四・ごゆっくり~

文字数 1,139文字

 翌日の日曜日、予定通りスケート場まで遊びに来た。今年は暖冬と言われていて実際に外は暖かかったのに、中はすっごく冷えている。言われた通りちゃんと厚着して来て正解だったね。
「歩美よ、スケートをしたことはあるか?」
「無いよ。だってここ、出来たばっかりじゃん」
「うむ、そうだな、そうだったな」
「……」
 スケート靴を履いたおじさんは見るからに緊張していた。ひょっとして……。
「おじさんも初めてなの?」
「スキーならしたことはあるのだが」
「あ、中学の時のスキー合宿ですね。懐かしいなあ」
「お前の時もやったのか」
「そりゃそうですよ、同じ学校だったじゃないですか」
「それもそうだな」
 どうでもいい会話をして少しは気が紛れたのか、顔を上げてまっすぐリンクを見つめるおじさん。ちなみに今日は和装じゃなくて、普通の格好をしている。和服じゃ寒いし滑りにくいもんね。
「よし、行ってみよう」
 率先して一歩を踏み出すおじさん。
 ツルッ。
「ぬうっ!!
「こらえた!?
 高々と右足が上がってしまったのに、まだ普通の床の上に残っていた左足で自分の体を支えている。
「ぬ、ぐ、ぐ、ぐ……」
「流石ですセンパイ! そんな姿勢で、なんてバランス感覚……!」
「いや、バランス感覚が優れていたら、そもそも転びそうにならないんじゃないかな?」
 あれはどっちかというと火事場の馬鹿力とか、そういう類のものだと思う。
「むうう、やはり人間が氷の上を滑るなど夢物語ではないのか?」
「いや、滑ってるから。ほら、みんな普通に滑ってる」
 そう言ってアタシもリンクの上へ。
 転ぶと思った? 残念。

 スイ~ッ。

「もう一回やってみなよおじさん。簡単だって」
「なんと……初めてであのように自在に」
「あの子、運動神経は良いんです」
「天才か……」
 驚いていたおじさんは、すぐに表情を引き締め再び氷の上へ。今度はどうにかこうにか直立する。滑れてないけど。
「よし、いける、いけるぞ麻由美。我等も歩美に負けてはおれん。遅れを取り戻すのだ」
「はい、アナタ」
 おじさんが差し出した手を取るママ。でも、ママは運動神経がアレなんだよね。
「きゃあっ!?
「麻由美!」
 転びそうになったママを助けようとして自分も転ぶおじさん。
 なんとか立ち上がろうとするものの、二人ともなかなか立てず、そのうちにどちらからともなく笑い出した。
「はっはっはっ、これはたまらん。やはり難しいものだ」
「まったくです。アハハハ」
 いい感じじゃん。下手に助けるより放っておいた方がいいかも。そう判断した私は二人から離れることにした。
「ちょっと一周してくるね」
「あっ、ちょっと歩美、待ちなさい」
「一人で行くと危ないぞ! くっ、立てん──気を付けるのだぞっ!!
「はいはい」
 二人こそ怪我しないでよね。
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登場人物紹介

 大塚 豪鉄。主人公で開始時点では33才。2m近い高身長で体型もがっしりしている。加えて強面なため洋服を着ているとプロレスラーかラガーマンだと思われがち。和装中心になってからはヤクザと誤解される。中身は善良な一般人。

 両親の死後、父の知り合いに紹介され有名な家電メーカー「ブラックホール」に高卒で入社。名前に相応しいブラック企業だったが、妹のためと歯を食いしばって十年以上勤務。その妹が立派に独り立ちした後も辞め時を見つけられず残留。しかし、たまたま買った宝くじで三億円当ててしまい、これぞ天の啓示と考え、ついに退職。以後は東京から実家に戻り、悠々自適の一人暮らしを続けている。しばらく働くつもりは無い。

 趣味は川柳。サラリーマン川柳に毎年応募していた。他にも漫画、ゲームなど意外と俗っぽいものが好き。和装も文豪気分になれるから始めただけ。何か新しいことを始めるたびに珍奇なハウツー本を買う悪癖もある。

 特技は家事全般。サラリーマン時代にストレス解消の一環として家事にのめり込んだ結果。

 顔は怖いが、気の優しさが滲み出ているらしく子供には好かれる。特に姪の友美を可愛がっており、友美も懐いている。そのため妹夫婦の海外出張中、一ヶ月間預かることになった。

 夏ノ日 友美。豪鉄の妹の娘。つまり姪っ子。親の教育の成果でまだ3歳とは思えないしっかり者。でも子供らしい失敗も多い。顔は母親似。まっすぐな髪質だけ父から遺伝した。両親にも伯父にも溺愛されている。父方の血の繋がらない祖父も可愛がっている。

 生まれた時から身近な存在だったため豪鉄の顔は怖くない。むしろ面白おじさんという認識。

 本を読んでくれる人とお菓子をくれる人はだいたい好き。ただしママは別格のママ大好きっ子なので母親がいない場所ではぐずることも多い。

 オムライスと絵本「悪の魔女シリーズ」も大好き。

 笹子 麻由美。中学・高校時代の豪鉄の後輩。中学生の時にいじめの現場に出くわした豪鉄に助けられて以来、彼に好意を抱いてこっそりつけ回していた。

 ギャルはいつでも強気→ギャルは勇気の塊→告白するにはギャルになるしかないという思い込みに到り、豪鉄を追って同じ高校へ入学した時、突然の高校デビューを果たす。結局告白はできなかったが妹分として可愛がられてはいた。ずっと豪鉄の後ろをついて回っていたことから当時のあだ名はヒヨコ。

 片思いのままの卒業後、大学で第二の運命の出会いを果たし、同い年の浮草 雨道と結ばれる。順調に交際を続け婚約するも、直後に雨道は未知の病にかかって急逝した。

 雨道の死後に妊娠が発覚。彼の子・歩美を産んで両親と共に実家で子育て中。一時期は清掃や内装を行う会社の事務員をしていたが、現在は市役所の臨時職員。休みを取りやすく娘のために時間を使えるので性に合っている。

 歩美の九歳の誕生日が近いある日、豪鉄と十数年ぶりの再会を果たす。普段は普通なのだが、彼が相手だと学生時代の口調に戻り、語尾に「ッス」をつけてしまいがち。

 笹子 歩美。麻由美の娘で小学三年生。年齢の割に言動がしっかりしておりクール。なおかつ父親譲りの美形なので同性にモテる。もちろん異性にも密かにモテている。とはいえ子供なので子供らしい姿を見せることも多い。

 体を動かすのが好きで、動きやすさを優先し、もっぱらジーンズを着用。なので男子に間違われることも少なくない。

 成績は中の上。地頭が良いので努力するとすぐに上がる。これも天才だった父からの遺伝。父方はそういう一族。

 誕生前に父が病死しているので母と祖父母に育てられた。しっかり者に見えて身内には甘える。

 数多く友人がいて、特に小一からの付き合いの沙織、木村は親友。でも木村少年は最近少しよそよそしい。

 見かけの圧が強烈な豪鉄に対しても臆面無く接する大きな度量の持ち主。しかし友美の可愛らしさにはすっかり骨抜きにされた。それがキッカケで教育者になりたいという夢も抱くようになる。

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