『バイト辞めたいんですけど……』

文字数 4,335文字

 ①

「さて、困ったもんッスね。タイミングもなにもかも絶妙と言うか……」

 気絶した尾方はなにをされても一向に起きず。

 隣の和室に三人がかりで運び出され、布団に横たわっている。

 つまりこの場は、姫子、清、葉加瀬の三人。

 うら若い乙女の女子会状態となってしまっていた。

 というかさっきまでこのメンツに中年のおじさんが一人混ざっていたのが普通に不思議な光景だったのだ。

「でも一応言質は取れたッスよね?おっさんやるって言ってたッスよ清さんのお手伝い」

「はい、一応承諾いただいたということで詳細は後日話し合うしかないですね……」

「ちなみに清さん。このお話し、おっさんにはメリットあるんスかね? リターンないとあんまりにもあんまりなお話でしょう?」

「もちろん、こちらからもお返しはさせていただきます。私の正装の能力の情報など如何でしょう?」

「ほむ……」

 葉加瀬は考える。

 そう、悪い話ではない。

 いまだ謎の多い大天使級、しかもその三躯の正装の情報となると。それがこの悪魔界隈でどれほどの価値になるのか。

 想像も付かないからだ。

「私は、個人的見解一切は排すれば()()なお話だと思うッス。ただ……」

 葉加瀬は姫子の方を見る。

「姫子さんはどう思うッスか?」

「んう? わしか!?」

 予想外の振りに驚いたような姫子。

 ここまで尾方にツッコミを入れる際以外は随分静かだった姫子であるが。

 それもそのはず、このボス。

 講義の一切を必死にメモしてそれをずっと反芻していたのである。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。メモに必死で内容がまだ頭に入ってないのでの」

 根本が悪魔から程遠い生真面目さである。

 少しの間、メモ用紙とにらめっこした姫子は目を見開いて問いただす。

「清! お主の年齢これ!?」

「その下りはもういいですから!!」

 怒られた姫子は再度、メモとにらめっこ。

「なんじゃこのお願いは! 認められるか!!」

 ヒメはおこである。

「尾方は現状このメメント・モリ唯一の戦闘員じゃぞ! それを殺させてくれなどと! 権能混み込みにしても無礼千万じゃ!」

「本音は?」

「その間、尾方がおらんのが面白くないし! 尾方を清に盗られるみたいで大変面白くない!!」

 二話目にしてこの懐きっぷり。尾方巻彦はブリーダーが天職なのではないだろうか?

「振った私さんも悪いッスけど、私情駄々漏れッスよ姫子さん……まぁ、私さんも本音を言えば反対ですかね。おっさん止められるとは思わないッスけど」

「そうですか、ですがどちらにしろ尾方さん抜きでこの話は無理がありますね」

「そうッスねぇ。決定権はおっさんにあるッスからね」

「ええ!? ボスのワシにはないのか!?」

「あるッスけどあれでしょ。今、尾方さんに強くやるって言われて姫子さん断れるッスか?」

「…………善処したい」

「でしょう? だから結局のところおっさん待ちなんスよ」

「困りましたね。これでは話し合いのしようがありません」

 そう、三人女子が揃って見た目女子会だが、悪の組織、天使、人と。何を話すにも微妙な組み合わせ。

 全員は責めあぐねていた。そして探していた差し障りない、全員が興味がある共通の話題を。

 その答えは、葉加瀬がぽつりと呟いたその一言であった。

「おっさん……大丈夫ッスかねぇ……」

 姫子がハッとする。

「そうじゃ葉加瀬! 尾方の話じゃ! 折角じゃ、ワシは尾方のことが知りたい! 彼奴の前では恐らく茶々を入れられて迂闊に聞けぬでの!」

 すると清も続く。

「わ、私も……聴き……! ……ゴホン、私も私情を明かしたんです。興味の有無は置いておいて聴く権利はあると思います!」

 感情の起伏が激しい大天使。

「無名の悪魔ってわけではないですしまぁいいッスけど、私さんの知ってる範囲ッスよ」

 葉加瀬は満更でもなさそうに指示棒を出してまたちゃぶ台の中央を叩く。宙に尾方の基本情報が映し出される。

「尾方巻彦、三十五歳。屈折の悪魔。メメント・モリ所属の一般戦闘員ッス」

「権能は七転八倒(トライアンドエラー)、自身が()()した際に限り五体満足で復活する能力ッス」

「この辺りまではお二人ともご存知ッスよね?」

 二人はふんふんと頷く。

「そしてこの人、前メメント・モリの段階から結構な有名人ッス。屈折不退。階級詐欺師。一般戦闘員ながら数々の渾名で恐れられたメメント・モリの一般戦闘員。でありながら、その実質は特攻隊長のような役割でした。文字通りッスね。現在は日夜単独でシャングリラに繰り出しては情報収集に通り悪魔をしていたこともありReturn blood(返り血)の通り名で通るみたいッスね。あれ全部自分の血なんスけどね……。悪魔になる前の経歴は一切不明ッス。メメント・モリにもいつから所属してるのかは分からないッスね。あと私さんも記憶がおぼろげッスけど、昔はあんな飄々とした感じではなかったッス。どちらかと言えば熱血漢で感情豊かだった記憶があるッス」

「「熱血漢!?」」

 いつのまにかメモを取っていた姫子と、これまたどこから取り出したのか筆ペンで書き取りを行っていた清が声をあげる。

「は、はいッス。バリバリの体育会系って感じだったと思うッス」

 うーん、と頭を抱えながら清が質問する。

「ええ……それって葉加瀬さんみたいに口調も語尾にッスってつける感じでした?」

「はい、そうだったと思うッス」

「「……(想像出来ない)」」

「というか私さんのこの口調こそ…………いえ、失礼。話しが反れたッスね」

 ごほんと咳払いして仕切りなおす葉加瀬。

「あとは……好きな食べ物は肉全般。嫌いな食べ物は匂いがキツイ食べ物らしいッス」

「ここだけ体育会系っぽいのかの?」

「いや、私に聴かれましても……」

「とまぁこんなところッスかねぇ。あんまり話し過ぎても私さんが後でおっさんに怒られますし」

 ふぅっと葉加瀬は指示棒を縮める。

「うむ、ご苦労であった葉加瀬。勉強になったぞ」

「ええ、ご貴重な経験を聞かせていただいてありがとうございました」

 二人とも爽やかな感じで講義を聴き終わろうとしているが、聴いたのはおっさん一般戦闘員のプライベートな内容である。

 女子会とはなんだったのか?

 いや出来るとは思ってなかったが。

 このあと三人は、尾方の様子から今日はもう起きないだろうと察し、少しまた話し合いをした後、後日仕切り直す旨の予定を立て、解散の流れとなった。

 清は帰宅。

 姫子は前日の疲れから入眠。

 葉加瀬も前日眠れなかったらしく、すぐ寝てしまった。こうして新生メメント・モリ二日目は比較的平穏に終わった。

 かに思われた。

 だが、誰もが知らなかった。

 尾方巻彦の妄執とも言える執念を。

 ゆえに、止まれぬ敗北者はひた走る。

 夜、尾方巻彦が寝ていたはずの布団に、その姿はなかった。


 ②

 ここは守本書店。 上元町(かみもとちょう)の街角にヒッソリ佇む古本屋であり、尾方巻彦のバイト先の一つである。

 その尾方巻彦が本日バイトを無断欠勤したことは言うまでもない。

 店長、守本一の心中は穏やかではなかった。
 
 その苛立ちは、その日に守本が読んだ本の冊数がいつもの半分に満たない時点でお察しである。

 だが同時に、気がかりでもあった。

 尾方は、これまでもバイト中に度々サボったりはしていたが、来ないと言うのは実はコレが初めてのことである。

 しかし、来ないものは仕方がない。

 守本が店の片付けに入ろうとしたその時。

「ハァ……ハァ……あらら、店長片付け五分早くないッスか? ハァ……」

 息を切らした尾方巻彦が店先に姿を現した。

「私の店よ。いつ閉めるも勝手でしょう? あと誰を入れるかもね」

 尾方巻彦は呼吸を整えてから渋い顔をする。

「入店お断り? 話しぐらい聴いてくれてもよくなぁい?」

「私を納得させられる言い訳なんて尾方巻彦には用意できないわよ」

「どうかな? おじさんも日夜進化してるんだよ?」

「老化してる?」

「酷い聞き間違いだ……いや確かにしてるけども……」

「臣下してる?」

「……もしかしておじさんのことそんな風に思ってたの?」

「本題はまだかしら? 会話のテンポが悪いわね」

「誰のせいですか誰の」

「……ん」

「だから分厚い本持って振りかぶるのやめて! 怖いから!」

 ひとしきりわちゃわちゃした尾方は、一呼吸おいて真剣な眼差しを守本に向ける。

 守本もそれを見て溜息をついて耳を傾けた。

「今日はごめん。無断欠勤なんてしちゃって。おじさん社会人失格だわ」

 深々と頭を下げる尾方。守本はその様子をジッと見つめる。

「それで、今後こういうことが増えそうだから。すごく残念だけどこのバイト……」

「駄目です」

 唐突に守本が割って入る。

「……えぇ?」

「駄目です。どうせコレまでのバイト先全部にそんなこと言って辞めて来たんでしょう?」

「……なんでわかるの?」

「貴方が考えることぐらい分かります。ですから前もって言わせていただきました。駄目です」

 その目は鋭く尾方を突き刺している。

「うぐ……で、でも本当にこれまでのようには時間取れそうになくてさぁ……」

「だったら時間があるときで構いません。私は私の読書時間が取れれば構いませんので」

「それ、好きなときに来てバイトしろってこと? そんなバイトある?」

「今までとそう変わりませんよ。来ても最低限のことしかしませんでしたしね貴方」

 視線の刃物がグサグサ刺さる。

「べ、別に店長がそれでいいならそうさせてもらうけど……ぶっちゃけおじさんなんか雇いっぱなしで意味あるの?」

「ありますよ。貴方がいるのが私の今の日常なんです。それが急に変わるのはストレスなので」

「本音は?」

「ありますよ。貴方がいる(店で貴方を罵詈雑言の嵐にさらす)のが私の今の日常なんです。それが急に(逃げられてストレスの捌け口が)変わるのはストレスなので」

「今まで本当にお世話になりました」

「冗談ですよ。私の人柄から察してください」

「察した結果告げてるのよ防衛本能がビンビンに!」

 ふぅっと守本が一呼吸おく。

「まぁ言いたい事はわかりました。フォローに来てくれる人にも心当たりがありますし。時間を減らす方向でいいですね」

「本当に来れる時にしかこないし……働き方も改善しないよぉ? いいのぉ?」

「問題ありません。では」

 ビシっと守本は時計を指差す。

「閉店時間です。手伝いなさいサボり悪魔さん」

「あー……謀ったね店長。最初からこれだけ手伝わせるつもりだったんだ」

「計りましたよ。ちなみに今片付けは、無断欠勤分の働きを希望します」

「はいはい、いつも通りってことですね」

 尾方と守本はゆっくりと喋りながら閉店作業に勤しむ。

 片やその先へ弾めるように。

 片やその先を延ばすように。

 両者の心中知ってか知らずか。

 月はまだ昇り始めたばかりだ。
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