『2』

文字数 5,488文字

 ①
「メメント・モリのこと。どこまで知ってる?」

 尾方の道案内に沿ってシャングリラを目指す二人、その道中、不意に尾方が血渋木に質問した。

「ああ? なんで?」

 血渋木は声色からも分かるほどに不愉快そうに返事をする。

「いや、先日さぁ。いやにメメント・モリのこと敵視してたじゃない? なんでかなーって」

「天使が悪魔の組織を敵視するのは普通のことだろうが」

「そりゃあ普通だけど。アレは、それだけじゃなく特別なものにも見えたからさぁ」

 チッっと舌打ちした血渋木は振り返る。

「知らねぇのか? 神様から通達が来てんだよ。メメント・モリの生き残りを狩れってよぉ」

 尾方は口をきゅっと閉めたがすぐに溜息交じりで言う

「……薄々感じてはいたけどね。はぁ、やっぱりそうなのね」

「なんだよ? 心当たりがあるのか?」

「ないこともないけど。君には教えられないかなぁ。またいつ敵対するかわからないからねぇ」
「いや、いまも敵対してっけど?」

「……もう三歩ぐらい離れて歩かない?」

 尾方が言葉通り数歩後ろに下がったその時


『ピピピピ!ピピピピ!』

 尾方のポケットから不意にけたたましい電子音が鳴り響いた。

「うわぁ!? なにぃ!?」

「おま……マナーモードにしとけよ! これだから悪魔は……」

 苦言を呈する血渋木を尻目に慌てた様子でポケットからなにかを取り出す尾方。

「なにこれ!? 僕の携帯こんなじゃないんだけど!? 誰の!?」

「いや知るかよ……とりあえず出てみろようるせーし」

「パカパカするやつじゃないんだけど? どうやって出ればいいの?」

 尾方の手にはスマートフォン風の電子機器があった。

「いやガラケーってお前……しかしうるせぇな貸してみろ」

 尾方の手から電子機器を奪い取った血渋木はおもむろに画面をタッチする。

 すると

『あ、もしもしおっさ…………誰ッスか貴方』

『ぎにゃああああ!! 天使ぃぃぃぃぃぃ!!』

 電子音より数倍けたたましい叫び声が電子機器から発された。

「うわ! 超うるせぇ!!」

 思わず電子機器を投げ飛ばす血渋木。

 慌ててそれをキャッチする尾方。

「おっとと、その声。ヒメとメメカちゃん? なにこれ? どうなってるの?」

 画面を覗き込むとそこには葉加瀬の姿があった。

『おお、おっさん! 捜したッスよ! これは私さん特製おっさん用簡易通信機【OGフォン】ッス。それよりなんなんすかさっきの人。姫子さん逃げちゃったんスけど?』

 画面の後ろの方に部屋の隅で座布団を被って小さくなっている姫子の姿が確認出来る。

 完全にトラウマになっているらしい。

「あー、彼は色々あって共闘中の天使、血渋木君。血みどろだけども血よりも熱い熱血漢ダヨ」

「刺すぞ?」

「あー……これは彼の故郷の言葉でこんにちわって意味でね?」

『そ、そうなんスか? て、そんなことよりおっさん! 勝手にシャングリラに行くなんてなに考えてるんスか!』

『そうじゃぞ尾方! ワシは心配で心配で! あとその天使と共闘なんて信じぬぞ! ありえぬからな!』

 やっとのことで部屋の隅を脱した姫子も加わって尾方を糾弾する。

 尾方は困り顔で画面に向かって謝る。

「ごめんごめん、おじさんにとっては夜にシャングリラに行くのが日々のルーチンでさぁ。ふと夜に目が覚めてよくよくも考えずに行っちゃった」

『いや、そんな深夜にお腹空いたからコンビニに行っちゃったみたいに言われても困るッスけど……』

『まぁ、今回はよいが。しかし経緯を説明せよ。なぜ天使と行動を共にしているのか』

 溜息をついた尾方は歩きながらこれまでのいきさつを二人に説明した。

 その間に尾方は血渋木に三回刺された。


 ②
『いや、尾方が逃げる隙は山ほどあったじゃろ。もう少し上手く立ち回れんのかお主』

「あ、いや、はい……」

『本当ッスよおっさん。共闘関係っていうか普通に脅されてるじゃないッスか。駆け引きとか本当に苦手ッスよね昔から……』

「うん、そうだね、本当だね……」

「お前協力者が女子供って……いや悪魔向いてるわお前……」

「いや、これは……うん、はい……」

 尾方巻彦三十五歳、普通に泣きそうである。

 ド正論過ぎていつものらりくらり逃法の見る影も無い。

『まぁ、なってしまったものはどうしようもない。気は進まぬがそ、そやつの願いを成就させるしかあるまい』

『そうッスね。もう位置的には目的地まで半分は過ぎてるッスし、さっさと終わらせて帰ってくるッスよ』

「あいよー。これ切った方がいいの?」

『いや、このまま繋げておくのじゃ。適宜、葉加瀬とワシでアドバイスするでの』

『おっさん一人じゃまたどんなトラブルに巻き込まれるか分からないッスから保険ッス』

「おじさんの信頼とは一体……」

『いや、ある意味信頼はされてるッスよ。それよりそのOGフォンのホームボタンを三回連続で押して貰っていいッスか?』

「え、ホームボタン? これ?」

 横にいる血渋木に聞く尾方。

「お前なに時代の人間だよ……そうだよそこだよ」

「ありがとう、ここね」

 ぎこちない手でOGフォンのホームボタンを三回押すと。

 後ろからプロペラが出てきて尾方の手を離れ、ドローンのように宙に浮いた。

「うわぁ!? なにこれ!?」

『これはOGフォン追跡フォームッス。ポケットに入れられても周囲の状況が確認できなくなるんでこの状態で追従させてもらうッスよ』

「へぇー、すごいなこれ。見てみて血渋木君。すごくない?」

 年甲斐も無くはしゃぐ中年。

「確かにスゲーわ。ただの女子供じゃないってことか。警戒しとこ」

 オンオフがハッキリしている天使。

 そうして1天使1悪魔1ドローンのスリーマンセルが完成し、目的地まで前進する。

 何事も無く暇だったのか、ふと葉加瀬が血渋木に質問を投げかけた。

『ちょっといいッスか血渋木さん』

「……なんだぁ?」

『一つ気になるんスけど、この依頼。天使からの交戦を請け負うってものだと思うんスけど。つまり血渋木さんは天使に狙われてるんスか?』

「あってるがあってねぇ。天使ってのは原則仲間内の戦闘はご法度だが、天罰中の天使って言うのは天使だが天使じゃねぇ身分になるんだよ。だからそこを狙って襲ってくる同僚がいんだ」

『心当たりがあるんスか?』

「俺は悪魔上がりだからな。星の数ほどあらぁな」

『ん? ハカセ、悪魔上がりとはなんじゃ?』

 横から姫子が疑問を挟む。

『所謂、元悪魔の天使ッスね。天使側の受け入れ態勢って大らかなんでよくある話しなんスよ』

『なんじゃその物言いは! 悪魔が下みたいな考え方が気にいらん!』

 憤慨する姫子を他所に納得する尾方。

「なるほどねぇ。まぁそんなことだろうとは思ってたけど、大方メメント・モリとの確執も悪魔時代のものなのかなぁ」

「うるせぇ、話し逸らすんじゃねぇぞ。俺は天使になって後悔の一つもしちゃいねぇ。やめる気もねぇ。だからこうやって七面倒な天罰を真面目にやってるんだろうが」

「真面目? 悪魔のおじさんの手借りちゃってるけど?」

「やれること全部やってんだ。真面目だろうが」

「まぁ確かに、君は生真面目だとは思うよ」

「誰が生真面目だぁ? 俺はなぁ……」

 血渋木が反論をしようとしたその時、

「トォォォォォォォォォォウ!!!」

 耳に障るほどの轟音が尾方達が歩いている路地風のエリアに響き渡った。

 声の主は三階ほどのビルの上から飛び降り着地する。

 ヒーロー着地である。

 ちっさい声で「ヒザイッタ」という呟きが聞こえた。

 そしてこちらをビシっと両手の指差し指で指すとポーズを決める。

「見つけたぞ! 悪魔上がりの穢れた天使! 血渋木昇!」

 その男は顔が整っているだけにロングのツインテールと真っ白な服が嫌に目立つ奴だった。

 唖然にとられている尾方を他所に血渋木は呆れ顔である。

「奇襲もせずに……。ああいうのを生真面目って言うんじゃねぇのか?」

「……ああいうのはバカ真面目っていうんだよ」

 尾方も追いつき呆れ顔をする。

 こちらを全く気にせず続けるバカ真面目。

「私の名を刻め非道の輩よ! 我こそはダブルツヴァイツインセカンドマークⅡ次男坊! 戒位222躯! 二枚目の天使! 弐枚田 弐樹(にまいだ にき)!!」

 なんて?

「なんて?」

 私の代わりに尾方が言ってくれた。

 正直助かる。

「二度までなら言ってやろう! 不逞の輩よ! 某こそはダブルツヴァイドスドゥマークⅡ次男坊! 戒位222躯! 二枚目の天使! 弐枚田 弐樹!!」

 なんて?

「なんて?」

「三度目はない!! 無礼者!!!」

『バカ真面目っていうかバカッスねアレは』

 端的に葉加瀬が説明してくれる。うん、それでいいと思う。

「じゃあ、俺あいつの相手してると頭痛くなってくるから任せたぞ尾方巻彦」

 ヒラヒラと手を振りながら背中を見せる血渋木。

「ちょ、ちょっと待ってよ。アレとやるの? 天使でいいんだよね?」

「天使だよ天使。お前ら悪魔の宿敵。じゃあな。次会うときは容赦しねぇから」

 そういうと血渋木は路地の裏に消えていった。

「あーあ、行っちゃった。もう少し色々聞きたかったんだけどねぇ。しかも変なの押し付けるし……」

 恨めしそうに路地を見つめる尾方。

『これ尾方! 天使の前だぞ! 油断するな!』

 OGフォンからの姫子の声で我に返った尾方は正面に向き直る。

 件の天使は襲い掛かることもせずになにやらポーズを決めている。

「えーっと、弐枚田さん? 攻撃とかしなくていいんですか?」

  恐る恐る尾方が尋ねる。

「いや! そっちの名乗りを待ってるんだろう! 早くしてくれたまえよ!」

 ビシッと尾方を二本指で指差す弐枚田。

 動作が一々五月蠅い。

「あ、ああ、ごめんごめん。屈折の悪魔。尾方巻彦。どうぞよろしく」

「ああ! よろしく!!」

 両手の親指を立てて歓迎する弐枚田。

 これが戒位上位者の天使かぁ……

 天使側も苦労してるんだなぁ……

『のうのうハカセ、疑問だったのじゃが尾方達はなぜ戦う前にお互い名乗り合うのかの? 不意打ちとかし辛くないのかの?』

 OGフォン向こうの姫子が葉加瀬に疑問を投げる。

『ああ、あれは儀式みたいなものッスね。起源は神様達の時代にまで遡るらしいいんすけど、戦う前にお互いに名乗りあうことを神様が定めたんスよ』

『まぁ、いまや形骸化してしまっていて、やる人とやらない人がまちまちって感じッス。尾方のおっさんは前者、まず名乗る側みたいッスね。この業界ながいからかな?』

『ほーう、尾方も真面目なところがあるんじゃのー』

「おじさんのは真面目っていうかもう癖みたいなものだけどね。落ち着かないのよやらないと」

 皆でわいわいやっている間も弐枚田は攻撃してこない。

「いや、弐枚田さん。別に気にせず攻撃してきていいんだよ? お互い名乗り合ったんだし」

 流石に尾方が苦言を呈すると。

「人が話し合っているときに横から妨害するなんて出来るか! 舐めるな!!」

 すっごい怒った。

 これにはカウンターを狙っていた尾方も正面を向かざるを得ない。

 存外戦い難い相手であることを悟り少し苦笑いになる。

「じゃあ、やろうか弐枚田君」

 渋々構える尾方。こうでもしないと始まりそうもないからである。

「うむ、我が正装【二つ結び(ツインテール)】によって幾度と無く地面に這い蹲らせてやろう」

 弐枚田はチャっと懐から二丁拳銃を取り出し構える。

「幾度と無く地面に? そりゃそうだ。いつもの事だよ」

 尾方も正装を見て静かに腰を落とす。ヒソヒソ声でOGフォンに話しかける尾方。

「ほら、メメカちゃんが二丁拳銃はロマンとかいうからおじさんが苦手な飛び道具来ちゃったじゃん」

『いや、私さんは悪くないでしょ。持ち主のせいでロマン要素蒸発してるし。……てかちゃんと聴いてたんスか!?』

「なんかアドバイスとかなぁい?」

『正装なんできっぱりはいえないッスけど、装弾数が少なそうッス。もし狙うならリロードの瞬間ッスね』

『弾数はワシが数えておく、負けるなよ尾方』

「それ、おじさんに言う?」

 ボソボソ小さな声で話しているとスッと弐枚田が構えを解いた。

「ふ、尾方くん。私の獲物になると言う逃れられぬ哀れな運命に免じて、前もってこの正装の能力を教えてあげよう」

「そいつはありがたいね。是非とも教えてもらおうかな」

 ジリっと半身に構え後ろ足に力を入れる尾方。弐枚田はおもむろにポケットからコインを出してコイントスの形をとる。

「私の正装の能力はいたって簡単!」

 そういうと力一杯コインを真上にトスする。天使の力である。コインは一瞬で見えるか見えないかギリギリの高さまで急上昇した。

「左手の銃で撃ったモノと右手の銃で撃ったモノの位置を入れ替える能力さ!!」

『! おっさん危ない!』

 葉加瀬が叫ぶと同時に二枚田は左手の銃を真上に、右手の銃を尾方に向けて発砲した。

 尾方も避けようと横に飛ぶが光速の光弾が正確に二つの的を射抜く。

 次の瞬間。

 尾方がいた場所にはコインがチャリンっと落ち。

 尾方は遥か上空にパッと放り出された。

『尾方!』

『おっさん!』

 二人の声も届かないほどの上空。弐枚田はポーズを決めて笑う。

「ハーハッハッハッハ! パーフェクト! 使用弾数2! 今回も弐枚田弐樹に傷はなし!」

 両手をバッと広げて指をダブルピースにくるりと回る。そして最後のポーズに入る。

「フィニーーーーシ

 グシャァァア!!!

 上空から落ちてきた尾方のニークラッシュがフィニッシュポーズを決める弐枚田弐樹の顔面に落ちてきた。白目を向いた。弐枚田はピクリとも動かない。尾方はヨロヨロと立ち上がる。

「……」

『……』

『……』

 ……。

「いこうか」

 尾方はその場を後にした。
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