お年玉と初夢
文字数 6,134文字
「あけましておめでとうございます」
「あけまして! おめでとーございますっ!」
俺が頭を下げ年始の挨拶をすると、皆もそれに続いた。友美は一際大きな声で返礼してくる。うむ、今年も元気でよろしい。
美樹達は年末から帰省中。今日明日もう二晩泊まって、明後日の午後には友也が育った養護施設に顔を出しつつ帰るそうだ。
「友美、お雑煮できたよ」
「食べるっ」
歩美が盆にお椀を乗せてやって来ると、ちゃぶ台へ走って行く友美。元気なのは良いが走るでない。転ぶぞ。
「おはよう……」
「おはよう、まだ眠そうだな友樹」
「昨夜は夜更かししましたからね」
義弟も居間に戻って来た。ついさっき目を覚ました友樹を洗面所まで連れて行って洗顔させてやっていたのだ。
俺は友樹の前に屈んでもう一度挨拶する。
「友樹よ、あけましておめでとうございます」
「?」
「友樹、ちゃんとおじさんに挨拶しようね。あけましておめでとうございます、だよ」
「あけまして、おめでとうございます」
「今年もよろしくな」
頭を撫でてやる。六日で四歳になる甥っ子は、着実に去年よりも大きくなっていた。
雑煮も食い終わり、俺と友也はそれぞれ正道と柔を膝に乗せつつ、まったり正月番組を観始めた。芸能人が無人島で漁をしたり畑を耕したりしておる。よく見ると左上に“LIVE”の表示。正月早々、タレントも大変だな……。
女性陣と友樹はおらん。しばらく待っていると、やがて友美と友樹が戻って来た。
「とうちゃん、みてみて」
「てー」
「おおっ、二人とも似合ってるよ」
「うむ」
友美は色鮮やかな赤い着物、友樹は羽織袴に着替えて来た。いずれも去年の春に麻由美の実家から頂いたものだ。二人共この一年でだいぶ成長したが、大きめに作ってもらえたおかげでまだ問題無く着られる。
「かわいい?」
「かわいいよ」
「かっこいい?」
「かっこいいぞ」
「ありがとう」
自分で訊いておいてくねくね身をよじらせつつ照れる友美。友樹もその動きを真似して身をくねらせる。俺と友也はしばしその奇妙な踊りを笑顔で眺めた。
やがて歩美と麻由美と美樹も戻って来る。全員振り袖姿。
「ど、どうッスかね、センパイ?」
「似合っておるぞ」
「父さん、惚れ直した?」
「うむ」
「歩美っ」
我が妻は友美達と一緒に踊り始めた。
着物を着た茹でダコ……。
「私の分まで作ってもらっちゃって、何かお礼しないとね」
「そうだね、美樹ちゃんもすごく似合ってる」
「ありがと。ま、たまにはこういう格好も悪くないわ」
妹もいつもの魔女然とした服装から着替えていた。こやつのこんな姿を見るのは成人式以来である。
「兄さんは代わり映えしない」
「いつも通りだからな」
俺はいっそ洋装すべきだったか?
「ねえねえ父さん」
「ん?」
振り袖姿の娘がすり寄って来た。
「私はどうかな?」
「似合っておるぞ」
「かわいい?」
「うむ」
「あはは、ありがと」
「本当だ、可愛いぞ」
「えへへ……」
「ふむ……」
「……ん~」
「……」
皆まで言うな、その期待する眼差しでわかった。
「可愛いからな、お年玉をやろう」
「やった!」
飛び跳ねるな、着崩れるぞ。
「歩美ちゃん、僕達からも」
「わっ、ありがとおじさん、お──姉ちゃん」
「よし」
危うく禁断のワードを言いかけたものの歩美は華麗に回避した。危なかったな、それを言っていたら美樹にお年玉を取り上げられたかもしれん。
「それにしても歩美ちゃんは年々美人になってくわね」
「え、そう? ありがとう、えへへ」
「彼に似たんだろうな~」
自分に似たと言わんあたり、我が妻は謙虚が過ぎる。
「お前にも似ておる」
「そうスか?」
「うむ」
「ありがとうございます、えへへ」
照れ方が母娘で一緒だ。
「友美、友樹、お年玉だよ」
「ありがとうっ」
「?」
父の手から喜んでポチ袋を受け取る友美と、まだそれがなんなのかよくわかっておらん友樹。
「ちゃんと仕舞っときなさい。落とすわよ」
「うん」
友美は肩にかけたポーチの中へお年玉を入れた。友樹の分は、渡して早々に美樹が回収する。
俺も、新たに袖から取り出したポチ袋を二人に渡した。
「友美、友樹、お年玉だ」
「ありがとう!」
「うむ」
「こんなに入れなくていいのに」
友樹の分の中身を確認して半眼になる美樹。うちの家計を心配しておるのだろうが普段の倹約はこういう時のためにあるのだ。遠慮無く受け取れ。
「うちは親戚が少ないからな、その分、実入りも少なかろう」
「だからって子供に一万円もあげなくていいわ」
「え? でも私のも一万円入ってたよ」
「おい」
「あら、庭の梅が咲いてるわね」
歩美にネタバレされ、視線を逸らす美樹。
どうやら俺達も似た者兄妹らしい。
妹と 兄の考え 良く似たり
「正道くんと柔ちゃんには千円ずつね」
「それも同じ額ッス、流石は兄妹」
「金銭感覚が俺達の共通点なのか……」
「子供好きなところだと思います、お義兄さん」
第六話・初夢
麻由美の実家まで行き、ご両親を連れ出して家族全員で初詣。その後、夕飯も麻由美の実家でご馳走になり、戻って来たところへ吉竹とその家族が新年の挨拶に来訪。
「まあ一杯どうだ」
俺のそんな誘いに乗った吉竹と友也と俺とで酒を酌み交わし、友也がビール一本で酔い潰れ、吉竹がほろ酔いで帰って行ったのが夜の九時頃だった。
その後、風呂上がりの美樹が一杯だけ付き合うと言ってくれたので二人でまた酒を呑む。お互い幼い子を持つ身だからな、呑み過ぎないようにセーブして解散した。なにせ俺達は兄妹揃ってうわばみ。本気で呑み始めるとやめ時がわからなくなる。
そして二階へ上がり、妻と生まれて間もない子供達の待つ寝室へ──入ろうとしてふと気付く。一歳になったが正道と柔はまだ時々夜泣きをする。美樹達が帰省したからだろう、慣れない人間がいることで昨夜も盛大に泣いた。おかげで近頃寝不足な麻由美のためにも、なるべくあの二人を起こしたくない。
物音もまずいが、この酒臭い体で寝室に入ったらいかんな……そう思い直した俺は軽くシャワーを浴びて、さらに念の為に居間に布団を敷いて寝ることにした。以前一人暮らしだった時には、よくこうしていたものよ。
(すまんな麻由美。もし二人が起きても今夜はあやしてやれん)
不覚であったわ、吉竹と呑み過ぎた。いつも通りビール二本程度で留めておけば子供達の面倒も見られただろうに。
(明日から、また手伝う……)
ほどなくして睡魔に誘われる俺。ほとんど酔わんとはいえ、アルコールの影響が皆無というわけではない。そのせいか妙な夢を見てしまった。
「ここはどこだ?」
何も無い野っ原に立っている。空は快晴。しかし現実感が無い。青い空にしろ草だらけの地面にしろクレヨンで描いたような色彩である。
「なるほど、夢か」
日付が変わっているとしたらすでに一月二日。つまりこれが初夢なわけだ。さて今年はどんな夢になるやら。
何かが起きるのを待っていると、茄子の馬に乗った美樹が現れた。空の彼方から飛んで来たのだ。
「ハロー、兄さん」
「お前、それではお盆ではないか」
「魔女だもの。ハロウィン的なイベントとは縁があるのよ」
「なるほど」
思わず納得してしまった。
「あ、僕もいます」
茄子の馬が喋った。
「友也、お前だったのか」
「美樹ちゃんの魔法で変身させられてしまって」
「私もいるよー」
「歩美?」
娘の声がするが姿は見えん。周囲を見回した俺の視界に、ベビーカーを押しながら飛ぶ歩美の姿が映った。
「もはや乗ってすらおらん」
「ベビーカーに乗るのは赤ちゃんでしょ」
「つまり正道と柔か?」
「違うよ」
「お久しぶりです、お義父さん。いや、おじいちゃん」
ベビーカーの中には木村少年に良く似た赤子が乗っていた。
「誰がおじいちゃんだ! いや、それより歩美、お前達はまだ中学生だろう!」
「夢だもん」
「それでも許さん! 成人するまでは交際を認めん!!」
「そんな!?」
木村少年風の赤子はショックを受けた。
だが、すぐに切り替える。
「しかたない、オリンピックにメダルを取りに行こう、母さん」
「そうだね、それならきっと認めてくれるよ」
「ま、待てっ」
引き留めようとした俺の手をすり抜け、歩美達は再び宙に浮かぶ。そして、思い出したように美樹達の方へ振り返った。
「そうだ、美樹おばちゃん、お年玉ありがとう」
「おばちゃん……?」
美樹の顔に影が差し、目が爛々と輝く。
「やばっ!?」
「お姉ちゃんでしょ!! 追いかけて、友くん!」
「僕も電気自動車になってみたいなー」
ベビーカーを押す歩美と茄子友也に乗る美樹は飛び去って行った。
くっ、俺には飛ぶ手段が無い。追いつけん。
などと思っていると服の裾を引かれる。
「ん? 友樹、友美、いつの間に」
「おじちゃん、ともきがこれかしてあげるって」
「はいっ」
「ほう、それはたしか……」
友樹が好きな例の特撮番組、サムライスターのサムブラックが乗る鷹型ロボット・タカガリホークか。
「しかし友樹、お前の厚意はありがたいが、俺には少し小さすぎる」
翼を広げても友樹の頭ほどしかない。これでは空は飛べまい。
「だいじょーぶ、おじちゃんがちっちゃくなればいいんだよ」
「何?」
「こっちきてー」
「はーい」
友美が呼びかけながら手招きすると、なんとあの青狸が現れた。
「ぬうっ」
国民的アイドルの登場に、流石の俺も年甲斐無くワクワクする。
「おじちゃんをちっちゃくしてあげて」
「オッケー。ス〇ールライト~!」
「おおっ」
青狸は懐中電灯のようなそれで俺を照らした。見る間に無駄にでかい俺の図体が縮んで行く。
「よもや、実体験出来る日が来ようとは」
すっかり夢だということを忘れ、興奮した。
「はいっ」
「おお、そうだったな。ありがとう友樹。青狸殿にも礼を言う」
「ボクは狸じゃないやいっ」
一度このやりとりをしてみたかった。ありがとうド〇えもん。
俺は友樹が地面に置いてくれたタカガリブラックにしがみついた。今さらだが、本当にこのおもちゃで飛べるのか?
「これドローンだよ」
「なに?」
それはつまり、俺が操作するわけでは──ぬおおっ!?
タカガリブラックは急上昇した。ローターではなく翼なのに垂直にだ。
友樹の手にリモコンが握られている。
「ま、待て友樹! そのリモコンも小さくして俺に!」
「やだっ」
「いってらっしゃーい」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
手を振る友美と青狸に見送られ、俺は友樹に操られるがまま滅茶苦茶に空を飛び回った。もはや歩美達を追いかけるどころではない。
「と、友樹を殺人犯にするわけにはいかん!!」
絶対に落ちん! 必死にしがみつく俺。その間にも機体は上昇を続け、やがて水平線が丸く見えるほどの高度に達した。
すると──
「センパーイ」
どこからか麻由美の声。
「ま、麻由美!? どこだ、どこにおる!!」
「ここッスよ~」
妙に間延びして聞こえる。そもそも、どうしてこんな高度にまで声が届く? タカガリホークがようやく水平飛行に移ってくれたので、眼下の景色の中に妻の姿を探す俺。ここから見えるのは俺達の街と、海と、富士山くらいしか……。
待て、どうしてここに富士山がある? 俺が住んでるのは静岡でも山梨でもないぞ?
くるり。
富士山が振り返った。
「ここッスよ~」
「麻由美!?」
やはりクレヨンで描いたようなデフォルメされた顔ではあったが、間違いなく我が妻の顔が富士山の山腹に描かれていた。
「どうして富士山になった」
「夢ッスから~」
「そうだった」
やっと思い出す。これは夢であった。
「それよりセンパ~イ、アタシが寝不足なのに、よくもお酒なんか飲んでくれたッスね~。子育ては共同作業ッスよ~」
「うっ、すまん……」
「駄目ッス、ここはお仕置きッス、お仕置き~」
「わかった、好きにしてくれ」
非はこちらにある。俺は覚悟を決めて頷いた。
だが次の瞬間、意見を翻した。
「待て! 何をする気だ!?」
地響きを立てて富士山が震動する。そして、まるでジャンプしたかのごとく高々と空へ舞い上がった。俺達よりもさらに上へ。
「お~し~お~きッス~」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
富士山となった麻由美に押し潰される。
「す、すまん友樹……タカガリホークまで壊れてしまった……」
「嘆くことはありません、お義父さん。天竺まで行き、修理工場に届けましょう」
「木村君……」
麻由美山の下敷きになっている俺の前に、剃髪して僧侶の格好になった少年が現れる。
「友美、水泳きょうしつにいってるからおよげるよ」
沙悟浄の格好の友美と、
「ぶー」
猪八戒の格好の友樹もいる。まさか、これは俺が孫悟空になるのか?
「では早速、修理代を稼ぎに鬼ヶ島まで行きましょう」
「それは桃太郎だ!!」
「はっ!?」
深夜、赤子の泣き声で目を覚ます。起き上がるとすぐそこのベビーベッドに正道と柔が寝かされていた。
「何故ここに」
二人とも俺を見ると泣き止んだ。こやつらも「なんでここにいるの?」と思ったのかもしれん。
「ん?」
台所が明るいことに気付き、行ってみると麻由美がいた。ミルクを作っている。
「あ、すみません、起こしちゃいましたか」
「いや、構わん」
「先に正道におっぱいあげたんスけど、そしたら柔の分が出なくなっちゃって」
「あやつはよく飲むからな……」
食欲旺盛なのは良いことだ。ただ、時々呑み過ぎて吐いてしまうが。
「でも、どうして下で寝てたんスか?」
「酒臭いかと思ってな……」
バツが悪く、ついつい目を逸らす。
すると麻由美は抱き着いて来た。
そしてクンクン鼻を鳴らす。
「たしかにちょっと臭いッス。子供達にはまずいッスね」
「だろう?」
「でも、アタシは気にしませんからいつも通り一緒に寝ましょうよ。目を覚ました時センパイがいないと寂しいッス」
「そうか……」
妻の許可が下りた。ちゃんと寝室で寝るとしよう。
「……」
ふと、麻由美を両手で持ち上げてみる。
「ひゃあ!? なんスかいきなり、ミルク落としちゃうとこでしたよ」
「すまん、ちょっと変な夢を見たのでな。お前の重さを確かめたくなった」
「え? ア、アタシ重いッスか」
「いや、軽いな」
「そうでしょ? これでもセンパイのために努力してるんスから」
「そうか」
無性に嫁が愛おしくなったので、一旦下ろしてから改めて抱きしめる。
心地よい柔らかさと温もりだ。これは──
「セ、センパイ……」
「うむ、いや、まずいな」
妙な気を起こしてしまいそうですぐに離れた。二階に美樹達もいるのだから下手な真似は出来ん。
「そ、そッスね……今度ゆっくり……」
「うむ」
顔を見ていられず、またしても目を逸らす。
麻由美は人肌まで温度が下がったことを確かめ、柔にミルクを飲ませ始めた。俺は正道のおむつを確認してやる。また、たっぷり出したなお前。
新しいおむつに替え、使用済みのおむつを丸めて専用のゴミ箱に捨てた後、手を洗って戻って来ると麻由美に訊かれた。
「どんな夢だったんスか?」
「うむ……」
時間が経ち、夢の記憶はほとんど薄れている。だが一つだけ鮮明に覚えたままだ。
初夢で 背なに感じた ありがたみ
「とりあえず、お前の尻に敷かれていた」
「ええっ!?」