『ハカセのシャングリラ戦線講座』

文字数 3,967文字

 ①

 全員が集まったのは大広間の座敷。一同は大きなちゃぶ台を囲むように腰を据えていた。

 頃合を計り姫子が啖呵をきる。

「では! 第一回! メメント・モリ運営会議を開催する!」

 これが最初で最後の会議になることを彼女はまだ知らない

「尾方ぁ!地の文風に縁起でもないこと言うでない! て言うか今の響く感じどうやったのじゃ!?」

「企業秘密」

「ここがわが社じゃが!?」

 ちょっかいを出すことに余念の無い中年である。

「まぁよい……司会進行はこのワシ姫子が、書記はハカセが行う。良いな!」

「うぃーッス、適当にやるのでよろしくッス」

「うむ、適当にやるがよい」

 若干言葉に内包された意味が噛み合ってない司会と書記。

「今回の議題であるが、その前にハカセ」

「ハイ、任されったス。ポチっとな」

 ハカセが手元にあったボタンを押すと、部屋の照明が落ち。

 パッとちゃぶ台の中央がスポットライトに照らされる。そこにはハカセが立っていた。

「僭越ながら話しを始める前に、私さんが今のシャングリラ戦線情勢について、簡単に解説させていただくッス」

 どこからともなく指示棒を取り出したハカセはクルクルと器用にそれを手元で回してビシっと止める。

「尾方のオッサンもこの界隈離れて久しいですし、姫子ちゃんのおさらいも兼ねてるッスよ」

 尾方が不服そうに申し立てる。

「いや、おじさん頑張って情報仕入れてたのよ? こう見えて結構勉強家なんだから?」

「おっさんのその情報元って新聞でしょ? 駄目ッス。ダメダメッス。ロートルッスよお亀さん」

 ブンっと指示棒で一蹴される。

「メメカちゃんね。昔っからおじさんに厳しいの……」

 隣の清に愚痴りだす中年。

 討論前に愚痴に逃げるのが尾方流話術なのだ。

「清さんには少し退屈かも知れませんが、どうかお付き合いいただきたいッス」

 軽く頭を下げるハカセに清は深々とした礼で返す。

「では、高いところから失礼するッス。ホイっと」

 ハカセが指示棒でちゃぶ台を叩くとハカセの横に3D映像が映し出される。

 そこには、【三十路フリーターのオッサンでも分かる! シャングリラ戦線情勢!!】と殴り書きがされていた。

「ちょっと読者層絞りすぎじゃない? ていうかピンポイントだよねぇ?」

 この場で唯一の三十路フリーターのオッサンは大変不服そうである。

「はい、ローテク三十路フリーターさんお静かに。 怪電波飛ばすッスよ」

「流石のおじさんも怪電波に脅されるほど情報弱者じゃないからね?」

「今は怪電波をWi-Fiで飛ばせる時代ッス」

「本当に!? 携帯のWi-Fiオフにしなきゃ!!」

 そういう尾方が取り出すのは黒いガラケー。気づけ尾方。今君は情報弱者を晒している。

「アホしてるオッサンはほっといて本題に入らせていただくッス。ちな普通に話しても私さんが面白くもなんともないので、私情バリバリにお送りさせていただきますッス。興味ないって方は解説が終わり次第、私さんが指示棒でオッサンをぶっ叩きますので、【ビシィィィィ!】って音が聞こえる行まで読み飛ばしてくださいッス」

「いま気のせいじゃなかったら謂れのないおじさんが一人犠牲になる宣言しなかった?」

「おっさんお静かに。では葉加瀬 芽久花プレゼンツ。シャングリラ戦線講座始まるッスよ。お手洗いは今のうちにどうぞッスー」

 そこから本当にトイレ休憩が五分挟まり、講義は開始された。


「まずは基本中の基本、『シャングリラ戦線とはなんぞや』という疑問から押えていくッス」
「簡単に言うと神様二柱の代理戦争なんスけど、今日は少し深いところまで掘り下げるッス」
「元々神様って言う存在は、我々人間とは違う世界、シャングリラという場所に住んでいたんスけど」
「そこで神々の戦争が勃発、戦争は泥沼も泥沼化し、神が最後二柱のになるまで続けられたッス」
「しかしそこで停戦とはならず、かといって最後の一柱になるまで戦うのも愚かであると考えた神々は、代わりに人間に戦って貰おうと思いつくッス」
「結果、善の神・悪の神がそれぞれ自分に賛同する私兵を人間から選び出し、シャングリラで自分の代わりに戦わせているわけッス」
「ゲームで例えるとスプ○トゥーンのフェスっすね。ほら、シオ○ラーズもテン○クルズも実際NPCだから戦わないッスけど、各支持の象徴として立ってるじゃないッスか?」
「あ、いや、両NPC参加してる体裁をとってるってのはモチロン知ってるっすよ。でもまぁそれはそれこれはこれってことで。あ、そういえばここも似てるッスねシャングリラ戦線と」
「ちなみに私さんは『マニュー○ー』が好きッス。手数で圧倒できて見目もいいッスからねぇ~。ロマンッスよね? 二丁拳銃?」

「次は各陣営の構成についてッス。これは天使と悪魔で大きく異なるので注意ッス」
「簡単に言うと天使はまるっと全員で一個団体。悪魔は複数団体の集合体って感じになってるッス」
「まぁ、二陣営の性質が露骨に表れてんスよね」
「天使は現在、その構成員は千人弱に昇ると言われていますが、その全員が善の神の元に一致団結してるッス」
「また階級、『戒位』と呼ばれるランキング制度が導入されており、この戒位二桁以下の上級天使と呼ばれる幹部達が組織運営のあれこれを担ってるッスよ」
「逆に悪魔は現在、その構成員三千人にも昇ると言われてるッスけど、その方針はてんでバラバラ、各々が勝手に組織を立ち上げ、同士を募って運営してるッス」
「階級とか幹部とかも組織ごとにそれぞれ違うので全体的な階級付けは出来ないッス。ただ現状いくつかの組織数、組織力の高い組織が全体のバランスをとってるってのが現状ッス」
「ワン○ースで例えるなら、天使が海軍。悪魔が海賊ッス。天使の戒位二桁以下が中将以上。悪魔のバランサーが四皇ッスね」
「ちな私さんはアー○ンとミス・ゴー○デンウィークが好きッス」

「さて、続いて本題、現状の各陣営の情勢についてッス」
「天使と悪魔はかれこれもう二十年ほど戦ってるッスが、各々の陣営が一進一退の拮抗状態。正直、停滞さえしてたのがつい一年前までのシャングリラ戦線だったッス」
「しかしこの状況はこの一年で変化を見せてるッス。所謂、バランサーであった一つの組織、メメント・モリの壊滅を受けて、天使は勢いづき、悪魔は混乱の渦中になったッス」
「元々、悪魔は数の有利を持ってしての拮抗状態だったッスからね。ポッカリ空いたメメント・モリの穴を塞ぐのは容易ではないッス」
「しかも、悪魔側は悪魔側でその空いたメメント・モリの枠に次にどこが収まるかでかなり内輪揉めしてるッス。こういうとき、悪魔側の我の強さは不利に働くッスよねー」
「そんなわけで、長年拮抗状態だったシャングリラ戦線の情勢は現在、天使側に有利に傾いてるッス」
「ちな人間界側で行われているシャングリラ戦線の下馬評では天使が圧倒的に有利ッス。これは偏見こそあれど善を名乗るリターンッスよねぇ」
「お陰で人間界では警察の代わりにシャングリラ関係の事件が起きた際には天使が対応するッスし、ファンとかもいっぱいいるッス」
「悪魔には住み難い世の中になってしまったッスねぇ」
「ちな私さんも賭け事が行われようものなら天使に賭けるッス。手堅く攻めるタイプなんで」
「情勢の話しに戻るッスけど、現状悪魔側は6:4比率ぐらいで圧され始めてるッス」
「この差は一年で一気に広がったものなのですごい勢いッス。このままの勢いで圧されると悪魔側は三年も持たないッスねぇ……」

「まぁ、あらかたの説明はこんなところッス。ご静聴ありがとうございましたッス」

「では、そろそろ……」

【ビシィィィィ!】

 葉加瀬は手に持った指示棒で思いっきり尾方の頭を叩く

「ふごっ!? すいません親父!! 寝不足で!!!」

 居眠りをしていた尾方が飛び上がる。

「え? あ? メメカちゃん? ああ、そっか? うんうん、よく分かりました。よく勉強してるねぇメメカちゃん」

「寝ておったのか尾方ぁ! お主とワシの為にハカセは講義してくれたんじゃぞ!」

 なるほど、葉加瀬は尾方が寝ることを見越して講義前に叩く宣言をしていたのである。

「いや、部屋暗くされて小難しい話されたら眠くもなっちゃうよねぇ?」

「当たり前ッスよオッサン。昨日からぶっ通しでここ来てるんスから。そりゃ寝るでしょ」

 ハァっと溜息を吐く葉加瀬だったが、懐から冊子を出すと、

「これ、今話した内容がさらにこと細やかに書いてあるッスから、後で目を通しといてくださいね」

 ポイっと尾方に放り上げる。

「おっと、流石メメカちゃん準備がいい。昔からおじさんみたいな奴にも優しくしてくれてね? 良い子なんだよ本当?」

 今度は甥っ子自慢のようなことを始める。

「昔から諦められてたのでは……あとさっき思いっきり叩かれてましたよ?」

 優しさの定義がすこし揺らぐ清。

「うむ、ご苦労様なのじゃハカセ! 以上の点を踏まえて、今後の組織の方針、目標を決定するのが今日の会議の着地地点じゃ。じゃが……」

 姫子は清の方を見る。

「今回は先に清の案件を片付けたく思う。なにせあんな事のあとじゃ。尾方も気が気じゃなかろう」

「いや、おじさんの気はいま全部眠気に行ってるから大丈夫よ?」

「なんで首チョンパされた奴の隣で眠気張れるんじゃ!?」

 神経が図太いと言うかもうないのだろう。

「なんにせよ。清。事情を話してくれるか? お主はなにものなのじゃ?」

 清は目を閉じてピタっと時が止まったかのように静止する。シンっと空気が一瞬止まったような緊張感に部屋が包まれる。ほどなくして清が口を開ける。

「わかりました。全て、嘘偽りなくお話しさせていただきます」

 覚悟を決めたかのような低い声色。

「改めまして、私は名を清。性を正端。神より戒位三軀を承った。正義の銘を持つ天使です」
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