『駅構内トラブル』

文字数 4,402文字

 ①

 ここはシャングリラ、悪の最北端。

 名を逢魔駅。

 悪の神の座る場所にしてシャングリラの悪の出発点。

 その様相は悪によく似合う荒れ模様である。

 広さは兎も角、この駅から喧騒と騒ぎが納まることはない。

 日夜、悪魔が最も多い場所である。

 そんな混沌がもっとも普通の光景なのだ。

 そんな場所に。そんな場所に舞い降りたるは。血濡れの敬虔な天使。

 彼は、ニヤリと嗤う。横にいた尾方が察する。

「(あ、仕事モードだ)」と。

「ねぇ血渋木君。一応確認なんだけど。今回の約束内容に悪魔と戦うってのは入ってないよね?」

「無論言ってねぇからな。だがよぉ、巻き込まれは自己責任な」

「あちゃー……」

 頭を抱える尾方。頭を振り上げる血渋木。

「俺様の名は血渋木 昇!! 戒位三百十二躯!!! 快血の天使だ!!!!」

 雷が落ちたかのような衝撃と音で叫ぶ血渋木。

「あー、戒位落ちたんですねー……」

 尾方は声の大きさに隣で目がチカチカしている。

 周りの悪魔達は一瞬呆気に取られていたが、直ぐに血渋木、あと尾方を取り囲む。一際大柄な悪魔が腕を鳴らしながら苛立ちを隠さず言う。

「おいテメェ。冗談でも許されねぇぞ。一応聞くが目的はなんだ?」

 血渋木はだらんっと脱力した肩で嗤って返す。

「【シャングリラ横断】だ。テメェらの血でずぶ濡れになって誇らしく神様のところに帰還すんのさぁ!」

 物怖じ一つせず天使は嗤う。ちなみに尾方は横でホールドアップしている。

「大した度胸だ天使様。そんな苦労しなくても俺が【お前ら二人】の首だけ持って神様に届けてやるよぉ!!」

 男が声を荒げたのを皮切りに周りの悪魔が一斉に襲い掛かってくる。

「あ! やっぱりおじさんも入ってるのね!?」

 尾方は泣き言を言いながら向かい来る悪魔を流れるように三人いなして囲みを一つ抜ける。

 後ろから既に返り血に塗れた血渋木がグンっと抜けてくる。

「おう! 二手に分かれんぞ! 外で待ち合わせな!」

「この状況で待ち合わせ!? 待つも待たせるも不可能でしょ!?」

「確かに男同士で駅前待ち合わせって見目良くねぇなぁ!」

「なに言ってんの!? もうやだこのネジ飛び天使!! おぶぇ!!?」

 尾方が巨大な鉄球に飛ばされたのを皮切りに二手に分かれる二人。

「いや、二手って言うか二世に分かれちゃってるからね? おじさん今ので普通に死んだからね?」

 壁に鉄球ごと叩きつけられた尾方は立ち上がりながらブツブツ文句を言っている。

「なんだこいつ? 死んでねぇのか?」

 鉄球をぶつけて来た悪魔が近づいてきながら言う。

「ちゃんと死んだよ。観察力無いって組織内で言われてない君?」

 やれやれと流れた血を拭いながら尾方は挑発する。

「なんだとテメェ! ぶっ殺して……」

 パァン!!

 悪魔が挑発に乗ってもう一歩踏み出した瞬間、乾いた破裂音のような音が響く。

「はい一対一。どうてーん」

 それは間合いに入った悪魔の顎を尾方が蹴り抜いた音だった。

「テメェ何者だ!?」

 周りの悪魔がざわつく。

「悪魔に名乗る名なんかないよ。それよりこっちばっかり見てていいの? 後ろの快血の天使さんに切り刻まれちゃうよ?」

 その言葉に一斉に悪魔は背後振り向く。そこには。誰もいなかった。ベタなブラフだったが、全員が全員既に尾方のペースに呑まれていた。

「誰もいねぇじゃねぇかてめ……!?」

 もう一度尾方の方を向いた頃には尾方はすっかり姿をくらましていた。

「この状況で一瞬で消えやがったぞ!」

「バカ!正装だ! 攻撃がくるぞ!」

「クソ! やってられるか!」

 悪魔達は尾方を捜す者とこの場から逃げようとする者でごったになりちりじりに散っていった。

 暫くしてその場に誰もいなくなった頃、

「はぁ、協調性なんて言葉も知らなそう……」

 転がった巨大鉄球の裏に寄りかかっていた尾方が溜息混じりに出てくる。

 パンパンッと膝の砂を払った尾方は、変装のつもりなのか鉄球悪魔がかけていたサングラスを奪って駅の出口へ歩く。

「逆に目立つよそれ」とは誰にも言われないのを良い事に尾方は口笛交じりにその場を去っていった。


 ②

「逆に目立つわよそれ」

 意気揚々と悪魔の巣窟を抜けた悪魔の尾方を待っていたのはまた悪魔だった。

「むせる」

「なにがよ。失礼しちゃうわもう」

 しかもオカマだった。

 端正な顔つきだがどこか化粧が濃い男オンナが、駅の出口へ向かう尾方の前に立ちはだかっていた。

「おにい……おねえさん? なにか御用かな? こう見えておじさん忙しくてさぁ」

「知ってるわよぉ。だから手伝ってあげちゃおうと思ってここで待ってたのん」

「……なんの手伝いかな?」

「モチロンここの脱出よぉ。ただし理由は教えない。これが条件になるかしらん」

「怪しいなんてもんじゃないねぇ。ここまで怪しいともう逆にほいほい着いて行きたくなっちゃうなぁ」

「あら、約束が必要ならここでするわよ。『私、搦手 収(からめて おさむ)は尾方巻彦に一切の手出しを行いません』ってね」

「名は体を表すって言うよね?」

「言葉より行動が大切とも言うわよね?」

「知らない人に着いて行くなってオヤジが行ってたし」

「やだわん、もうお互いに名前も知ってる中じゃない?」

「僕、おねえさん苦手かも……」

「あら、私はおにいさん気に入ったわ。特別に私のことはオサムちゃんって呼んでくれていいわよん」

「あー……」

 尾方の背中がゾワッとする。

 尾方にも苦手なものはもちろんある。

 そのひとつがこれ。手八丁、口八丁でどうにもならないタイプの人間である。

 こうなると尾方は素直である。慣れ親しんだ後は野となれ山となれモードに入ってしまう。

「じゃあ、よろしくお願いします……」

「んぅオッケー! 着いてきなっさーい!」

 意気揚々とスキップする搦手とトボトボ着いていく尾方。

 搦手はスイスイと人通りの少ない経路を既に知っていたかのように進んでいく。

 まるで初めから今日尾方を案内するために準備していたかのように。

 流石に疑問に思った尾方が道すがら口を挟む。

「流石に聞かなきゃだと思うから余計な詮索するんだけどさぁ。僕の事どこまで知ってるの?」

「あら、条約違反にならないように気をつけて質問を投げてるのね。好感持てるわぁん」

「話したくないってんなら別にいいんだけど一応ね」

「ふふ、慎重なのね。いいわ、教えてあげる。答えは貴方という悪魔以外全く知らないが正解」

「ふぅん、僕を僕だと知って手助けがしたいなんてますます気になるなぁ」

「お互いにメリットになることなのよ。心配しなくても近いうちに分かるわ」

 ふぅんっと尾方が口を閉じると、逆に搦手が口を開く。

「じゃあ次はこっちの番ね。貴方の目的はなんなの? なにがしたくて毎夜シャングリラを訪れているのかしら?」

「あら、そこまでは分かってないんだ。これは有用な手札なのかな?」

「いいえ、これは単に私の個人的な疑問だからそこまでではないわね」

「へぇ、じゃあこの道案内は個人的では無いなにかなわけなのかな?」

「どうかしら、誰だって自分の中にある目的の在り処を明確に分けることは出来ないものでしょう?」

「違いないねぇ」

 そうこう話しているうちに駅の出口が見えてきた。

「あらら、あそこもう出口じゃない? 本当におじさん襲わなくていいの?」

「モチのロンよ。手出ししないって約束したじゃない。私は義理堅い悪魔なのよん」

「そりゃどうも。助かったよオサムちゃん。また機会があったら会いましょ。……本当にいっちゃうよ?」

 不安そうに行く道を指差す尾方、それを見て搦手は笑う。

「大丈夫だってば。こんなところで【手の内】を明かしたりしないわよ」

 搦手は握った右手を左手で隠すようなジェスチャーをする。

「でもそうだわねぇ。一つだけいいかしら?」

「ん――」

「【どかん】」

 そう言いながら搦手が閉じていた右手を開く。

 その瞬間、凄まじい轟音と共に地面を削りながら現れた電信柱が尾方がいる場所を吹き飛ばした。

 そこは大量の降ってきた瓦礫と砂埃でなにも見えなくなる。

「これぐらいはいいわよね。私だって私的な目的があるし」

 砂埃を眺めながら搦手はパンパンと手を払う。

「生きてても死んでても会話出来るでしょう? どうだったかしら? 今の見えた?」

 ――――。

 ビュン!!

 すると砂埃の中より石礫が一線を描くように搦手目掛けて飛んで来た。

「あら?」

 スゥっと搦手はそのこぶし大の石を()()()に収める。

「意外だったわね。()()()なんて」

 砂埃が晴れてくるとそこには流血すらしていない尾方が立っていた。

「それが権能かい? よし、これで対等かな。名乗っていいよ?」

 ヒラっと左手の手のひら搦手に見せて尾方は挑発する。

「正直驚いたわ。噂以上なのね貴方?」

 挑発は意にも介さず賞賛の言葉を送る搦手。

「やだな、どんな噂? おじさんそういうので簡単にナイーブになっちゃうんだよねぇ」

 それを見ると臨戦態勢に入ってたかのように見えた尾方が、スッといつもの感じに戻る。

「ふふ、面白い悪魔ね。私に敵意がなかったとして、攻撃したことは咎めなくていいの?」

「いいよ。ギリギリかわせる()を選んで撃ったオサムちゃんに免じて許してあげよう」

 それを聞くと搦手はクスクスと笑う。

「ふふふ、さっきの挑発より私には効果的よそれ。また必ず逢いましょう」

「心配しなくてもおじさんとは死んだってまた会えますよ。どっちかでね」

 搦手は「違いないわね」と笑いながら尾方に背を向ける。

「手中の悪魔。搦手 収よ」

「ん、屈折の悪魔。尾方 巻彦」

「ふふ、忘れないわね」

 そういうと右手を開き、さっきの石を空中に放った。

 尾方が一瞬その石に意識を向けたその後、搦手 収の姿はすっかり消えていた。

「はぁ、死ぬかと思った……悪魔ってのはこう、なんで狂気割り増し連中が多いんだろうねぇ……」

 周りを軽く見渡した尾方はトボトボと駅の出口を潜って行った。


「おせぇ」

 約束の駅前では血に塗れた天使が待ちぼうけを食らっていた。

 これでもかと言うばかりに身体は血だらけである。

「ごめんごめん、曲がり門でオカマにぶつかっちゃって。しかし君も律儀だよねぇ。わざわざ待たずに先にいっちゃえばいいのに」

 謝礼のつもりか尾方はどこから取り出したのかコーヒー缶を血渋木に投げる。

 黙って缶をキャッチした血渋木はその場で直ぐ開けて飲み始める。

「そりゃこっちの台詞だ。あのまま逃げればよかったなかったじゃねぇかよ? 悪魔さん? ……苦いなこれ」

 どうやら天使は甘党のようだ。

「それもそうだねぇ。君は悪魔の才能があるよ血渋木君」

「お前は悪魔向いてねーな」

「……かもね」

 少し俯いて答える尾方はどこか遠い目をしていた。

 血渋木が缶コーヒーを飲み干したのを合図に二人は駅を後にした。

 目指すはシャングリラ戦線。奇妙にも天使と悪魔が肩を並べて歩く風景を、月も真上から見下ろす。

 夜はまだ更けない。
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