『鵜飼延時』

文字数 2,893文字



俺の名前は鵜飼延時。

詐欺師兼探偵ってところの。

人畜無害な一般人だ。

...。

自己紹介だけじゃ間が持たないな。

暇なので少し昔話でもしようか。

あれはまだ世界がどうしようもなくおかしくなる前の話。

まだ若造だった俺は。

チンピラに毛が生えた程度のろくでなしで。

その日も、詐欺の為に掛け持ちしてる事務所の一つに入るところだった。

裏路地にある扉のドアノブに手が触れた瞬間。

淡い光と共に天使が現れた。

お前が考えるような異能持ちの異常者達の事じゃない。

真っ白な羽根に光る輪の付いた無垢な少女のようなあの天使だ。

いよいよ持って目がおかしくなったのかと頭を抱える俺に。

端正な顔の天使はこう言ったんだ。


『私を天使にしないか?』


あとは知ってるだろ?

色々は省くが、まぁその。

無知、無能、無鉄砲、無気力、無計画、無頓着。

見かけ以外が一切天使でなかったその少女は。

本当に天使になったんだよ。

お前達オリジンの本当のオリジン。

神は天使を模して人を創ったのではなく。

人を模して天使を創った。

それは裁定装置だったし。

終末装置だったし。

再生機構だったりしたが。

今は維持装置だな。

なんでそんな事まで知ってるのかって?

忘れてないからさ。

天使からのギフト。

一つだけ選べと言われたんで。

思い出を選んだんだよ。

お前みたいなとんでも物件。

死んでも忘れないと思ってたが。

どうやら忘れるらしいから。

生まれて初めて素直に思ったんだ。

忘れたくないと。

で、結果おまけに忘れたいどうでも良い事を大量に覚えてる。

お前らオリジン達の原点(オリジナル)のシャングリラ戦線だって。

俺は居なかった筈なのにしっかり覚えてる。

...話が反れたかな。

いや悪い、話は得意なんだが身の上話は勝手が違うくてだな。

まぁまぁ、兎にも角にも。

逢えてよかったよ尾方巻彦。

お互い中々複雑な身の上だし。

ろくでなし同士シンパシーも感じる。

たまに一緒に呑んでくれよ。たまにでいい。

そうしたら。

数刻。

必ずプレゼントするからさ。




尾方を追って入った倉庫の中には、一人の男が鎮座していた。

落ち着き払って煙草を吸うその姿には、謎の風格がある。

「自己紹介だな。自己紹介をしよう」

倉庫に入って来た大天使二人に対し、落ち着き払った男の突然の提案。

「俺の名前は鵜飼(うかい)。天使だ」

自らを天使となのった男は、立ち上がる様子もなく煙を吐く。

それを受け、江見塚が少し考えてから言う。

「えーっと、嘘ですね。私、全天使一万人ほどの名前を暗記しておりますが。聞かない名前です」

「うん、嘘。引くわ」

吐く息を一層深くした男は煙草で大天使を指す。

「尾方巻彦だろ? 尾方巻彦が目的だな。ならいないよ。すれ違ったんじゃないか?」

「嘘ですね。倉庫前の通路は一本道でした」

「うん、嘘。流石に無理あったね」

鵜飼は気だるげに立ち上がる。

「用がないなら出てってよ。別に手を出したりしないからさ」

シッシと手先で天使を追いやろうとする男。

「嘘ですね。微かですが明確な敵意を感じます。後ろを向こうものなら銃でも撃ってきそうな雰囲気です」

「うん、嘘。天使嫌いだもん俺」

にへらと尾方とは違う少し悪いにやけ顔。

「もう(╬•᷅д•᷄╬) なんなのこの人(*`へ´*) なんでもいいからぶっ飛ばしちゃおうかな☆」

痺れを切らした瑠花が踏み込もうとした瞬間。

「唯一花(ゆいか)」

「―ッ」

一言呟くように自分の正装名を言われ、反射的にブレーキをかけてしまう。

「ああ、やっぱり君がそうなんだ。いや、尾方に聴いただけなんだけどさ」

「聴いてココに居るって事は看過出来るってことかな...?」

少し低い瑠花の声に鵜飼はしたり顔で応える。

「どうだろうか? 看過は無理だな。ほら、見ての通り肉弾戦とか全然なんだよ」

二人の会話の間に正装の笏を鵜飼に向けていた江見塚は渋い顔をしている。

それ気づいた鵜飼はくるりと江見塚の方に向い直す。

「ああ、そっちが正笏(しょうしゃく)だ。どうかな? ちゃんと俺の未来視えてる?」

「...いいえ、文字が霞んでは消えて行く」

「まぁ俺将来性とかないしな」

「嘘ですね...先ほどまで貴方の未来は薄い文字ながら記されていた。つまり」

「なにか仕掛けてるってことだな」

ゆらりと紫煙が揺れるより速く。

大天使二人は鵜飼との間合いを潰した。

触れれば終わりの天よりの遣いが一手。

未来など視なくとも。

詰みである。



『この時間の鵜飼延時は』だが。



深層の紫煙(ディープダイバー)



カチリと時計の秒針が進む霞のような音。

大天使二人の耳には、酷く大きく聴こえ。

視界の隅で煙草の火が消えた。



「―ッ」

大天使の二人は倉庫に入る一歩目で違和感に気づいた。

微かだが、確かな違和感。

『我々は先ほど倉庫に入らなかったか?』

そう、思った先から霞んで行くが。

確固たる自信を持って言える。

「なぜ私達はまた倉庫に入っている?」

瑠花の真摯な声に江見塚が目を伏せて思考する。

尾方巻彦を追ってここまで来た事は覚えている。

だが、この違和感はなんだ。

上げた顔で倉庫を見回しても、誰の姿も見受けられない。

ここで...誰かに...

「江見塚! 時間!!」

違和感の正体にいち早く気づいたのは瑠花だった。

反射的に懐から懐中時計を出す江見塚。

そこには。

「なぜ? 我々が作戦を開始してからこれほど経っている...?」

どう計算しても。

三十分ほど時間が跳んだとしか思えない。

そんな時刻が刻まれていた。

聴いた事がある。


「...時喰い」

ぼそりと江見塚か呟く。

そう。天使の間で噂される。

任務を失敗した天使の言い訳。

作戦に参加した天使が、作戦中突然姿を消し、終わった頃にひょっこり現れる。

サボっていたと糾弾された天使が口々に言うのだ。

時喰いに逢った。

時間を喰われたと。

だれぞ悪魔の仕業かと被害にあった天使に質問を投げかけるが、

被害にあった天使は皆、記憶にないと言うのだ。

ただ、時が喰われたとしか言わないのだ。

故に、天使達のサボりの言い訳として定着している。

もはや都市伝説のような存在。

目の当たりにして思う。

「食べられた」


鵜飼延時の権能。

深層の紫煙(ディープダイバー)

私を持ってその全容は明らかではない。

何故なら彼は私が権能を与えた悪魔ではないのだ。

元々持っていたと思われる世界の欠陥。

葉加瀬芽々花と同じくバグの一人である。

いや、観測されただけでは最初のバグ。

不確定時事象の根幹のようなやつなのだ。

観察から得られる権能の中身は。

最初のトリガーは煙草の煙を対象が吸うこと。

発動は煙草の火が消えること。

煙草の煙を対象が吸ってた時間の数倍の時がスキップされ。

その間に起こった事実をかき消して元に戻す。

言うなれば、

トリガー付きの『時間停止+時間加速』、事実無根のおまけつき。

つまり究極の時間稼ぎである。

恐らく個々人の内包世界へ干渉し誤作動を引き起こしているものと考えられるが。

なんでこうもバグ共は私達の干渉して欲しくない部分に手を出すんだ腹立たしい。

バグへの干渉は後に世界にどの様な影響が出るか不明のため対処を保留にしているが、鵜飼だけでもどうにかしておくべきだろうか。

だがまぁ。

結果、大天使二人は戦場から致命的な時間隔離された。

その間に戦場は、激動の動きを見せる事となる。
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