『修行回は外せないよね』
文字数 3,057文字
①
「ここじゃ尾方! 使ってよいぞ!」
姫子に促されるままに屋敷の裏手に回った尾方が目にしたのは、立派な道場だった。
毎日修行を庭先で行っていた尾方は大層驚いた。
「なにこれ...? このお屋敷、道場なんかも付いてたの...?」
遅れてきた替々も道場を眺めて言う。
「ああ、この道場使えたんだネ。随分使ってなかったはずだからもう使えないのかとてっきり」
すると姫子が振り返りふんすっと胸を張る。
「使えるようにしたのじゃ。最近ワシは時間が空けばこの道場の掃除をしておった。それが昨日終わったのじゃ」
その言葉に尾方は更に驚く。
「ヒメ一人でこのでっかい道場を片付けたのかい!? そりゃあ、なんだ、その。ありがとうございます?」
姫子はうむうむと頷きながら言う。
「疑問符は不要じゃ尾方。正直荒れ放題であったが、なんとか使えるまでに仕上げたぞ。さぁ入れ入れ」
姫子を先頭に尾方と替々はその後に続く。
道場の中は、恐らく物置として使われていたであろう痕跡が多少見られたが、運動するスペースはしっかり確保されており、その周りはかなり綺麗に掃除されていた。
尾方と替々は素直に驚いた様子で見渡す。
「すごいねヒメ、これ一人でやったのかい? 偉いなぁ」
「そだね。この道場、使われなくなって久しいと記憶していたが大したモノだ」
二人は順繰りに姫子の頭を撫ぜる。姫子はご機嫌である。
「こらこら、そう褒めるでない! ワシはボスとして当然のことをしたまでだ」
それはボスらしさではなく下っ端根性であり、褒め方が限りなく子供へのそれであることを気づかない姫子は二人に撫ぜられる。
ニヤニヤ顔を抑えられてない姫子をひとしきり撫ぜた二人は、スペースの真ん中に歩く。
姫子も後に続く。
配置に着くと替々が口を開く。
「さて、では修行内容について説明しようか」
尾方が頷き、姫子がハイ!っと手を上げる
「まずは尾方、昨日までの動きから見るにまだ左手に未練がある動きをしている。その動きだと【アレ】をしないと戦闘は厳しいだろう。君が隠し通したいなら新しいスタイルを確立するべきだ」
尾方が渋い顔をし、姫子が耳聡く質問する。
「【アレ】とはなんじゃ尾方?」
「あー...、七転八倒『トライアンドエラー』のことだよヒメ」
「ふむ、そうか」
上手く丸め込まれる姫子に替々は苦笑いである。
すると尾方が替々に言う。
「新しいスタイルって言われても、師匠膝を悪くして本気で動けないじゃない。どう修行するんです?」
替々は姫子の肩を持って正面に持ってきて言う。
「そこで姫子ちゃんだ。私と姫子ちゃん、二人で同時に尾方を攻撃する。尾方は片手でそれをいなす方法を模索しなさい」
ポンッと頭に手を置かれた姫子は腕を組んで自慢げにしていたがやがて疑問符が飛んだ。
「ワシが尾方を!? いいのですか大叔父様!?」
「モチロン、全て尾方のためですので」
替々がニヤリと笑い、道場の隅に落ちていた姫子の身長ほどの木の丸棒を姫子に渡す。
その様子を不満そうに尾方は見ている。
「師匠? その修行効果あるんですか? ヒメまで巻き込んで...結構余裕ないんすよウチ」
「無論効果的だとも愛弟子殿。元々真っ直ぐ行って殴るしか戦法を知らなかった男に柔術の概念を付与した私の手腕を疑う無かれ」
「師匠...あんまり昔の話は...」
ブォン!
尾方が替々に苦言を呈しようとしたその時、なにか長いものが空を切る様な音が道場に響いた。
尾方がそちらの方を見ると、ゴスロリ服に身を包んだ少女が、まるで自分の手足のように木の丸棒を振り回していた。
尾方は口をあんぐり開けて呆気に取られる。
少女からすれば決して軽くは無いであろう身長代の丸棒は、まるで姫子の手に吸い付いたように離れず、空を切る。
ひとしきり木の丸棒を振り回した姫子は、ピタッと棒を止めて一呼吸した。
「ふぅ、久々ゆえ心配であったが、問題なさそうだの」
尾方が恐る恐る尋ねる。
「あの、ヒメ? 姫子さん? 今のは?」
姫子は最初は「はて?」っと言う顔をしていたが、嗚呼っと手元を見て言う。
「ワシはおじじ様に薙刀を習っておってのう。こう見えてもスジが良いと褒められておったのだ」
えっへんとゴスロリ服と丸棒を携えたアンバランスガールは胸を張る。
冷や汗をかく尾方の後ろに替々が立つ。
「ね? 楽しくなってきただろう?」
②
「すまん尾方! 大丈夫か!」
姫子の薙刀及び棒術は相当なものだった。
矮小な体から繰り出される長大な棒の軌跡は自由自在に変わり、尾方の体を四方八方から叩く。
また、そちらに気を盗られると、替々が杖で隙を的確に小突いて来た。
結果尾方は、小突かれ叩かれ、道場の床の味を噛み締めていた。
「いいんだよ姫子ちゃん。全て尾方の為だ。手を抜く事こそ尾方の為にならないことだヨ」
「う、うむ! それもそうだの!」
しかも替々が、姫子が手心を加えないように良い塩梅に言い包めているため、手加減も期待できなかった。
床に伏せながら尾方は考える。
「(両手でも簡単に防げる猛攻じゃない! とてもじゃないが片手では後手後手になるし...だったら!)」
尾方はバンッ!と床を叩いてその場で飛び上がると右手側に半身で構える。
「なるほど、いい考えかもネ。それなら叩かれる範囲は狭く、左手が攻撃に近い。だが...それでも同時二方向は防げまいよ」
再び姫子の猛攻が尾方を襲う。
変幻自在の切っ先はフェイントを織り交ぜて尾方の体を狙う。
そしてその切っ先の一つを左手で防いだ瞬間、替々に杖で脇を小突かれた。
「い!?」
ゴン!
神経が脇に取られた尾方の体を、姫子の丸棒が鈍い音で叩いた。
衝撃で尾方の体がグラっと揺れる。
「すまん! 尾方大丈夫か!」
姫子が心配するが、尾方は目をぱちくりしていた。
「(ん? いまの感触は? どこを叩かれた? 肘...?)」
尾方はその場でジッと考える。
そして何を考えたか再度左半身に構えなおすと、肘を前に突き出して腰を落とす。
「尾方...?」
姫子が疑問に思うなか。
替々はほうっと関心したような顔をする。
「姫子ちゃん、大丈夫だよ。やってみなさい」
替々に促され、うむ!っと姫子が棒を繰り出す。
すると、
ゴン!
鈍い音がして、棒が弾かれた。
感触の違いに姫子が戸惑う。
尾方は、棒を肘で弾いていた。
「真正面からではなく上下左右から肘をぶつけて逸らす。なるほど、では...」
再度姫子が猛攻を始めると、替々がそれに続く。
尾方が下から突き上げる棒を肘で弾いたのを確認した替々は、頭目掛けて杖を振り下ろした。
すると、
パシ!
尾方は肘を振り下ろした際に上がった手で杖を受け止める。
その後、再度来た棒を肘で弾き返した。
「なるほど」
替々が納得する。
「構えた肘より下は肘で弾き、上は手で受け流す。逆も然りと言う訳か」
尾方は弾いた肘を痛そうにふぅふぅ息を吹きかけながら言う。
「苦肉の策っすけどね。悪くないんじゃないんですかね?」
替々は軽く拍手する。
「OK。それでこそ尾方巻彦だ」
姫子もブンッと丸棒を手元に戻し言う。
「流石は尾方じゃ! それなら同時多方向に対応出来るの!」
尾方が少し微笑んでいると。
「あとは慣れじゃな尾方。ギアを一つ上げていくぞ」
ブゥン!っと先ほどより数段はやい切っ先が空を切る。
「へ?」
替々は察して道場の隅に逃げていた。
「じゃあ、あとは頑張ってね愛弟子殿! 応援してるからネ!」
後に尾方は語る。
ウチの少女ボス。天使なんじゃね?
「ここじゃ尾方! 使ってよいぞ!」
姫子に促されるままに屋敷の裏手に回った尾方が目にしたのは、立派な道場だった。
毎日修行を庭先で行っていた尾方は大層驚いた。
「なにこれ...? このお屋敷、道場なんかも付いてたの...?」
遅れてきた替々も道場を眺めて言う。
「ああ、この道場使えたんだネ。随分使ってなかったはずだからもう使えないのかとてっきり」
すると姫子が振り返りふんすっと胸を張る。
「使えるようにしたのじゃ。最近ワシは時間が空けばこの道場の掃除をしておった。それが昨日終わったのじゃ」
その言葉に尾方は更に驚く。
「ヒメ一人でこのでっかい道場を片付けたのかい!? そりゃあ、なんだ、その。ありがとうございます?」
姫子はうむうむと頷きながら言う。
「疑問符は不要じゃ尾方。正直荒れ放題であったが、なんとか使えるまでに仕上げたぞ。さぁ入れ入れ」
姫子を先頭に尾方と替々はその後に続く。
道場の中は、恐らく物置として使われていたであろう痕跡が多少見られたが、運動するスペースはしっかり確保されており、その周りはかなり綺麗に掃除されていた。
尾方と替々は素直に驚いた様子で見渡す。
「すごいねヒメ、これ一人でやったのかい? 偉いなぁ」
「そだね。この道場、使われなくなって久しいと記憶していたが大したモノだ」
二人は順繰りに姫子の頭を撫ぜる。姫子はご機嫌である。
「こらこら、そう褒めるでない! ワシはボスとして当然のことをしたまでだ」
それはボスらしさではなく下っ端根性であり、褒め方が限りなく子供へのそれであることを気づかない姫子は二人に撫ぜられる。
ニヤニヤ顔を抑えられてない姫子をひとしきり撫ぜた二人は、スペースの真ん中に歩く。
姫子も後に続く。
配置に着くと替々が口を開く。
「さて、では修行内容について説明しようか」
尾方が頷き、姫子がハイ!っと手を上げる
「まずは尾方、昨日までの動きから見るにまだ左手に未練がある動きをしている。その動きだと【アレ】をしないと戦闘は厳しいだろう。君が隠し通したいなら新しいスタイルを確立するべきだ」
尾方が渋い顔をし、姫子が耳聡く質問する。
「【アレ】とはなんじゃ尾方?」
「あー...、七転八倒『トライアンドエラー』のことだよヒメ」
「ふむ、そうか」
上手く丸め込まれる姫子に替々は苦笑いである。
すると尾方が替々に言う。
「新しいスタイルって言われても、師匠膝を悪くして本気で動けないじゃない。どう修行するんです?」
替々は姫子の肩を持って正面に持ってきて言う。
「そこで姫子ちゃんだ。私と姫子ちゃん、二人で同時に尾方を攻撃する。尾方は片手でそれをいなす方法を模索しなさい」
ポンッと頭に手を置かれた姫子は腕を組んで自慢げにしていたがやがて疑問符が飛んだ。
「ワシが尾方を!? いいのですか大叔父様!?」
「モチロン、全て尾方のためですので」
替々がニヤリと笑い、道場の隅に落ちていた姫子の身長ほどの木の丸棒を姫子に渡す。
その様子を不満そうに尾方は見ている。
「師匠? その修行効果あるんですか? ヒメまで巻き込んで...結構余裕ないんすよウチ」
「無論効果的だとも愛弟子殿。元々真っ直ぐ行って殴るしか戦法を知らなかった男に柔術の概念を付与した私の手腕を疑う無かれ」
「師匠...あんまり昔の話は...」
ブォン!
尾方が替々に苦言を呈しようとしたその時、なにか長いものが空を切る様な音が道場に響いた。
尾方がそちらの方を見ると、ゴスロリ服に身を包んだ少女が、まるで自分の手足のように木の丸棒を振り回していた。
尾方は口をあんぐり開けて呆気に取られる。
少女からすれば決して軽くは無いであろう身長代の丸棒は、まるで姫子の手に吸い付いたように離れず、空を切る。
ひとしきり木の丸棒を振り回した姫子は、ピタッと棒を止めて一呼吸した。
「ふぅ、久々ゆえ心配であったが、問題なさそうだの」
尾方が恐る恐る尋ねる。
「あの、ヒメ? 姫子さん? 今のは?」
姫子は最初は「はて?」っと言う顔をしていたが、嗚呼っと手元を見て言う。
「ワシはおじじ様に薙刀を習っておってのう。こう見えてもスジが良いと褒められておったのだ」
えっへんとゴスロリ服と丸棒を携えたアンバランスガールは胸を張る。
冷や汗をかく尾方の後ろに替々が立つ。
「ね? 楽しくなってきただろう?」
②
「すまん尾方! 大丈夫か!」
姫子の薙刀及び棒術は相当なものだった。
矮小な体から繰り出される長大な棒の軌跡は自由自在に変わり、尾方の体を四方八方から叩く。
また、そちらに気を盗られると、替々が杖で隙を的確に小突いて来た。
結果尾方は、小突かれ叩かれ、道場の床の味を噛み締めていた。
「いいんだよ姫子ちゃん。全て尾方の為だ。手を抜く事こそ尾方の為にならないことだヨ」
「う、うむ! それもそうだの!」
しかも替々が、姫子が手心を加えないように良い塩梅に言い包めているため、手加減も期待できなかった。
床に伏せながら尾方は考える。
「(両手でも簡単に防げる猛攻じゃない! とてもじゃないが片手では後手後手になるし...だったら!)」
尾方はバンッ!と床を叩いてその場で飛び上がると右手側に半身で構える。
「なるほど、いい考えかもネ。それなら叩かれる範囲は狭く、左手が攻撃に近い。だが...それでも同時二方向は防げまいよ」
再び姫子の猛攻が尾方を襲う。
変幻自在の切っ先はフェイントを織り交ぜて尾方の体を狙う。
そしてその切っ先の一つを左手で防いだ瞬間、替々に杖で脇を小突かれた。
「い!?」
ゴン!
神経が脇に取られた尾方の体を、姫子の丸棒が鈍い音で叩いた。
衝撃で尾方の体がグラっと揺れる。
「すまん! 尾方大丈夫か!」
姫子が心配するが、尾方は目をぱちくりしていた。
「(ん? いまの感触は? どこを叩かれた? 肘...?)」
尾方はその場でジッと考える。
そして何を考えたか再度左半身に構えなおすと、肘を前に突き出して腰を落とす。
「尾方...?」
姫子が疑問に思うなか。
替々はほうっと関心したような顔をする。
「姫子ちゃん、大丈夫だよ。やってみなさい」
替々に促され、うむ!っと姫子が棒を繰り出す。
すると、
ゴン!
鈍い音がして、棒が弾かれた。
感触の違いに姫子が戸惑う。
尾方は、棒を肘で弾いていた。
「真正面からではなく上下左右から肘をぶつけて逸らす。なるほど、では...」
再度姫子が猛攻を始めると、替々がそれに続く。
尾方が下から突き上げる棒を肘で弾いたのを確認した替々は、頭目掛けて杖を振り下ろした。
すると、
パシ!
尾方は肘を振り下ろした際に上がった手で杖を受け止める。
その後、再度来た棒を肘で弾き返した。
「なるほど」
替々が納得する。
「構えた肘より下は肘で弾き、上は手で受け流す。逆も然りと言う訳か」
尾方は弾いた肘を痛そうにふぅふぅ息を吹きかけながら言う。
「苦肉の策っすけどね。悪くないんじゃないんですかね?」
替々は軽く拍手する。
「OK。それでこそ尾方巻彦だ」
姫子もブンッと丸棒を手元に戻し言う。
「流石は尾方じゃ! それなら同時多方向に対応出来るの!」
尾方が少し微笑んでいると。
「あとは慣れじゃな尾方。ギアを一つ上げていくぞ」
ブゥン!っと先ほどより数段はやい切っ先が空を切る。
「へ?」
替々は察して道場の隅に逃げていた。
「じゃあ、あとは頑張ってね愛弟子殿! 応援してるからネ!」
後に尾方は語る。
ウチの少女ボス。天使なんじゃね?