おじさんvsお金

文字数 2,426文字

 俺は今、いつもの座敷で座布団の上に置いた封筒と向かい合っている。封筒のどこが顔なのかはわからんし、実際のところ視線の先は尻かもしれん。
 いや、そんなことはどうでもいい。問題は妹から預けられた姪っ子の荷物の中にこれがあったことだ。あやつめ、こっそり忍ばせておったわ。
 手には、この封筒の中に入っていた手紙。

“これで友美に必要なものを買ってやって”

 封筒の中には、まだ取り出していない十万円。この額ではまるで例の給付金ではないか。俺は宝くじで一等を当ててしまったから金には困っとらんと言っとるのに。
「必要なもの……か」
 生活に必要なものと言えば衣・食・住の三つ。衣は妹がたっぷり置いて行った。大仰なトランク一つ分ある。食も一昨日買い出しに行ったばかりで不足は無い。
「となると、住か?」
 クワッと目を見開いてみたが十万円で家は買えない。そもそも俺の家で預かっているのだし必要あるまい。
 困った。何が必要なのかわからん。
 友美本人に訊いてみようと思ったものの、昨日通販で注文して今日の午前中に到着したお昼寝セットでスヤスヤ寝ておる。起こすわけにはいかん。寝る子は育つ。大きく育て。

「……果報は寝て待て」

 俺も寝ることにした。夢の中で何か思いつくやもしれん。



「おやつか」
 昼寝から目覚めると午後三時だった。ゆえに天啓を得た。
「おやつ代に十万円とは、あやつの教育を間違えたか」
 妹よ、俺は友美を甘やかしたりせんぞ。おやつは一日二百円までとする。
「おなかすいた」
「うむ、コンビニにでも……いや」
 これも社会勉強。姪を一人前の大和撫子に育てるべく、俺は近所の駄菓子屋に目的地を変更する。
 久しぶりだな、心が逸る。



 というわけで、友美を連れて近所の駄菓子屋へ。恐ろしいことに店の婆さんは俺が子供の頃と同じ姿でレジの横に座っていた。
「あら~? あんた、大塚さん家の豪ちゃんかい?」
「久しいな婆さん。元気そうで何よりだ」
「ありがとね。妹ちゃんを連れて来るのも久しぶりだね」
「妹ではない、こやつは奴の娘。つまりは姪っ子よ」
「あら~? そうなのかい、美樹ちゃんも、もうお母さんかい」
「うむ、わけあってしばらく預かることになったのでな、ちょくちょく連れて来るだろう。よろしく頼む」
「はいはい。かわいい子だね、こんにちは」
「こんにちは……」
「ちゃんと挨拶出来てえらいね~。これサービスだよ」

 婆さんは友美に五円チョコをくれた。

「ありがとうございます」
「あら~、ほんとにえらい子だねえ」
 フッ、当たり前だ。俺がしっかり教育しているからな。
「豪ちゃんとは大違いだ」
 どういう意味だ?



「友美よ、買い過ぎるな。二百円までだ」
「豪ちゃん、その子まだ三歳くらいだろ? 計算は無理だよ」
「それもそうか。よし、欲しい物があったら言え。俺が計算して予算内か否か教えてやる。どうしても食べたい物以外は返すんだ」
「よくわかんない」
「とにかく選ぶぞ」
「うん」
 友美は商品を眺め始めた。どうも駄菓子屋に来るのは初めてのようで、一つ一つこれは何かと俺に訊いてくる。
「それはうまい、そっちは好かん、そいつはまあまあだ」
「なんとまあ説明の下手な子だね。しかたない、ともみちゃん、ばあちゃんが教えたげるからこっちおいで」
「ありがとう」
 婆さんに解説役を奪われてしまった。おのれプロが大人気の無い。今度、本屋で駄菓子レビューの本でも探して買おう。

 その時、俺はあるものの存在に気付いた。脳裏に稲妻が走る。

(こ、これは……ビック○マンチョコ……!?
 まだ売られていたのか。パッケージに全く知らんキャラが描かれているが、俺がシールを集めていた時代から長い時が経った。新キャラが大勢いてもおかしくない。
(今の俺の経済力ならば、あの頃出来なかったことが……大人買いが出来る……!)
 俺が子供の頃、このチョコは大ヒットしていた。ブームの真っ最中で、店に入荷したと思ったらすぐに売り切れてしまう始末。中には箱ごと買い占める大人もいて、歯軋りしながら会計する様を見ていたものだ。
 その俺が、今、あの腐れ外道と同じことをしようとしている……いかんと思っていても吸い寄せられるように手が伸びてしまう。

 すると、その手をピシャリと叩かれた。

「むだづかい、だめっておかーさんがいってた!」
「友美……」
 俺は憑き物の落ちた顔で姪っ子の顔を見つめる。そして手を引っ込めた。
「そうだな、無駄遣いはいかん」
 これは現役の子供達のためのものだ。危うく俺も外道に堕ちるところであったわ、礼を言うぞ友美。
 それに今は妹が置いて行った金しか持っておらん。これも友美のためのものよ。まさか、こんなところで電子マネーは使えんだろうしな。
 やがて友美はいくつかの菓子を選んだ。二百円を若干オーバーしている。
 しかし、その中に例のチョコがあることに気が付いた。
「これを食べたいのか?」
 女児向けではないと思うのだが、今の娘はこのような少年向けの商品を好むのか?
「それはおじちゃんの! あげる!」
「婆さん、会計だ!」
 俺は毎日ここに連れて来てやろうと誓った。

「何? 電子マネー対応!?
「今の時代まで生き残ってる店をなめちゃいかんよ、豪ちゃん」
 この婆さん、出来る……!



「かまど……えらく難しい漢字だな」
 子供向けの菓子なのに、なんとなくそれらしくないキャラクターのシールが入っていた。だがパッケージにも描かれているし、ビッ○リマンのキャラなのは間違いあるまい。
「あ、おかーさんのすきなやつ」
「そうなのか?」
「うん。いつもアニメ見てる」
「ほう……」
 昔もアニメをやっていたが、今も放送しているのか。知らなかった。
「えーがもみてきたよ」
「劇場版!?
 俺の知らぬ間に何が起きているのだ、ビックリ○ンシールよ。
 とりあえずこのシールは友美と連名で手紙と一緒に送ってやることにした。お前の娘に感謝しろ妹よ。

 帰り道 チョコより甘し 姪の愛

「今日は俺の方が教えられたな」
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登場人物紹介

 大塚 豪鉄。主人公で開始時点では33才。2m近い高身長で体型もがっしりしている。加えて強面なため洋服を着ているとプロレスラーかラガーマンだと思われがち。和装中心になってからはヤクザと誤解される。中身は善良な一般人。

 両親の死後、父の知り合いに紹介され有名な家電メーカー「ブラックホール」に高卒で入社。名前に相応しいブラック企業だったが、妹のためと歯を食いしばって十年以上勤務。その妹が立派に独り立ちした後も辞め時を見つけられず残留。しかし、たまたま買った宝くじで三億円当ててしまい、これぞ天の啓示と考え、ついに退職。以後は東京から実家に戻り、悠々自適の一人暮らしを続けている。しばらく働くつもりは無い。

 趣味は川柳。サラリーマン川柳に毎年応募していた。他にも漫画、ゲームなど意外と俗っぽいものが好き。和装も文豪気分になれるから始めただけ。何か新しいことを始めるたびに珍奇なハウツー本を買う悪癖もある。

 特技は家事全般。サラリーマン時代にストレス解消の一環として家事にのめり込んだ結果。

 顔は怖いが、気の優しさが滲み出ているらしく子供には好かれる。特に姪の友美を可愛がっており、友美も懐いている。そのため妹夫婦の海外出張中、一ヶ月間預かることになった。

 夏ノ日 友美。豪鉄の妹の娘。つまり姪っ子。親の教育の成果でまだ3歳とは思えないしっかり者。でも子供らしい失敗も多い。顔は母親似。まっすぐな髪質だけ父から遺伝した。両親にも伯父にも溺愛されている。父方の血の繋がらない祖父も可愛がっている。

 生まれた時から身近な存在だったため豪鉄の顔は怖くない。むしろ面白おじさんという認識。

 本を読んでくれる人とお菓子をくれる人はだいたい好き。ただしママは別格のママ大好きっ子なので母親がいない場所ではぐずることも多い。

 オムライスと絵本「悪の魔女シリーズ」も大好き。

 笹子 麻由美。中学・高校時代の豪鉄の後輩。中学生の時にいじめの現場に出くわした豪鉄に助けられて以来、彼に好意を抱いてこっそりつけ回していた。

 ギャルはいつでも強気→ギャルは勇気の塊→告白するにはギャルになるしかないという思い込みに到り、豪鉄を追って同じ高校へ入学した時、突然の高校デビューを果たす。結局告白はできなかったが妹分として可愛がられてはいた。ずっと豪鉄の後ろをついて回っていたことから当時のあだ名はヒヨコ。

 片思いのままの卒業後、大学で第二の運命の出会いを果たし、同い年の浮草 雨道と結ばれる。順調に交際を続け婚約するも、直後に雨道は未知の病にかかって急逝した。

 雨道の死後に妊娠が発覚。彼の子・歩美を産んで両親と共に実家で子育て中。一時期は清掃や内装を行う会社の事務員をしていたが、現在は市役所の臨時職員。休みを取りやすく娘のために時間を使えるので性に合っている。

 歩美の九歳の誕生日が近いある日、豪鉄と十数年ぶりの再会を果たす。普段は普通なのだが、彼が相手だと学生時代の口調に戻り、語尾に「ッス」をつけてしまいがち。

 笹子 歩美。麻由美の娘で小学三年生。年齢の割に言動がしっかりしておりクール。なおかつ父親譲りの美形なので同性にモテる。もちろん異性にも密かにモテている。とはいえ子供なので子供らしい姿を見せることも多い。

 体を動かすのが好きで、動きやすさを優先し、もっぱらジーンズを着用。なので男子に間違われることも少なくない。

 成績は中の上。地頭が良いので努力するとすぐに上がる。これも天才だった父からの遺伝。父方はそういう一族。

 誕生前に父が病死しているので母と祖父母に育てられた。しっかり者に見えて身内には甘える。

 数多く友人がいて、特に小一からの付き合いの沙織、木村は親友。でも木村少年は最近少しよそよそしい。

 見かけの圧が強烈な豪鉄に対しても臆面無く接する大きな度量の持ち主。しかし友美の可愛らしさにはすっかり骨抜きにされた。それがキッカケで教育者になりたいという夢も抱くようになる。

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