おじさんvs姪っ子

文字数 1,941文字

 妹夫婦が仕事で一ヶ月だけ海外へ行くことになった。
 うちは両親も祖父母もすでに他界している。義弟は養護施設育ちで親戚は無し。養父になってくれた施設の所長殿とは仲が良いらしいがな。
 そして俺はたまたま買った宝くじで一等前後賞三億円を当ててしまったため仕事を辞め、趣味の川柳を読みながらのんびり暮らしている。しなくていいことはなるべくしない主義なのだ。
 なら川柳もするな? 暇潰しは必要だろう。退屈が過ぎると人は心が死ぬ。
 少し話が逸れたが、そんなわけで三歳の姪っ子を預かることになった。なんとなく文豪らしく見えるという理由で少し前から和服を着るようになった俺は、その三歳児と自宅の座敷で向かい合い座っている。仏前で誓いを立てるために。

「友美よ」

 今時珍しいキラキラしてない名前の姪っ子。俺の声に人形で遊ぶのをやめ、顔を上げる。艶のある黒髪。大きな眼。幼き日の妹を思い出させる愛くるしい面差し。
 だが、俺は甘くない。日本の女子たるもの淑やかな大和撫子になるべし。可愛いお前をしっかりした大人に育てるため、俺は心を鬼にするぞ。
「早速本屋で『猿でもなれる大和撫子』という本を買ってきた。今日からお前にはこれに基づいた教育を行う。覚悟はいいか?」
「おかーさんどこ~?」
「お前の父と母は仕事でしばらく帰らぬ。心を強く持て」
「やだー! おか~さんにあいたい~!」
「友美、落ち着け、今言ったようにお前の母は」
「おか~さんがいい! おか~さんがいい! うわあ~ん!!
「よし、昼はオムライスを作ってやろう」
 俺は本を投げ捨て、姪をだっこした。



 いかん、泣く子につい(ほだ)されてしまった。昼飯を作った後、俺は放り投げた本を拾って開いてみる。
「ふむ、淑やかに育てるにはまず礼節を叩き込むべしか。ちょうどいい」
 本を閉じた俺はちゃぶ台についてオムライスの到着を待つ姪の前に、ほかほかのそれが乗った皿を置く。ふっ、ちょうど良い機会だ。しっかり学ぶが良い。
「友美よ、食事の前にはまず」
「いた~だき、ます!」
「う、うむ、いただきます」
 先に言われてしまった。おのれ姪よ、まさかこの伯父の考えを読んだか?
 とりあえず素早く自分の飯を平らげた。なにせゆっくり食っている暇など無い。
「ほら、また零してるぞ」
「う~」
「気を付けろ。だがまあ、まだ小さいからな」
 子供の食事などこういうものだ。ぽろぽろこぼすし口の周りも服も汚れる。食べている最中に遊び出したり、ほとんど食べずに残さないだけ、お前はマシだぞ。マナーなど少しずつ時間をかけて学んでいけ。
「ごち、そう、さま、でした!」
 なんと、こやつ食後の挨拶まで自発的に……まさか天才か?
「おいしかった!」
 天才だ! 俺は感涙した。



 姪を預かった。たった一ヶ月だが、されど一ヶ月。この一ヶ月がこやつの将来に深刻な影を落とさんとも限らん。
 しっかりするのだ俺。最初の食事が無事終わった今、ここからが肝心。今度こそ厳しくしつけてやれ。
「最近のよだれかけは便利だな」
 とりあえずシリコン製のよだれかけを水道で洗った。すぐに乾くし着脱も簡単。便利な世の中になったものだ。
「おじちゃん、もってきたよ、はい」
「おお、食器を持ってきてくれたのか」
 若いのに良く出来ている。妹の教育が良いらしい。
 フン、だが俺も負けてはおらんぞ。

 ──皿洗いを終えた俺は、再び姪と座敷で対面する。

「友美よ」
「……」
「眠いのか?」
「だっこして……」
「よかろう」
 親と離れて寂しかろう。当面その程度のわがままは許してやる。そうしないと俺の心が痛い。
 抱き上げてゆらゆらしていたら、そのまま眠ってしまった。俺は仏壇の前から座布団を引っ張ってきて、その上に姪を寝かせる。
「腹が冷えるな。バスタオルでも持って来るか」
 枕も必要だ。今度昼寝用品を一式買おう。



 夕方、目を覚ました友美が外に出たいと言うので散歩することにした。
 靴を履くのに苦戦していたので手伝ってやる。
「ありがとうおじちゃん」
「マジックテープの靴くらい、自分で履けるようにならんといかんぞ」
 外へ出た俺達は近所の公園を目指すことにした。
「友美よ、危ないから手を繋ぎなさい」
「うん」
 素直な奴め、そんなにこの伯父と手を繋ぎたかったか?
 すまん嘘だ、俺が繋ぎたかった。小さい手だな、こうしていないと不安になる。
「おじちゃん、あるくのはやい」
「すまん」

 ──子供の歩幅に合わせて歩くと普段使わない筋肉を使うらしい。それとも公園でさんざっぱら一緒に走り回ったせいだろうか? あるいは帰って来てから小一時間馬になって家中練り歩いたからかもしれん。
 翌日、筋肉痛になった。

 伯父の道 まだまだ険し 先長し

「友美よ、お前の大和撫子への道と同様、俺も一人前の伯父を目指すぞ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 大塚 豪鉄。主人公で開始時点では33才。2m近い高身長で体型もがっしりしている。加えて強面なため洋服を着ているとプロレスラーかラガーマンだと思われがち。和装中心になってからはヤクザと誤解される。中身は善良な一般人。

 両親の死後、父の知り合いに紹介され有名な家電メーカー「ブラックホール」に高卒で入社。名前に相応しいブラック企業だったが、妹のためと歯を食いしばって十年以上勤務。その妹が立派に独り立ちした後も辞め時を見つけられず残留。しかし、たまたま買った宝くじで三億円当ててしまい、これぞ天の啓示と考え、ついに退職。以後は東京から実家に戻り、悠々自適の一人暮らしを続けている。しばらく働くつもりは無い。

 趣味は川柳。サラリーマン川柳に毎年応募していた。他にも漫画、ゲームなど意外と俗っぽいものが好き。和装も文豪気分になれるから始めただけ。何か新しいことを始めるたびに珍奇なハウツー本を買う悪癖もある。

 特技は家事全般。サラリーマン時代にストレス解消の一環として家事にのめり込んだ結果。

 顔は怖いが、気の優しさが滲み出ているらしく子供には好かれる。特に姪の友美を可愛がっており、友美も懐いている。そのため妹夫婦の海外出張中、一ヶ月間預かることになった。

 夏ノ日 友美。豪鉄の妹の娘。つまり姪っ子。親の教育の成果でまだ3歳とは思えないしっかり者。でも子供らしい失敗も多い。顔は母親似。まっすぐな髪質だけ父から遺伝した。両親にも伯父にも溺愛されている。父方の血の繋がらない祖父も可愛がっている。

 生まれた時から身近な存在だったため豪鉄の顔は怖くない。むしろ面白おじさんという認識。

 本を読んでくれる人とお菓子をくれる人はだいたい好き。ただしママは別格のママ大好きっ子なので母親がいない場所ではぐずることも多い。

 オムライスと絵本「悪の魔女シリーズ」も大好き。

 笹子 麻由美。中学・高校時代の豪鉄の後輩。中学生の時にいじめの現場に出くわした豪鉄に助けられて以来、彼に好意を抱いてこっそりつけ回していた。

 ギャルはいつでも強気→ギャルは勇気の塊→告白するにはギャルになるしかないという思い込みに到り、豪鉄を追って同じ高校へ入学した時、突然の高校デビューを果たす。結局告白はできなかったが妹分として可愛がられてはいた。ずっと豪鉄の後ろをついて回っていたことから当時のあだ名はヒヨコ。

 片思いのままの卒業後、大学で第二の運命の出会いを果たし、同い年の浮草 雨道と結ばれる。順調に交際を続け婚約するも、直後に雨道は未知の病にかかって急逝した。

 雨道の死後に妊娠が発覚。彼の子・歩美を産んで両親と共に実家で子育て中。一時期は清掃や内装を行う会社の事務員をしていたが、現在は市役所の臨時職員。休みを取りやすく娘のために時間を使えるので性に合っている。

 歩美の九歳の誕生日が近いある日、豪鉄と十数年ぶりの再会を果たす。普段は普通なのだが、彼が相手だと学生時代の口調に戻り、語尾に「ッス」をつけてしまいがち。

 笹子 歩美。麻由美の娘で小学三年生。年齢の割に言動がしっかりしておりクール。なおかつ父親譲りの美形なので同性にモテる。もちろん異性にも密かにモテている。とはいえ子供なので子供らしい姿を見せることも多い。

 体を動かすのが好きで、動きやすさを優先し、もっぱらジーンズを着用。なので男子に間違われることも少なくない。

 成績は中の上。地頭が良いので努力するとすぐに上がる。これも天才だった父からの遺伝。父方はそういう一族。

 誕生前に父が病死しているので母と祖父母に育てられた。しっかり者に見えて身内には甘える。

 数多く友人がいて、特に小一からの付き合いの沙織、木村は親友。でも木村少年は最近少しよそよそしい。

 見かけの圧が強烈な豪鉄に対しても臆面無く接する大きな度量の持ち主。しかし友美の可愛らしさにはすっかり骨抜きにされた。それがキッカケで教育者になりたいという夢も抱くようになる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み