうするぞ!」

 二人は顔を見合わせて笑う。

 落ち着きを取り戻した二人は早速、尾方が帰ってこなかった場合を考えて策を練ることにした。

「万が一があるッスからね。現状唯一のメメント・モリの戦闘員である尾方のおっさんを失うことは出来ないッス」

「無論じゃ。無事でも容易に帰れぬ状況に立たされている可能性もあるからの」

「そこで尾方巻彦奪還チームの編成が急務ッス。私さんはOGフォン二号機の作成を急ピッチで進めるので、姫子さんには人脈を使って生身の戦闘員を一人見つけて欲しいッス」

「うむ! キヨを呼んでくるぞ!」

「駄目! それは駄目ッス! 人選ミスッス! 彼女天使ッスからね! しかも三躯の!」

「なんと……! 万策尽きたか……!」

「一策で尽きてるッスよ。とりま悪魔サイドの人で戦闘経験がある人! 頼むッスよ!」

 そういうと葉加瀬は元応接室のラボに入り、モニタ十数個とにらめっこを始めてしまった。

 邪魔しては悪いと姫子はラボを後にして、一人居間で座り考える。

 その間、約七秒ほど、少女真理に辿り着く。

「ワシ! そんなに人脈ない!」

 そう、それは余りにも悲しい真理だった。

 しかし考えれば当然である。

 彼女は悪道総司。

 悪の組織のボスの孫娘であるが、特に組織に関係があったわけではない。

 個人的な、悪道総司を尋ねてくる客人ぐらいにしか面識がないのである。

 故に考え込んでしまう。

「(もしかして、詰んでおるのでは?)」

 悲壮に暮れた姫子は悪道総司の親族集合写真に泣きつく。

「おじじ様! ワシは! 尾方のためになにも出来ないのでございましょうか! ワシは!」

 涙目で写真を眺める姫子、すると。

「あ!」

 なにか思い出したのか姫子は涙を拭い写真を凝視する。

「これじゃ! この方がおった!」

 姫子は飛び上がると家に設置してある電話に走り、手帳のメモを取り出して番号を入力する。

「あ、もしもし! 大叔父様かの!!」
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