おじさんと甥っ子と義弟と、そして
文字数 4,451文字
「は、はい」
「おーちゃ? とちゃ?」
俺は今、義弟と甥っ子と共にちゃぶ台を囲んでいる。連休最終日、女達は買い物に出かけた。今日の新聞に入っていたチラシを見て目の色変えてすっ飛んで行きおった。衣類の大安売りが行われているらしい。旅行から帰ったばかりなのに元気な奴等よ。
「まあ、そう緊張するな。珍しく我等だけになった、たまには男同士でゆっくり話そう」
「あ、なるほど。そういうことでしたか」
「どういうことだと思ったのだ?」
「えっ、いえ……」
ふん、おおかた説教されるとでも思ったのだろう。その腰の引け方を見たらわかる。
「もう一度言うが構えるな。単に話したいだけだ」
「はい……」
「友樹よ、お茶を飲むか?」
「うん」
「友也よ、ビールがいいか?」
「冗談ですよね?」
「無論だ」
こんな真っ昼間から酒を飲むなどと言ったら、それこそ説教していたところだ。
「お前も茶を飲むがいい」
「ありがとうございます」
友也の前の湯飲みに急須で茶を注いでやる。友樹には熱いのは出せんので、買い置きのペットボトルの茶をプラスチックのコップに注いでやった。すまんな。
俺も熱い茶を一口啜り、さて何を話したものかなと考える。急に男ばかりになったものだから実は何も考えておらん。
しばし思考を巡らせ、あることを思い出して問いかけた。
「沖縄では結局、何の調査だったのだ? 海底遺跡とか言っていたが」
「すいません、詳しくは話せないんです」
「そうだったな、すまん」
こやつらの仕事には守秘義務があるのだった。スポンサーはあの世界的大企業カガミヤらしいが……ここ数年、友也達のような学者に大金を払って世界中の遺跡を調査し続けているそうな。いったい何がしたいのやら。
「金持ちの考えはよくわからん」
「お金と言えば、本当ですか? 宝くじで当てた賞金がほとんど残ってないって」
「……一応、歩美の将来のため、俺と麻由美に何かあった場合に備えていくらかは残してある」
「なるほど。でも三億円も当てたんですよね? こんなにすぐ無くなるなんて何に使ったんですか?」
「あやつらと一緒に住むに当たり、この家を修繕したり改築したり……車も買ったからな、なんだかんだとけっこう使っている。そもそも前の会社を退職した時点で大分減っていたしな」
「職場の人達に分けたんでしたっけ?」
「うむ」
俺だけあのブラック企業から逃げ出すのは後ろめたかった。そこで、もう限界だ、辞めたいと言っていた仲間達に当座の生活資金を渡し、お前達も辞めろと薦めた。
後々知ったが、あの会社が潰れるキッカケになった外国人技能実習生への犯罪まがいの不当な扱い。情報をすっぱ抜いた記者は、突然大勢の社員が同時期に自主退職したという噂を聞いて何かあると嗅ぎ付け取材を開始したのだそうだ。図らずも俺のしたことが倒産の原因を作ってしまったらしい。
してきたことを思うと自業自得ではあるものの、美樹の学費を払えたのは会社のおかげ。なので少しばかり申し訳ない気分になった。採用してもらえるよう口を利いてくれた親父の友人は定年退職した後だったので、それだけは幸いだったが。
当時の同僚には俺の渡した金を元手に商売を始めた者達もいて、順調に稼いでいる何人かは別にいらんと言ったのに毎月少しずつ返済してくる。貸したわけではないんだが。
(まあ、おかげで家計は助かっている)
かつての仲間達の顔を思い浮かべ、もう一口茶を啜った。今年もあいつは野菜を送ってくるかな?
「去年の水害の時も市に匿名で寄付したって聞きましたけど」
「美樹め」
黙っていろと言ったのに、話しおった。
昨年の夏、市の外れの地域で大きな水害があった。そこで残っていた金から三千万ほど寄付したのである。おかげで今はすっからかんよ。
「歩美のための備えを除けば、たしかにもうほとんど、あの金は残っておらん」
残念かと問い返しそうになって寸前で言葉を呑む。それはあまりに失礼な発言だ。そもそも、こやつはそんな男ではない。
「すごいなあ……僕には、そこまで思い切ったことは出来ません」
やはり単純に感心しておる。
義弟は自分の息子に語りかけた。
「友樹、大きくなったら豪鉄おじさんみたいな立派な人になるんだよ」
「たわけ、俺は俺、友樹は友樹だ」
結局説教しなければならん。
「お義兄さん……」
「友樹はお前に似ておる。なるとしたら、お前のような男だろう。息子は父の背中を見て育つものだ。それで良い。お前も立派に家族を養っておる。むしろ俺のような男になると女房子供にいらん苦労をかけてしまうぞ」
ぽんぽん金を配ったりしなければ今も我が家の家計は安泰だった。ところが最近は贅沢しないようなるべく切り詰めた生活をしておる。だからバーゲンなどに飛びつくのだろう。麻由美と歩美には申し訳ないことをした。
とはいえ麻由美は、俺が残った金を寄付すると言ったら、惚れ直しましたなどと返してくれたが。
『それでこそごーてつセンパイッスよ。心配しないでください、いざとなったらアタシもパートかなんかで働きます』
まったく、惚れ直したのはこっちだ。
「まあ、そんなわけだ。お前も胸を張って生きろ。美樹は少し……いや、かなり無鉄砲なところがあるからな、お前のような男が傍にいてくれると、俺としても安心出来る」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「うむ……ああ、話は変わるのだが」
また思い出した俺は、この一週間で撮影した友樹と友美の写真を義弟に見せてやった。
「ここにいた間の成長記録だ」
「おおっ、ありがとうございます。うわー、うちの子達可愛いなー」
「全面的に同意しよう」
友樹の頭を撫でつつ頷く。
「それにしても友樹は、お姉ちゃんの後ろにくっついてばかりだなあ」
「そうだな」
俺達が一緒にいる時はともかく、二人だけにすると姉の後ろをよちよちついて歩くのが友樹の常だ。
最初、俺は姉に甘えているからだと思っていた。だが──
「はは、やっぱり友美を守ってるつもりなのかな」
「……ふっ」
どうやら、こやつも同じことを考えていたらしい。
無論、真相はわからん。だが俺もここ数日こやつを見ているうちに、ひょっとしたらと思ったのだ。友樹は姉に甘えているのではなく、逆に守っているつもりなのではと。
「小さくとも男だからな」
「ははは、そうなんですよ。これで意外と頼もしいところが……あれ? 急に古い写真が出てきた。これって昔の友美ですよね?」
「いや、友樹だ」
「ぶっ!?」
お茶を噴き出す義弟。例の友樹の女装写真を見たようだ。
「あ、す、すいません!」
「気にするな、俺も驚いた」
布巾を持って来て濡れたテーブルを拭く。別に怒らんが、存外リアクションの大きい男だな、お前。
「ど、どうしてこんな……」
言いつつ画面を食い入るように見つめる友也。気持ちはわかる。
「歩美の悪戯だ。最初は叱ったのだが、たしかに可愛いのでデータを貰っておいた」
「うう、本当に可愛い……ものすごく可愛い……! でも、男の子だし……」
うむ、苦悩せよ父親。万が一、本当に息子が女装趣味に目覚めてしまった場合に備えて対応をシミュレーションしておけ。俺はそれがこやつのやりたいことなら受け入れてやる覚悟を決めたぞ。
「まあ、まだまだ先の話だ。なあ友樹」
「う?」
こやつは二歳。人生は始まったばかり。
いや、俺もお前の父も相変わらずの道半ば。より一層精進せねば。
男達 険しき道の 先長く
「我等三人、それぞれの“漢”を貫いて行こうではないか」
あんたのように。なあ、親父。
それから数日後のことである。
急に体調を崩した麻由美を初めて仕事を休んで病院まで連れて行くと、医者に予想外のことを言われた。
「妊娠してますね、三ヶ月ほどかと」
「なに?」
「えっ」
俺達は驚き、顔を見合わせ──吠えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「あ、あなた!?」
「でかした! でかしたぞ麻由美!!」
「あ、危ない。センパイ、危ないッス!!」
「そそそ、そうだな、すまん」
興奮しすぎて麻由美を高々と掲げてしまった。妊婦はもっと丁重に扱わねば。
帰ってから歩美に報告すると、歩美も吠えた。
「やったああああああああああああああああああああああ!! おめでとうママ!!」
「ありがとう歩美」
「こやつ、だんだん俺に似て来たぞ」
「本当ッスよ」
そして、それから半年後。
麻由美が出産を終えた直後に美樹達が到着した。
「えっ、双子だったの!?」
「お前の予言が当たったぞ。いよいよもって魔女だな」
半年前、麻由美が妊娠したことを伝えた時、男か女かという話題になったら、こやつめこう言ったのだ。
『両方だったりしてね、あはは』
「流石だよ美樹ちゃん……」
「おかーさんすごい」
「すごい」
「いや、冗談だったから。占いとかじゃないからね!?」
まあ魔女の予言というより、大塚家伝統のクジ運だろうな。麻由美は見事に大当たりを引き当ててくれたわけだ。もちろん俺達は事前に知っていたが、驚かせるため美樹達には伝えなかった。
「なんにせよ、これで息子と娘がいっぺんに増えたじゃない。大丈夫、兄さん?」
「なんとかなる」
してみせようとも、必ずな。
「友美ちゃん友樹くん、赤ちゃん達に触ってみる?」
「うん」
ベッドの上から麻由美が呼びかけると、友美は早速赤ん坊達の頬や手に触れた。臆する様子がまったく無い。やはり大物だなお前。
一方、友樹はおそるおそる俺の娘の手に触れる。その姿に幼い頃の記憶が蘇った。
「……」
「こやつめ」
あの時の俺と同じような顔をしておる。ぽかんと口を開けおって、そんなに衝撃を受けたか?
まあ、俺と同じ感慨を抱いたのかはわからんが、ひょっとしたらこれもこやつの人生を左右する出来事になるかもしれん。
「強くなれ、友樹」
「うん」
友樹は小さく頷いた。
そして我がもう一人の娘も表情に決意が滲み出ている。
「どうした歩美?」
「父さん、私、進路を決めたよ」
「もうか?」
まだ中一なのに気の早いやつだ。
「まあ、まだ具体的には決まってないけどね。子供に関わる仕事がしたい」
「そうか」
なら、これからゆっくり何になるかを決めていけ。教師か保育士か、あるいは子育てを研究する学者か。運動神経の良いお前だ、スポーツのコーチなどもいいだろう。なんでもいいぞ、俺と麻由美は精一杯その夢を応援する。
「頑張れ」
「頑張る」
冬の木枯らしが迫りつつある季節。しかし病室の中は温かな空気に満ちていた。
美樹、友也、友美、友樹。
麻由美、歩美。
これからもよろしくな。
そして、新たに生まれた我が子達よ。ここにいるのがお前達の家族だ。俺が、お前達の親父だ。
さあ、全力でかかって来い! こちらも全力で応えてやる! どれだけ可愛いかろうと、そう簡単には負けてやらんからな!
親馬鹿の 自覚持たざる 負け戦
「とりあえず、また本を買いに行くか」
(おわり)