『中年の通院(保護者つき)』

文字数 2,336文字



 どうも、皆さんお元気でございましょうか? 

 尾方巻彦でございます。

 なんだ改まってって? 

 まぁ聞いてよ。

 そんな気分にもなることがあってさぁ。

 みんな、一度は経験ないかな? 

 自分としては、そこまで悪くないんだけど、周りが過度に心配して無理やり病院に連れて行かれたこと。

 で、実際なんともない訳よ。

 中々に気まずくなるあれね。

 まぁでも、まだ親が子供を連れて行くならわかる。

 すごいわかる。

 でも、少女二人に無傷の身体で病院に連れてこられたらどう思う?

 しかも三十路のおっさんがよ?

 親族でもない少女によ?

 俺だったらドン引きだよ。

 見たくもないよ。

 余りにもいたたまれなくて。

 でも、もしその自分がその当事者だったら?

 どうしたら良いと思う? 

 おじさん? 

 ああ、おじさんはね。

「ああ、足がもつれて滑ってしまったぁ!」

「尾方ぁ!?」

 怪我がないなら作ればいいじゃない? 頭よくない?


 ②

 良くない。頭が悪いし頭が痛い。

 むしろというか普通に阿呆である。

 状況を説明しよう。

 このオッサン、つい一時間ほど前に若女将の一閃でクビチョンパ、しっかり死亡。

 その後、普通に五体満足で蘇ったのはよかったが、ヒメと加害者が猛心配。

 押しに弱すぎる大人、尾方巻彦は、神直属の総合病院に引きずられて来たのである。

 そこでさっきの独白を突然始めたと思ったら、カウンターの角に頭をぶつけにいき、見事負傷した。

 阿呆だ。

 この中年阿呆だ。

 断るも諦めるも出来ないとこんな阿呆が生まれるのかと勉強になる。
 
 皆は、こんな大人にはならないで欲しい。

 ……本編に戻ろうか。

 先述のとおり、自傷した尾方巻彦はその怪我を持って診察室に通された。

 少女二人を同伴しての堂々たる診察である。

 相対する医者は眉間に皺を寄せまくっている。

 そしてその医者が口を開く。

「尾方、俺初めて合った時に言ったよな? お前の担当になったお陰で、一人分仕事が減って大いに助かると。言ったんだ。言ったんだよ。ところがどうだ? その実、お前は毎日毎日毎日、脱臼、捻挫に切創、神経断裂、骨折、爆傷……外傷の展覧会だお前の身体は、十数人担当が増えた気分だ俺は」

 早口の口調に静かに熱がこもる。

「で、今回はどうだ? それ、自傷だろ。聴いたぞ。足を滑らせてカウンターに頭をぶつけた? お前が? まだ『急に興味が湧いたのでナイフで頭を切開しようとしました』の方が理解が出来る。なんなんだお前は。なんなんだ。あと、ついでに同伴者が幼子二人ってのもなんなんだ? ついに保護者が出来たのかお前?」

 この早口で、少女二人があたふたしてるのも気にせず、悪態を淡々とつく男の名は加治 健次郎(かじ けんじろう)、二十八歳。

 天使と悪魔はその職務上、怪我が耐えないため、担当医が個々人にそれぞれ存在しており、この男が尾方の担当医であった。

「いや、違うのよ健次郎。本当に、ここの掃除業者さん仕事熱心ね。ツッルツルよ床。僕、ビックリしちゃった」

 相手が担当医でもいつもの調子の尾方。おそらく担当初日からずっとこの感じなのだろう。

「あと、この子達? ボカすのも面倒なんでそのまんま言うけどね。親父の孫娘と若女将(加害者)だよ」

「なんでそのまんま言ってるのに、全く意味が分からないんだ? お前の言動には新しい病名が必要か?」

「いいネ、ちゃんと俺の名前付けてよ?」

重度難読(じゅうどなんどく)尾方吃音(おがたきつおん)障害なんてどうだ?」

「やめてね?」

 二人の会話を聞いていた若女将(加害者)が堪らず割ってはいる。

「あ、あの! 尾方さんは大丈夫なんでしょうか?」

 その顔は心底心配そうであり、嘘偽りは感じられない。加治医師はその質問と様子に怪訝そうに尋ねる。

「無論、この怪我については適切に処理させて貰った。これ以上の悪化はない。しかし……加害者? 君がか? あんまり深くは聞かないが、なにものなんだ?」

 その言葉に清は目を逸らす。

「いや、言いたくないならいい。医療行為に関係ないプライバシーの話だったな」

 スッと目線を尾方も戻す。

「俺のときはメチャクチャ聴いてきたじゃない? 男女差別?」

「患者区別だ。お前は毎日のように来る。原因から断つのも仕事の一部だ。全部時間の無駄だったがな」

 加治医師は呆れ顔で棚から薬を何種類か取り出し、尾方に投げつける。

「ほら、化膿止めだ。さっさと帰って寝ろ」

「痛み止めは? くれないの?」

「やらん。そのほうが良い薬になる」

 山積みのカルテを整理しながらもう既に次の患者の準備に入る加治医師。尾方は渋々部屋から出ることにしたようで席を立つ。

「じゃ、また機会があったらねぇ。名医殿」

「機会だと? 無い方が奇怪だこの迷患者め」

 まぁ、このオッサン達、仲のいいことである。尾方が退室する中、加治医師は姫子の方に声をかける。

「あ、それはそれとして、診察室に入ってからずっと青ざめた顔でオロオロしている黒いドレスを着た少女、少し残れ、話しておきたいことがある」

「ん? わ、わたしか? 話? お、尾方の事か?」

 急に自分に話題が降って湧いたので一人称が揺らぐ姫子。

「そうだ、怪我の後処理について色々言っておきたいが、尾方に言っても聞かん、君のほうが適任だ」

「ウソ、俺の信用なさすぎ……」

 初対面の少女以下の信用に落胆しながら尾方は部屋を後にする。正端清も「ありがとうございました!」と医師にビシッと礼をして退室した。

「良かろう! 尾方についてのことは、この悪道姫子が仰せ仕ろうぞ!」

 初対面の相手に緊張しているのか、ややぎこちない尊大さを見せる姫子。

「ああ、話しが早くて助かる、尾方についてだが……」

 説明をあくせくと詳細にメモする姫子の姿は実に健気で、医師は少し悪いことをしたなと後悔した。
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