『姫子と箱』

文字数 2,732文字

 ①
「やぁ、健次郎」

「......」

 病院についた尾方達がことの次第を受付に話すと、尾方の担当医、加治 健次郎の所に早急に通された。

 いつもの調子で部屋に入った尾方を、加治医師は頭を抱えて出迎えた

「なんなんだ、なんなんだお前は? お前に限って左手の欠損だと? 悪い冗談か錯乱状態だと思い鎮静剤を用意して待ってみていればなんなんだ。事実じゃないか!」

 いつものようにつらつらと文言を並び立てる加治医師に尾方も苦い顔をする。

「いや、なんだかんだ言って嘘を健次郎についたことはないんだけどな僕...」

「いつも嘘みたいなことばかり言うから事実を誤認しているに過ぎん、座れ」

 加治医師は二人に着席を促しながら、懐からだした眼鏡を装着する。

 心配そうに座る姫子に大丈夫と目配せをした加治医師は触診に入る。

「触るぞ、痛みはあるか。違和感は? 重心がズレるだろう、歩き方に気をつけろ」

「......」

 加治医師の矢継ぎ早の質問に相槌を打ちながら尾方は意外そうな目線を加治医師に向ける。

 それに気づいた加治医師は尾方に発現を促す。

「なんだ、尾方。気になることがあるなら残らず言え」

「いや、なんていうか、健次郎って医者なんだなぁって」

 これを受けた加治医師はなんだそんなことかと眉一つ動かさず淡々と言う。

「無論、医者だ。患者には真摯に向き合う。お前とは縁遠い話だと思っていたが」

 そこまで言うと加治医師はチラッと姫子の方をみて続ける。

「いい薬が見つかったようだ。多少は俺も仕事をすることが出来る」

 尾方はそれを聞いて少し考える素振りをした後言う

「それ、今までのは仕事じゃなかったって言ってる?」

 カルテに目を通しながら加治医師は答える。

「無論だ、今までのは修理。今日が初めてだな、お前を治療するのは」

 ふむっと一考する尾方。

「初診どうもありがとうございますです名医殿。して、いつもとなにが違うんで? やっぱり怪我の具合ですかね?」

 ない左手をヒラヒラさせながら尾方は言う。

 するとカルテから目を少し尾方に向けて加治医師は言う。

「心構えだ。今初めてお前は、治して貰う為に俺の元に来ている。いつものお前はまた壊す為に来ていた。それは治療じゃない」

 そこまで言うとまたカルテに目を落とす。

 尾方は少し目を丸くして、少し口元に笑みを浮かべる。

「健次郎はさ。僕が怪我したりするとやっぱりなにか思ったりするのかい?」

 それを聞いた加治医師はやはりカルテ越しに尾方を見て言う。

「なんだそれは? 知人が怪我をしたら悲しいに決まっているだろう。俺は医者だぞ?」

 当たり前の事を聞くなと少し眉を顰めてカルテになにか書き込む加治医師。

 それを聞いた尾方は、ふっと口元を緩め、なにかを思い出すような遠い目をしていた。

 すると後ろから姫子が尾方の肩を叩く。

「ほら、ワシだけじゃなかろう? 皆そうに決まっておるぞ」

 と笑顔でいうので、

「思うに、それって感情の無駄使いなんじゃない? エコじゃないねぇ」

 と照れ隠しに言うと

「いいや! エゴじゃ!」

 と返って来て、二人は笑った。

 ②
 その後、隻腕の注意事項と念のための痛み止めを貰った尾方達は、病院を後にした。

 最後まで、加治医師が怪我の原因を聞いてくることはなかった。

「よい医者に巡りあったの、尾方よ」

 帰り道の最中、先を歩いていた姫子が振り返りながら言う。

「うん、おじさんは健次郎には嘘を付かないからね。毎回言ってるよ、名医だってさ」

 尾方はどこか誇らしげに目を閉じて言う。

 それを満足げに見た姫子は振り返る。

「しかし、その言い方だとワシ等には嘘を付いてるように聴こえるんじゃが。のう? 尾方?」

「NOです姫君。おじさんは隠し立てはするけど嘘は基本付かないよ」

「基本ってことは例外があるのじゃな?」

「大人って臆病な生き物だから保険を掛けておく癖があるんだよね」

「悪癖じゃのう」

「軋轢を生むよりはいいの」

「悪魔が混沌を恐れてどうするのじゃ」

「恐れてないよ、おじさん的には整頓のがずっと怖いねぇ」

「あ、尾方の部屋は、その、確かに混沌を愛し、整頓を拒んでおったの...」

「汚いって素直に言いなー。流石に無自覚じゃないからねおじさんも」

 そうか。っと姫子はいうと、てててと少し走って止まる。

「では着いたぞ。件の汚部屋じゃ!」

 でんっと両手で尾方のアパートを指し示す姫子、

「階段には気をつけよ。手を貸すぞ尾方」

 まるで介護でもするように手を差し出され、尾方は苦笑いでそれをうける。

 少女にエスコートされた中年は、久々に帰宅する。

 時刻は昼、実に二日ぶりの自宅だった。

「ただいまー...」

「うむ、おかえりじゃ!」

 毎日帰ってくることのないただいまを言っていた尾方は、少し不思議な気持ちになった。

 すると姫子がゴホンっと咳払いをして言う。

「さて、メメント・モリ一般戦闘員尾方巻彦よ。ボス命令じゃ。本日一杯の養生をお主に命じる。明日は昼までにアジトに集合すること。よいか」

 少し背伸びしたような声で、いや声だけでなく実際に背伸びをしながら姫子はいう。

 それを受けた尾方は少し口元を緩めて返す。

「謹んでお受けいたしますメメント・モリの姫君殿。不肖ながらこの尾方巻彦、全力で休ませていただきます」

 こちら軽く頭を下げて言う。

 二人はニッと笑った後、姫子は玄関から帰ろうとする。

 すると、姫子の目に止まる物があった。

 それは靴箱の上においてあり、無機質な四角形の箱のような物体で、尾方らしくないどこかハイテクノロジーを思わせる幾何学模様をしていた。

「尾方、この箱のようなものはなんじゃ?」

 どうしても気になった姫子は、外に出る前に指差して尾方に質問する。

 尾方はどれだいっとその箱を見て、思い出したように言う。

「ああ、それね。なんか少し前...ちょうどヒメと逢った日ぐらいかな...玄関に落ちてたんだよね」

 尾方はその箱を手に取り、右手の人差し指で器用にクルクル回す。

「あの日は夜、酷く酔っ払ってたし、何処かで拾って帰ったんじゃないかな。って思う」

 一通り手元で箱を弄んだ尾方は靴箱の上に箱を戻す。

「どしたの? 欲しいならあげようか? 用途不明だけど」

 すると姫子はどこか歯切れが悪そうに言う。

「いや、別になにと思ったわけではないのじゃ。ただ...尾方らしくない小物じゃなと思っただけでの...。ではな尾方! しっかり休むのじゃぞ!」

 そういうと踵を返して部屋から出て行った。

「あ、うん、ヒメもしっかり休んでねー」

 姫子を見送った尾方は、少し不思議そうにその箱を眺めていたが、少しして無関心そうに部屋の奥に入っていった。

 その後、ほんの少しだけ、箱の幾何学模様に光が走り、また消えた。
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