『戒位第三躯』

文字数 2,014文字

 ①
 ―――戒位三躯。

 それは先ほど葉加瀬が説明した上級天使の中でも、一桁の戒位を持ち、大天使と呼ばれる大幹部級の称号をもつ天使側の最大戦力である。

 神の側近にあたる彼らは、ほとんど表舞台に顔を出さず、そして出遭った悪魔も万に一つも生還叶わぬことから。悪魔の間ではもはや伝説的な存在として語られていた。

 その伝説の……()()である。


 ビリっとした威圧感が部屋中を覆う。まるで銃口を突きつけられたかのような緊張感。皆が息を呑み、時間が止まったかのような空気が流れる。

 そのなか

「やっぱりね? 神様みたいなものだったじゃん? ねぇ?」

 この男、尾方巻彦は平常運転だった。この中で平常運転では普通に事故である。

「尾方さん……気づいてたんですか?」

 その目はもう若女将ではない。見定める目。断罪者の目をしていた。

「いんやぁ、毎日言ってたのは持ちネタ。でも、斬られた瞬間からは大体察してたよ」

 にへらっと尾方は笑う。

「非戦闘地区での執行権持ちでしょう? 少なくとも上級天使以上だし。あとおじさんこの業界長いからね。そんな目立つ正装なのに、聞いた事もない。だったらおのずと正体は限られる。大型新人か大天使。心の中で大型新人に賭けてたんだけど……やっぱりおじさんギャンブル向いてないわぁ」

 その考察に姫子は、

「流石は尾……」

「流石は尾方さん。そんな貴方にだからこそ。お願いしたいことがあります」

 いつものを言おうとしたが遮って横から清が入ってくる

「その観察力、また権能。この機会を逃せば二度と私の願いを叶えられる人は現れないでしょう!」

 勢い良く前のめりになる清の勢いに腰が引ける尾方。いやな予感がする。っと顔に書いてある。

 その勢いのまま、清は自らの願いを口にする

「私に……!」

「私に! 殺されていただけないでしょうか!!」


「……いやもう殺されてますけど?」

 尾方が思わずツッコミを入れる。確かに、つい昨日尾方がこの若女将にクビチョンパされているのは周知の事実である。

「すみませんつい熱くなってしまい……言葉足らずでした」

 恥ずかしそうに座りを直す若女将にはもう、断罪者の気配はない。

「舌足らずじゃなくて?」

「……尾方さん?」

 断罪者復活。尾方巻彦は空気を読めない。

「……はぁ、尾方さんのためにも、私のためにも。改めて()としての私についてご説明させていただく必要がありそうですね」

 咳払いをして清は姿勢を正す。

「改めまして、私の名前は正端 清。二十六歳。平時の折は実家の旅館で若女将をやっております。相談というのは他でもありません。私の、とある()()()()()についてです」

 その言葉にハカセ技術顧問が疑問を示す。

「アレルギーっすか? この中年のおっさんに協力をお願いする理由が? なんとも先の見えない話っすね」

「すみません。私もなんと話したら良いか。しかし率直に申し上げるしかございませんね。私は、()()()()()()なのです。ルールに反した行動を認識してしまった際、無意識に正装に手が伸び、対象を斬殺してしまうのです」

 清の目は真剣そのものである。

「興味深い話ッスけど、何か問題があるんスか? 執行権がある清さんが許せずに対象に処罰を下しているのなら、そこに問題があるようには思われないッスけど?」

 もっともな疑問である。

「いえ、確かに権限上、立場上の問題はありません。今までも特に咎められる事もなかったですし」

 清はそこから一呼吸置いて、願いを口にする。

「ですが、ですが! 私は、私の考えで執行の判断を下したい。私は私の正義を執行したいのです! 無意識のうちに行われる執行を、私は善しと思えません。ですから……ですから!」

 真摯な顔で清は尾方に視線を向ける。

「私が私の正しい正義を執行出来るように! 尾方さんの力(権能)を借りたいのです! どうか、ご検討して貰えないでしょうか?」

 しかし視線の先の尾方の様子は尋常ではなかった。

「キヨちゃん、それ、本当に言ってるのかい?」

 声色も低い、その心境を察するに値する。清もこれには息を呑み。ハッキリと返事を返す。

「はい。私も冗談でこんなことを言うつもりはありません。真剣に、貴方にしか。貴方としか。出来ないことだと思ってお話しております」

 二人の間に緊張が走る。しかし、

「あ、いや、お願いの方はいいのよ。好きに斬って?」

 コロっと気の抜けたような声で願いを快諾する。

「はい?」

 これには清も気の抜けた返事をしてしまう。しかし、声色を落とした尾方が再度語りかける。

「ただ一つだけ? ―――年齢、これだけでいい。もう一回だけ教えて貰えないかな?」

 二人の間に再度緊張が走る。清は免許証を尾方に渡しながら答えた。

「……二十六です」

 尾方はそれを受け取りマジマジと眺める。

「あー……はいはい……なるほどなるほど……おじさんが三十五だからぁ……十引けないのぉ……?」

 尾方巻彦はその事実に耐えられず、意識を手放した。
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