『車内トラブル』
文字数 3,175文字
①
「はいはい皆さんこんばんわ。絶賛爆睡中の私さんこと葉加瀬でございますッス。生き急いでる……いや、死に急いでるのか。まぁそのおっさんが深夜にもかかわらずシャングリラに入ろうとしてるってんで急遽開催するッス」
「出張版!葉加瀬のなぜなにシャングリラのコーナー!」ドンドンパフパフ
「今回はそう、ずばり、シャングリラってどんなところ? どうやって行くの? ってお話しッス」
「この世界では日常に溶け込んでおり、日夜の報道から、ついすぐそこ、隣にあるような感覚に囚われるシャングリラッスけどその実、私さんたちが住む世界とは【違う場所】にあるッス」
「これは遠いとか、近いとかそういう距離的な話をしてるわけではないッス。空間的な意味でこことは【ズレた】場所に存在する神様のおわす土地。それがシャングリラッス」
「広さは、ほとんど私さん達人間が住む上元町と同じ大きさになっているッス。地形・特色は場所によって様々で、中には神の力の一端が味わえるなんでもあり空間なんかもあるッス」
「次に天使と悪魔の勢力図ッスが、これは日夜変化してるッス。でも基本的には南側に行くほど天使が、北側に行くほど悪魔が強い勢力を持ってるッス」
「ちなみに勢力図の真ん中、この勢力の境目をシャングリラ戦線と呼んでるッス。最近は後退と前進を繰り返してジワジワと悪魔側が圧されてるって言うのは昼も話したとおりッス」
「次に行き方ッス。シャングリラには上元町の中央にある駅。上元駅から電車で行くことが出来るッス。無論、シャングリラへ行く列車に乗れるのは天使と悪魔だけッス」
「また天使と悪魔で乗る列車も違うッス。行き先が違うッスからね。これ間違えたら大事件なんで大変注意が必要ッス。各々の列車の行き先はそれぞれ神様のお膝元。最南端と最北端ッスからね」
「お膝元。つまり拠点に着いた悪魔は自分の所属する組織の基地に向かうのがほとんどッス」
「そのままシャングリラ戦線に殴りこみに行くバーサーカーや、組織に所属せずウロウロする根無し草も時々いるッスけどそれは例外ッス。ちな尾方のおっさんはこの後者ッス」
「天使は丸々で一組織なので、拠点に着いたら、自分の所属先の担当地区へ各々向かうッス」
「基本、悪魔のような単独行動や根無し草は存在しないと考えて間違いないッス。ただ大天使級の天使達は例外ッス。彼らはどこにいるかなにをしているかも不明なので」
「とまぁ大体、概要はこんな感じッス」
「なんか難しいし面倒だなって思う人は、【ある場所】は自分から見てゲームの世界。そこに行ける電車で出社してるって考えればいいッス」
「いいッスねぇーゲームの世界。行ける電車ないッスかねぇー」
「とまぁ夢の中で夢の話を語ったところで私さんのお話はおしまいッス」
「次は起きてる時にお会いしましょう。アデューノシ」
はい、説明ありがとう。
たった今、解説があった様にシャングリラには駅を介して電車で行くこととなる。
もちろんこのやつれた中年にも例外はなく。
駅のホームで電車が来るのを新聞を読みながら待っていた。
「ふーん、悪魔劣勢ねぇ。確かにどこの新聞読んでも載ってないなぁ。確かな情報だとしたら新聞だけじゃ時代遅れ呼ばわりされるわけだなぁ……」
ふぅっと新聞をしまった尾方は着いた電車に乗り込む。
天使の電車と違い、悪魔の電車は空気が悪い。
なんたって皆が皆味方ではないのだ。
同じ陣営に属した他の組織の人間は敵対していないだけで味方ではない。
当然この電車内も非戦当地区となっており悪魔達は暗黙のルールとしてここで知り合いを発見しても名前等の個人情報を出さない。悪魔の情報は各組織にとっても貴重かつ有用な交渉材料になる。
安易にこの場でそれが露呈することを各組織が良く思っていないのは言うまでもない。
故に、この悪魔の車両には常に緊張感のようなものが付きまとうのだ。
「(はぁ、今日も今日とて一人も欠かさずピリピリしてるなぁ……)」
尾方はこの空気が昔から苦手だった。故に新聞等で顔を覆い、終点までやり過ごすのがいつもの尾方の回避方である。
今日もその方法でやり過ごそうと新聞に手を伸ばしたその時、
「よぉ、偶然ってのはあるもんだなぁ?」
正面に座る男に声をかけられた。
反射的にその男の顔を見た尾方は絶句する。
包帯でグルグル巻きになっていて判断し辛いが、そこにいたのは、つい先日尾方巻彦と死闘を繰り広げた快血の天使。
血渋木昇で間違いなかった。
「……やめて? 本当やめて? これ以上おじさんに面倒を巡り合わせないで?」
頭を抱えて周りの様子を伺う尾方。
それもそうだ。
彼は風貌、性格は置いておいてれっきとした天使である。
周りに知れれば非戦当地区とはいえ大事件である。
直前まで話していた自分も無関係とはいかなくなるだろう。
幸いこの車両は空いており。
周りにはあまり悪魔はいなかった。
だが最悪の事態を避けるべく、小さな声で尾方は抗議する。
「君なにやってるか分かってんの? 乗り間違えたって言うならおじさんが何とかするから大人しくしてて?」
「なぁーに言ってんだよ? 乗り間違いなわけねぇだろ? 俺は、自分の意思でここにいて。悪魔の本拠地に突っ込んでんの」
「なんだってそんなことするの? 若さか! いいね! でも限度があると思うのおじさん!」
「俺だって出来ることならこんなこたぁやりたくねぇよ。でも仕方がねぇだろ。天罰なんだからよぉ」
最初に出遭った時と違いどこかけだるげな印象の血渋木。OFFはこうなのだろうか。
「天罰? もしかしておじさんとの一件?」
「そうだよ。流石に今回はお上さんも見逃せなかったんだろうよ」
はぁ、っと心底面倒くさそうに頭を掻く血渋木。
天罰とは、神から天使に命じられる罰則のペナルティである。
決められたルールを破った天使は神より直々に一つ課題をだされ。
その完遂を持って任に戻るのである。
「えぇ、善の神様って厳しいんだねぇ。悪魔の列車に乗るような天罰でしょう?」
「まぁ、今月四回目だし。流石に堪忍袋の緒が切れたのもな」
「君が悪かったかー。優しいんだね善の神様」
「いや、お前が悪い。手ぇ貸せ」
「冗談でしょ? 髪の毛一本も貸さないよおじさん」
「見返りがある」
「へぇ、一応言ってみて?」
「この電車内で俺と殺り合わなくてよくなる」
「……それ君にメリットある?」
「お前と心中出来るならありあり有るな」
頭を掻いて少し考える尾方。やがて観念したように溜息を吐く。
「ハァ……なにすればいいの?」
「俺の天罰は悪の拠点からシャングリラ戦線までの徒歩横断。その間に遭遇した天使を何とかしろ」
「……なんで天使? 悪魔でしょ普通?」
「いいだろ別に、色々あんだよ」
ふむ、っと一考する尾方だったがすぐに顔をあげて
「まぁそれならいいよ、受けよう。どうせ天使に出遭ったら戦闘は避けられないし。ここで暴れて欲しくないしね」
「なんだよすんなりだな。暴れ概のねぇ野郎だぜ」
「それに個人的に君には興味があるしね。どうせなら話しながら行こうよ。随分【ウチ】に、詳しそうじゃない?」
尾方の声色が少し低くなる。
「ハッ、そっちのが似合ってるぞ狸じじい。無理に飄々とする意味がわからんね俺は」
「どっちも素だよおじさんはね。君だってオンとオフで随分感じ違うじゃない?」
「楽しいことやってるときは誰だって元気なもんだろうが。天罰なんか受けてなかったら俺だって元気だっての」
「へぇ、意外。世間体とか気にするんだねぇ」
「馬鹿、世間なんざどうだっていい。神様に怒られるのが癪なんだ俺は」
「……信仰深いんだねぇ」
「お前よりはな。行くぞ」
ここで電車は終点に着き、二人はドアからホームへ降りる。
「そうでもないと思うよ」
小さな声で呟いた尾方の声は、ホームの喧騒に呑まれて消えた。
「はいはい皆さんこんばんわ。絶賛爆睡中の私さんこと葉加瀬でございますッス。生き急いでる……いや、死に急いでるのか。まぁそのおっさんが深夜にもかかわらずシャングリラに入ろうとしてるってんで急遽開催するッス」
「出張版!葉加瀬のなぜなにシャングリラのコーナー!」ドンドンパフパフ
「今回はそう、ずばり、シャングリラってどんなところ? どうやって行くの? ってお話しッス」
「この世界では日常に溶け込んでおり、日夜の報道から、ついすぐそこ、隣にあるような感覚に囚われるシャングリラッスけどその実、私さんたちが住む世界とは【違う場所】にあるッス」
「これは遠いとか、近いとかそういう距離的な話をしてるわけではないッス。空間的な意味でこことは【ズレた】場所に存在する神様のおわす土地。それがシャングリラッス」
「広さは、ほとんど私さん達人間が住む上元町と同じ大きさになっているッス。地形・特色は場所によって様々で、中には神の力の一端が味わえるなんでもあり空間なんかもあるッス」
「次に天使と悪魔の勢力図ッスが、これは日夜変化してるッス。でも基本的には南側に行くほど天使が、北側に行くほど悪魔が強い勢力を持ってるッス」
「ちなみに勢力図の真ん中、この勢力の境目をシャングリラ戦線と呼んでるッス。最近は後退と前進を繰り返してジワジワと悪魔側が圧されてるって言うのは昼も話したとおりッス」
「次に行き方ッス。シャングリラには上元町の中央にある駅。上元駅から電車で行くことが出来るッス。無論、シャングリラへ行く列車に乗れるのは天使と悪魔だけッス」
「また天使と悪魔で乗る列車も違うッス。行き先が違うッスからね。これ間違えたら大事件なんで大変注意が必要ッス。各々の列車の行き先はそれぞれ神様のお膝元。最南端と最北端ッスからね」
「お膝元。つまり拠点に着いた悪魔は自分の所属する組織の基地に向かうのがほとんどッス」
「そのままシャングリラ戦線に殴りこみに行くバーサーカーや、組織に所属せずウロウロする根無し草も時々いるッスけどそれは例外ッス。ちな尾方のおっさんはこの後者ッス」
「天使は丸々で一組織なので、拠点に着いたら、自分の所属先の担当地区へ各々向かうッス」
「基本、悪魔のような単独行動や根無し草は存在しないと考えて間違いないッス。ただ大天使級の天使達は例外ッス。彼らはどこにいるかなにをしているかも不明なので」
「とまぁ大体、概要はこんな感じッス」
「なんか難しいし面倒だなって思う人は、【ある場所】は自分から見てゲームの世界。そこに行ける電車で出社してるって考えればいいッス」
「いいッスねぇーゲームの世界。行ける電車ないッスかねぇー」
「とまぁ夢の中で夢の話を語ったところで私さんのお話はおしまいッス」
「次は起きてる時にお会いしましょう。アデューノシ」
はい、説明ありがとう。
たった今、解説があった様にシャングリラには駅を介して電車で行くこととなる。
もちろんこのやつれた中年にも例外はなく。
駅のホームで電車が来るのを新聞を読みながら待っていた。
「ふーん、悪魔劣勢ねぇ。確かにどこの新聞読んでも載ってないなぁ。確かな情報だとしたら新聞だけじゃ時代遅れ呼ばわりされるわけだなぁ……」
ふぅっと新聞をしまった尾方は着いた電車に乗り込む。
天使の電車と違い、悪魔の電車は空気が悪い。
なんたって皆が皆味方ではないのだ。
同じ陣営に属した他の組織の人間は敵対していないだけで味方ではない。
当然この電車内も非戦当地区となっており悪魔達は暗黙のルールとしてここで知り合いを発見しても名前等の個人情報を出さない。悪魔の情報は各組織にとっても貴重かつ有用な交渉材料になる。
安易にこの場でそれが露呈することを各組織が良く思っていないのは言うまでもない。
故に、この悪魔の車両には常に緊張感のようなものが付きまとうのだ。
「(はぁ、今日も今日とて一人も欠かさずピリピリしてるなぁ……)」
尾方はこの空気が昔から苦手だった。故に新聞等で顔を覆い、終点までやり過ごすのがいつもの尾方の回避方である。
今日もその方法でやり過ごそうと新聞に手を伸ばしたその時、
「よぉ、偶然ってのはあるもんだなぁ?」
正面に座る男に声をかけられた。
反射的にその男の顔を見た尾方は絶句する。
包帯でグルグル巻きになっていて判断し辛いが、そこにいたのは、つい先日尾方巻彦と死闘を繰り広げた快血の天使。
血渋木昇で間違いなかった。
「……やめて? 本当やめて? これ以上おじさんに面倒を巡り合わせないで?」
頭を抱えて周りの様子を伺う尾方。
それもそうだ。
彼は風貌、性格は置いておいてれっきとした天使である。
周りに知れれば非戦当地区とはいえ大事件である。
直前まで話していた自分も無関係とはいかなくなるだろう。
幸いこの車両は空いており。
周りにはあまり悪魔はいなかった。
だが最悪の事態を避けるべく、小さな声で尾方は抗議する。
「君なにやってるか分かってんの? 乗り間違えたって言うならおじさんが何とかするから大人しくしてて?」
「なぁーに言ってんだよ? 乗り間違いなわけねぇだろ? 俺は、自分の意思でここにいて。悪魔の本拠地に突っ込んでんの」
「なんだってそんなことするの? 若さか! いいね! でも限度があると思うのおじさん!」
「俺だって出来ることならこんなこたぁやりたくねぇよ。でも仕方がねぇだろ。天罰なんだからよぉ」
最初に出遭った時と違いどこかけだるげな印象の血渋木。OFFはこうなのだろうか。
「天罰? もしかしておじさんとの一件?」
「そうだよ。流石に今回はお上さんも見逃せなかったんだろうよ」
はぁ、っと心底面倒くさそうに頭を掻く血渋木。
天罰とは、神から天使に命じられる罰則のペナルティである。
決められたルールを破った天使は神より直々に一つ課題をだされ。
その完遂を持って任に戻るのである。
「えぇ、善の神様って厳しいんだねぇ。悪魔の列車に乗るような天罰でしょう?」
「まぁ、今月四回目だし。流石に堪忍袋の緒が切れたのもな」
「君が悪かったかー。優しいんだね善の神様」
「いや、お前が悪い。手ぇ貸せ」
「冗談でしょ? 髪の毛一本も貸さないよおじさん」
「見返りがある」
「へぇ、一応言ってみて?」
「この電車内で俺と殺り合わなくてよくなる」
「……それ君にメリットある?」
「お前と心中出来るならありあり有るな」
頭を掻いて少し考える尾方。やがて観念したように溜息を吐く。
「ハァ……なにすればいいの?」
「俺の天罰は悪の拠点からシャングリラ戦線までの徒歩横断。その間に遭遇した天使を何とかしろ」
「……なんで天使? 悪魔でしょ普通?」
「いいだろ別に、色々あんだよ」
ふむ、っと一考する尾方だったがすぐに顔をあげて
「まぁそれならいいよ、受けよう。どうせ天使に出遭ったら戦闘は避けられないし。ここで暴れて欲しくないしね」
「なんだよすんなりだな。暴れ概のねぇ野郎だぜ」
「それに個人的に君には興味があるしね。どうせなら話しながら行こうよ。随分【ウチ】に、詳しそうじゃない?」
尾方の声色が少し低くなる。
「ハッ、そっちのが似合ってるぞ狸じじい。無理に飄々とする意味がわからんね俺は」
「どっちも素だよおじさんはね。君だってオンとオフで随分感じ違うじゃない?」
「楽しいことやってるときは誰だって元気なもんだろうが。天罰なんか受けてなかったら俺だって元気だっての」
「へぇ、意外。世間体とか気にするんだねぇ」
「馬鹿、世間なんざどうだっていい。神様に怒られるのが癪なんだ俺は」
「……信仰深いんだねぇ」
「お前よりはな。行くぞ」
ここで電車は終点に着き、二人はドアからホームへ降りる。
「そうでもないと思うよ」
小さな声で呟いた尾方の声は、ホームの喧騒に呑まれて消えた。