『葉加瀬芽々花』

文字数 3,908文字



「さて、じゃあこれからの話だけれどもねぇ」

 幾枚かのメモ用紙を大事に抱えてきた姫子と合流した尾方達は、病院のエントランに集合していた。

「解散しよ? 疲れたでしょう二人とも? おじさんはねぇ、てぇへん疲れました」

 おがたは にげだした!

「いえ、まだ私の気がすみません! お話ししたいことがあります! ほんの少しだけ、お付き合いいただけないでしょうか?」
「そうじゃぞ尾方! 一度ちゃんと話し合っておくべきじゃ! こやつの事情も知りたい!」

 しかしまわりこまれて しまった!

「わぁい、若者はみんな元気。はぁ……本当に、本当に少しだけだからね?」

 心底やれやれという顔をする尾方。

 押せば倒れる。少女たちは尾方の扱い方を既に心得始めていた。

「じゃあ、どこで話そうか? 病院のエントランスってわけにもいかないでしょ?」

 尾方はチラっと清の方を見る。

「はい、しかし……私の旅館も少し話しづらいといいますか……お客様も沢山いらっしゃいますし……」

 お互いに困り顔をしていたその時、

「それではワシの家にしよう! なに、心配はいらん! 少なくとも尾方のアパートよりは立派じゃ!」

 さっきの病室で出来なかった分を取り戻すように尊大に構える姫子。

「それにいずれ尾方の家にもなる家屋じゃ! 検分しておいて損はないぞ尾方!」
「なんて?」

 提案よりも後半が気になる尾方。

「アジトじゃ! 組織の一員たる尾方をあんなボロアパートにいつまでも住ませられん! ワシの家に居候させてやろう!」

「え、聴きました皆さん? 三十路のおっさんが少女の家に居候ですってよ? 多分こんな日本語人生で二度と聞かない自信があるよ?」

「うむ、二度は言わぬ! ワシの尊大な処置に感涙の涙を見せるがよい!」

 相変わらずこの二人の会話は少しズレている。

「いけません!」

 そこに割って入る若女将が一人、

「いや、話し合い場所はそこで構いません。ありがとうございます! お借りします!」

「しかし、家族でもないうら若き男女が同じ屋根の下、生活するなど言語道断です! その! 良くないです!」

 具体案無き抗議であるがやたら感情がこもっている。

「家族でない? 組織は家族のようなものじゃ! 尾方もおじじ様を親父と呼んでおるであろう! 良くない? 結構じゃ! 我らは悪魔の組織ぞ! 悪いに決まっておる!」

 同年代が相手だからか、姫子も強気に反論を返す。

「善悪ではありません! つまりその! 良くないのです! 私は断固抗議します」

 若女将はどうやら口喧嘩は苦手なようだった。ちなみのこの間、唯一の大人、尾方巻彦が何をしているかというと、

「いや……、おじさんうら若くないし……そのまえに…… そうじゃなくて…… だけど…… ねぇ?」

 オロオロしていた。少女に挟まれた大の大人がである。もう情けないとか通り越して、こういう生物だと割り切りの体勢に入りつつある、私こと地の文である。

 ちなみに少女ふたりの口論は姫子の家に向かう最中も続いたが、その間、尾方はずっとオロオロしていた。だがその様子も悪道宅に着くまでの間だった。

 清は口論を、尾方は狼狽をやめてポカンと口を開ける。

 そう、姫子が「ここじゃ!」といって足を止めた正面の建物を見ると、そこには、ともすれば清の旅館よりも大きなお屋敷が、デンっとそびえ建っていたのである。

「ヒ、ヒメ……? これは? えーっと、旅館? ヒメも若女将だったの?」

 尾方が苦笑いで姫子に問いかける。

「なにを呆けたことを言っておる。悪魔のアジトが旅館のわけはあるまい。あ、そういうカモフラージュが良いのではという話かの? なるほど、いい案じゃな尾方」

 勝手に関心されているが、「違うそうじゃない」という顔を尾方はしている。そして少し頭を抱える

「ああ! そうか! 悪道! 親父の家か! そりゃそうか!」

 と自ら答えまで辿り着いてポンっと手を叩く。

 そう、ここは悪道総師の実家。それを孫娘が相続したのである。

 デカいはずだ。それを聞いて絶句していた清も察する。

「そういうことですか、悪魔の奸計にでも引っかかったのかと思いました」

 胸を撫で下ろす清。

「キヨちゃん以外と物騒な日常歩んでる……?」

「いいえ、平凡そのものです」

 身の丈ほどの大太刀を、身体で隠し切れずも隠しながら笑顔で答える。

 尾方の寿命がまた縮む。まぁ度々尽きているので大したことではないが。

「さぁ、玄関前で立ち話もなんじゃし、早々にお邪魔するがよい! キヨは特例ゆえに今回だけだからな!」

 ビシっと人差し指で前を指し先導する姫子。

 尾方はイソイソと、清は静々とその後に続く。

 大屋敷と言う名が相応しい古風の庭を抜けるとこれまた大きな屋敷が眼前に明らかになる。

 小さな城と形容した方がよいほどの屋敷に二人はまた感嘆する。

「大した物はないが、広さが売りじゃとおじじ様も言っておった。しかし、まさか尾方が初めての来訪とはの。招待されなかったのかの?」

「アジトは別にちゃんとあったし、親父は仕事とプライベートをしっかりと分けるタイプだったからねぇ。まぁ、今回は大体それが全部の原因ですよねー。なにがとは言わないけどねぇ」

 尾方の苦笑いに姫子はハテナマークである。。

「まぁよい、話し合い前に応接室に行こう! 尾方、こっちじゃ! 紹介したい者もおるのじゃ!」

「こら、あんまり急かさない。尾方さんには尾方さんのペースがあるんですから」

 グイグイと引っぱられる尾方とどこか不満そうな清は長い廊下を抜け、応接室と思われる大きな襖の前に辿り着いた。姫子は開ける前にドンドンっと襖を叩く。

「ハカセ! 居るか! 入るぞ!」

 すると部屋の中から、

「わ! ここ来るんスか? まぁいいッスけど……」

 とけだるげな女性の声が帰ってきた。姫子はバンっと勢い良く襖を開ける。

「おわビックリしたぁ! ゆっくり、ゆっくり襖は開けて欲しいッス。酷く繊細な生き物なんスよインドア派って」

 応接室と呼ばれた部屋は、和風の屋敷に似ても似つかないとてもメカニックな改造をされており、機材などでとても散らかっていた。

 その部屋の中央に、複数のディスプレイに照らされた部屋の主が一人、椅子に座ってこちらに視線を泳がせていた。

 ブカブカで襟の長いダッフルコート着用し、顔を半分覆った彼女は尾方達へ語りかける。

「あー、ようこそ、【元】応接室、【現】私さんラボへ。私さんは……」

 ラボの主が自己紹介しようとしたその時、

「あら、芽々花ちゃん? メメカちゃんでしょ? 懐かしいなぁ! 大きくなったねー、どしたのこんなところで?」

「―――!」

 尾方巻彦が割って入ってきた。部屋の主はビックリしたのか俯いてしまう。

「尾方? 知っておるのか?」

「尾方さん、お知り合いなんですか?」

 姫子と清は同時に疑問を投げる。

「うん、じゃあオジサンが紹介しちゃおうかな。ソバカスの彼女は……」

「それコンプレックスなんスよ……」

「あ……ギザ歯の彼女は……」

「それコンプレックスなんスよ……」

「あー……」

 そういうところだぞ尾方。この場の全員がそう思っている。

「か、彼女は、葉加瀬 芽久花(はかせ めめか)ちゃん。メメント・モリ技術局長の娘さんだよ。おじさんも昔、何回か会ってるんだけど覚えてるかなぁ?」

 芽々花は視線を下向きに襟の下から返答する。

「忘れてないッスよ。忘れるわけないッス。オッサンみたいな人は今生でまだ一人しか逢った事ないッスからね」

「ハッハッハ、嬉しいなぁ。聞いた? おじさん個性的だって?」

「昔からそうだったのか尾方?」

「昔からそうだったんですか尾方さん?」

 二人から良からぬ視線を向けられた尾方は別の話題に逃げる。

「と、ところでメメカちゃんはなんでこんなところに? ここ親父の家なんだよね?」

「今は姫子さんの家ッスよ。少し前から技術顧問として協力関係にあるッス。ね、姫子さん」

「うむ、本人の希望があるゆえ、メメント・モリには所属してないことになっておるが、協力関係にある強力なスケットじゃ」

 なぜか本人よりよっぽどドヤ顔の姫子。

「しかし尾方と知り合いとは驚いたぞ」

「おじさんも驚いた。長生きはしてみるものだねぇ。いや短生きは繰り返してみるものだねぇ」

「……尾方、お主は面白いと思っとるのかも知れんがツッコミ辛いぞ、その権能ネタ」

「……マジで?」

 漫才の打ち合わせをしている二人を他所に清が本題に入る。

「あの、ところで話し合いはどこでやるのでしょうか? この応接室は少し、いや、大変向いてなさげですが」

「いや、散らかってるって言ってくれて結構ッスよ? 自覚はあるッス。だから最初なんでここ来たのかなぁって思ったッス」

 葉加瀬が困った視線を姫子に投げると、姫子は胸を張って答える。

「今回の話し合いにはハカセも参加して貰いたくてのう。先に紹介しようと思ったのじゃ」

 すると清が、

「いや、あまり多くの方に聞いて欲しい話ではないのですが……」

 と渋ったが、

「メメカちゃんは大丈夫、おじさんが保障するよ。それにおじさん達なんかよりよっぽど賢い。きっと有意義な相談になると思うなぁ」

 と尾方のフォローが入り、

「そうですか……まぁ尾方さんがそこまで言うなら……」

 清は渋々納得した。

「では、話し合いにゆこうぞ。ついて参れ」

「あ、私さんは少し準備してから行くッス。すぐ行くので待っててくださいッス」

「了解じゃ! 尾方こっちじゃ着いて参れ!」

「ですから尾方さんには尾方さんのペースが……」

 騒がしい声が離れていくのを確認した葉加瀬は、大きく息を吐いて椅子の上に足を上げ体操座りをする。

 その耳は真っ赤に染まっていた
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