大塚家vs連休(1)

文字数 2,777文字

 本日は晴天なり。絶好の行楽日和になった。
「友樹よ、苦しくはないか?」
「……」
 こくん。親指をしゃぶりながら頷く甥っ子。歩美は抜け目無くその瞬間を撮った。
「ロック画面に使おう」
「友美はどうだ?」
「だいじょーぶ」
 よし、チャイルドシートは二人とも問題無いな。新品だから違和感があったりせんかと心配していた。
「では出発しよう」
「楽しみですね」
「友美と友樹は私に任せてね」
「頼んだぞ」
 俺が運転席で麻由美が助手席、歩美は後部座席中央に座る。左右をチャイルドシートに挟まれて窮屈そうだが、本人は可愛いイトコ達を独占出来て上機嫌だ。
 ちなみにさらに後ろにもう一列シートがある。今は荷物置き場になっているが、美樹と友也、あるいは麻由美のご両親がさらに同乗しても平気な最大八人乗り。友樹が生まれたことで以前使っていた六人までのミニバンが手狭になったのでな、思い切って買い替えた。昨日納車されたばかりで実はこれが俺の初乗車。
 今回の車はガソリンで発電してモーターを動かす半電気自動車。このような車を動かすのは初めてなので年甲斐も無くワクワクする。
 そして同時にハラハラした。絶対に事故など起こしてはならんぞ、俺。
「シートベルトはしたな?」
「したよー」
「しました」
「よし」
 アクセルを踏んでみた。
「おお」
 思った以上に加速が早い。流石に動力的には電気自動車なだけある。モーター車は加速性能が高いと言われておるが本当だった。慎重に踏み込んで正解だ。
「なんだか普通の車より音が静かですね」
「そうだな。起動時だけ大きな音がしたが、子供を乗せる身としてはありがたい」
 バックミラーで確認すると、友美と友樹は二人とも窓から外の景色を眺めている。時折あれは何かと指差して歩美に解説してもらっていた。
「友美、友樹、寝てもいいからな。道中長い」
「だいじょーぶ」
「おーぶ」
「そうか」
 まあ、せっかくの旅行だ。こやつらも見慣れない景色を楽しみたかろう。
 信号待ちで停車した。するとアイドリングストップでエンジンも止まる。さらに車内は静かになった。
 しかし、信号が青になったので走り出そうとすると、いきなり大きなエンジン音。俺は驚き、麻由美も驚き、友樹もビクッと跳ねる。
「は、発進時は大きな音がするんですね」
「うむ……出発する時もそうだったから、よく考えたら当たり前だな」
 驚かされはしたが、まあそういうものだと知ってしまえば次から心構えが出来る。子供が寝ている最中だと起こしてしまうのではと心配になるが。



 しばらくすると海沿いの道に出た。
「ほら二人とも、海だよ~」
「うー」
「よくみえない」
 すまん友美、右側の席にしてしまったせいでせっかくの海も見えんか。とはいえ走行中にチャイルドシートから下ろすわけにもいかん。
 心の中で謝っていると前方にコンビニを見つけた。ちょうどいい、あそこに立ち寄るとしよう。ついでに海も見せられる。
「少し休憩だ」
「早くない?」
「友美にも海を見せてやれ」
「あ、そか」
 海沿いの店舗の広い駐車場に車を停める。
 ううむ、前の車より余裕が出来たとはいえ、やはり俺には運転席は窮屈だな。軽くストレッチをして凝りをほぐす。
「やっぱり違和感あるなー」
 車から降りた俺を見て苦笑する歩美。俺の服装のことを言っとるのだろう。運転に和装は不向きなので、今日は普通のシャツとジーンズである。
「ママはこの父さんを見てどう思うの?」
「そうね、学生時代のこの人を知ってるから懐かしい気分になるわ」
「そんなもんか」
「お前も日焼けしたら学生時代を思い起こさせるかもしれんな」
 我が妻はかつてガングロだった。
「日焼けはお肌の大敵なんで、もう嫌ッス」
「さて友美、友樹、俺が担いでやろう。存分に海を眺めよ」
 俺は二人を肩に座らせてやった。
 その姿を見て、またしても歩美が呟く。
「なんかプロレスラーみたい」
「お前の父だ」



「停めさせてもらってこのまま出て行くのもなんだな」
「お菓子と飲み物でも買って行きましょうか」
 ひとしきり海を眺めた後、俺達はコンビニに入った。目的地までは遠い。麻由美の言う通り、色々買い込んでおいた方がいいだろう。
「そういえば今日ってこの後どこに行くの?」
 今さら歩美が訊いてきた。こやつ、計画の段階では全く話し合いに参加して来なかったからなんにも知らん。
「まずは水族館だ。それから内陸に入り、夜は民宿に泊まる」
「みんしゅく?」
「知らんか。普通の宿と違い、一般の家屋に近い形態の宿だな。農家や漁師が副業として営んでいることが多い」
「へー……」
 歩美は少し不安そうな顔になった。まあ、今の説明だけでは見ず知らずの他人の家に泊まるような感覚に陥ったかもしれない。
「安心せよ、あくまで普通の宿より家庭的というだけだ。きちんとした宿泊施設だし今日の宿を紹介してくれた当間が言うには『素晴らしい宿だった』そうだ」
「とうまさんて誰?」
「俺が学生時代に通っていた道場の跡取りだ。今は大学の柔道部でもコーチをしていてな、他校との合同練習のため遠征した際、そこに泊まったらしい。とにかく良いところだったから一度行ってみろと強く薦められた」
「なるほど」
 などと俺達が話している間に、麻由美と子供達はお菓子コーナーを見ていた。
「ともき、おかしはさんびゃくえんまでだからね」
「さんあくえん?」
「おねえちゃんがけーさんしたげる。これとこれならどっちもひゃくえんだからしょうひぜいこみで、にひゃくにじゅうえん」
「え? 友美ちゃん、もうそんな計算まで出来るの? すごい」



 コンビニを出た俺達は再び車に乗り込み、海沿いの道を走り出した。
「友美、あ~ん」
「あ~ん」
「友樹、はい、あ~ん」
「あーん」
 歩美はイトコ達に次々お菓子を与え、ますます上機嫌になっておる。まるで親鳥と雛だ。あやつも大概な姉馬鹿よな。
「あなた、お茶飲みます?」
「頼む」
「はい、どうぞ」
「うむ」
 自然に麻由美の差し出したペットボトルから茶を飲み、直後に気が付いた。
 俺も友美達と同じことをされておる。



 二時間後、ようやく水族館に到着した。
 が、友美と友樹は眠ってしまっていた。
「どうする父さん?」
「もう少し寝かせておけ」
 こんなこともあろうかと時間に余裕を持たせてある。水族館の中を見て回るのは昼からでいいだろう。ガイドブックによればここで飯も食える。
 この場所から例の宿までは一時間ほどだ。昼食後に二時間も見て回って出発すれば夕方に着く。
「暇なら少し散歩するか?」
「子供達は私が見てますから、行って来ていいですよ」
「じゃあ行こうか」
 そんなわけで俺と歩美はそのへんをぶらついて来ることにした。

 義理の子と 二人で歩く 散歩道

「そういえば、あの少年は当間の道場へ行っただろうか?」
「なんの話?」
「いや、なんでもない」
 海を眺めつつ、俺は娘の頭を撫でた。
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登場人物紹介

 大塚 豪鉄。主人公で開始時点では33才。2m近い高身長で体型もがっしりしている。加えて強面なため洋服を着ているとプロレスラーかラガーマンだと思われがち。和装中心になってからはヤクザと誤解される。中身は善良な一般人。

 両親の死後、父の知り合いに紹介され有名な家電メーカー「ブラックホール」に高卒で入社。名前に相応しいブラック企業だったが、妹のためと歯を食いしばって十年以上勤務。その妹が立派に独り立ちした後も辞め時を見つけられず残留。しかし、たまたま買った宝くじで三億円当ててしまい、これぞ天の啓示と考え、ついに退職。以後は東京から実家に戻り、悠々自適の一人暮らしを続けている。しばらく働くつもりは無い。

 趣味は川柳。サラリーマン川柳に毎年応募していた。他にも漫画、ゲームなど意外と俗っぽいものが好き。和装も文豪気分になれるから始めただけ。何か新しいことを始めるたびに珍奇なハウツー本を買う悪癖もある。

 特技は家事全般。サラリーマン時代にストレス解消の一環として家事にのめり込んだ結果。

 顔は怖いが、気の優しさが滲み出ているらしく子供には好かれる。特に姪の友美を可愛がっており、友美も懐いている。そのため妹夫婦の海外出張中、一ヶ月間預かることになった。

 夏ノ日 友美。豪鉄の妹の娘。つまり姪っ子。親の教育の成果でまだ3歳とは思えないしっかり者。でも子供らしい失敗も多い。顔は母親似。まっすぐな髪質だけ父から遺伝した。両親にも伯父にも溺愛されている。父方の血の繋がらない祖父も可愛がっている。

 生まれた時から身近な存在だったため豪鉄の顔は怖くない。むしろ面白おじさんという認識。

 本を読んでくれる人とお菓子をくれる人はだいたい好き。ただしママは別格のママ大好きっ子なので母親がいない場所ではぐずることも多い。

 オムライスと絵本「悪の魔女シリーズ」も大好き。

 笹子 麻由美。中学・高校時代の豪鉄の後輩。中学生の時にいじめの現場に出くわした豪鉄に助けられて以来、彼に好意を抱いてこっそりつけ回していた。

 ギャルはいつでも強気→ギャルは勇気の塊→告白するにはギャルになるしかないという思い込みに到り、豪鉄を追って同じ高校へ入学した時、突然の高校デビューを果たす。結局告白はできなかったが妹分として可愛がられてはいた。ずっと豪鉄の後ろをついて回っていたことから当時のあだ名はヒヨコ。

 片思いのままの卒業後、大学で第二の運命の出会いを果たし、同い年の浮草 雨道と結ばれる。順調に交際を続け婚約するも、直後に雨道は未知の病にかかって急逝した。

 雨道の死後に妊娠が発覚。彼の子・歩美を産んで両親と共に実家で子育て中。一時期は清掃や内装を行う会社の事務員をしていたが、現在は市役所の臨時職員。休みを取りやすく娘のために時間を使えるので性に合っている。

 歩美の九歳の誕生日が近いある日、豪鉄と十数年ぶりの再会を果たす。普段は普通なのだが、彼が相手だと学生時代の口調に戻り、語尾に「ッス」をつけてしまいがち。

 笹子 歩美。麻由美の娘で小学三年生。年齢の割に言動がしっかりしておりクール。なおかつ父親譲りの美形なので同性にモテる。もちろん異性にも密かにモテている。とはいえ子供なので子供らしい姿を見せることも多い。

 体を動かすのが好きで、動きやすさを優先し、もっぱらジーンズを着用。なので男子に間違われることも少なくない。

 成績は中の上。地頭が良いので努力するとすぐに上がる。これも天才だった父からの遺伝。父方はそういう一族。

 誕生前に父が病死しているので母と祖父母に育てられた。しっかり者に見えて身内には甘える。

 数多く友人がいて、特に小一からの付き合いの沙織、木村は親友。でも木村少年は最近少しよそよそしい。

 見かけの圧が強烈な豪鉄に対しても臆面無く接する大きな度量の持ち主。しかし友美の可愛らしさにはすっかり骨抜きにされた。それがキッカケで教育者になりたいという夢も抱くようになる。

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