七・今度こそ本当に

文字数 926文字

 脱いだ後、きちんと揃えておいた靴にまた足を突っ込む。
 しっかり済ませた宿題はランドセルの中。
 外へ出ると良い天気だった。真っ青な空。こんな日にはサッカーしたくなるね。今日は前みたいに木村達の遊びに混ざってみようかな。
「快晴だな。一週間の始まりに相応しい」
「そうだね」
 おじさんも続いて家から出て来た。今日はいつもの和装。
 おじさん、宝くじで一等を当てて仕事を辞めたけれど、最近また就職した。今は市役所で働いてる。一家の大黒柱となった以上、運良く手に入れたあぶく銭でなく自分で稼いだ金でお前達を食わせていきたいと、ママと結婚する前にそう言っていた。
「まあ、雨は雨で風情があるがな」
「そうだね」
 私も雨は嫌いじゃないよ。パパを思い出す。パパの方のおじいちゃんとおばあちゃんに聞いたことがあるんだ。パパの“雨道”って名前は、パパが生まれた日、ずっと雨が降り続いてたのを見たひいおじいちゃんが“どんな辛いことがあっても挫けずに歩いて行ける人になって欲しい”という願いを込めて名付けたんだって。

 ──私にだってさ、子供なりに嫌なこととか辛いこととか、けっこうあるよ。
 ママに対して腹を立てたことだってある。ママがおじさんと再会して、あの人が初恋の人なんだって教えられた時も、ちょっとモヤッとした。それまではパパのことが一番好きなんだって思ってたから。
 でも負けない。パパは最後までママの心配をしてたって聞いた。病気で死にそうな自分のことより残されるママの方を大事にしてたんだ。
 私は、そんな優しくて強いパパの娘だからね。

「さて、それではいってくる」
「いってらっしゃい、あなた、歩美」
 おじさんと入れ替わりで仕事を辞め、専業主婦になったママが見送ってくれる。
「お前達も気を付けてな、麻由美、歩美」
 そう言って私の通学路とは逆方向に歩き出すおじさん。こっちはまだ立ち止まったまま、その大きな背中に声をかける。

「父さん!」
「ッ!?

 ビックリして振り返ったところへ、大きく手を振った。

「父さんも気を付けてね! いってきます!!

 こうしてアタシは、ようやく本当に、

 大塚(おおつか) 歩美(あゆみ)に、なったのだ!



                    (『歩美ちゃんは勝ちたい』へ続く)
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登場人物紹介

 大塚 豪鉄。主人公で開始時点では33才。2m近い高身長で体型もがっしりしている。加えて強面なため洋服を着ているとプロレスラーかラガーマンだと思われがち。和装中心になってからはヤクザと誤解される。中身は善良な一般人。

 両親の死後、父の知り合いに紹介され有名な家電メーカー「ブラックホール」に高卒で入社。名前に相応しいブラック企業だったが、妹のためと歯を食いしばって十年以上勤務。その妹が立派に独り立ちした後も辞め時を見つけられず残留。しかし、たまたま買った宝くじで三億円当ててしまい、これぞ天の啓示と考え、ついに退職。以後は東京から実家に戻り、悠々自適の一人暮らしを続けている。しばらく働くつもりは無い。

 趣味は川柳。サラリーマン川柳に毎年応募していた。他にも漫画、ゲームなど意外と俗っぽいものが好き。和装も文豪気分になれるから始めただけ。何か新しいことを始めるたびに珍奇なハウツー本を買う悪癖もある。

 特技は家事全般。サラリーマン時代にストレス解消の一環として家事にのめり込んだ結果。

 顔は怖いが、気の優しさが滲み出ているらしく子供には好かれる。特に姪の友美を可愛がっており、友美も懐いている。そのため妹夫婦の海外出張中、一ヶ月間預かることになった。

 夏ノ日 友美。豪鉄の妹の娘。つまり姪っ子。親の教育の成果でまだ3歳とは思えないしっかり者。でも子供らしい失敗も多い。顔は母親似。まっすぐな髪質だけ父から遺伝した。両親にも伯父にも溺愛されている。父方の血の繋がらない祖父も可愛がっている。

 生まれた時から身近な存在だったため豪鉄の顔は怖くない。むしろ面白おじさんという認識。

 本を読んでくれる人とお菓子をくれる人はだいたい好き。ただしママは別格のママ大好きっ子なので母親がいない場所ではぐずることも多い。

 オムライスと絵本「悪の魔女シリーズ」も大好き。

 笹子 麻由美。中学・高校時代の豪鉄の後輩。中学生の時にいじめの現場に出くわした豪鉄に助けられて以来、彼に好意を抱いてこっそりつけ回していた。

 ギャルはいつでも強気→ギャルは勇気の塊→告白するにはギャルになるしかないという思い込みに到り、豪鉄を追って同じ高校へ入学した時、突然の高校デビューを果たす。結局告白はできなかったが妹分として可愛がられてはいた。ずっと豪鉄の後ろをついて回っていたことから当時のあだ名はヒヨコ。

 片思いのままの卒業後、大学で第二の運命の出会いを果たし、同い年の浮草 雨道と結ばれる。順調に交際を続け婚約するも、直後に雨道は未知の病にかかって急逝した。

 雨道の死後に妊娠が発覚。彼の子・歩美を産んで両親と共に実家で子育て中。一時期は清掃や内装を行う会社の事務員をしていたが、現在は市役所の臨時職員。休みを取りやすく娘のために時間を使えるので性に合っている。

 歩美の九歳の誕生日が近いある日、豪鉄と十数年ぶりの再会を果たす。普段は普通なのだが、彼が相手だと学生時代の口調に戻り、語尾に「ッス」をつけてしまいがち。

 笹子 歩美。麻由美の娘で小学三年生。年齢の割に言動がしっかりしておりクール。なおかつ父親譲りの美形なので同性にモテる。もちろん異性にも密かにモテている。とはいえ子供なので子供らしい姿を見せることも多い。

 体を動かすのが好きで、動きやすさを優先し、もっぱらジーンズを着用。なので男子に間違われることも少なくない。

 成績は中の上。地頭が良いので努力するとすぐに上がる。これも天才だった父からの遺伝。父方はそういう一族。

 誕生前に父が病死しているので母と祖父母に育てられた。しっかり者に見えて身内には甘える。

 数多く友人がいて、特に小一からの付き合いの沙織、木村は親友。でも木村少年は最近少しよそよそしい。

 見かけの圧が強烈な豪鉄に対しても臆面無く接する大きな度量の持ち主。しかし友美の可愛らしさにはすっかり骨抜きにされた。それがキッカケで教育者になりたいという夢も抱くようになる。

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