8 死ぬということ

文字数 1,651文字

さて、他にホモ・サピエンスの特徴としては、

(1)動物の歯や骨、象牙、カタツムリの殻や色とりどりの石など、多彩な材料を用いた装身具がつくられていた、ということ、

そして(2)これは歴史の教科書でおなじみだが、洞窟の壁画や粘土細工、彫像など、じつに豊富な、なんと言うかな、作品? を残している、ということ、

また、(3)死者の埋葬に、副葬品がともなっていること、など。

ちなみに、壁画に描かれているのは、圧倒的に動物だが、抽象的な幾何学模様や、ヒトの手形も多い

うん、ラスコーの壁画とか、教科書で見た
E.フラー・トリーは、ホモ・サピエンスはこの段階で、死の観念や時間意識をもっていたのではないか、と見ている
死者を埋葬し、副葬品を入れてんだから、いわゆる「あの世」みたいな何かをイメージしてたんだろうとは思う、わたしも

自分たちはいずれ死ぬということ、そして、死んでどこかへいくということ、そういった観念をもってたんだろう。

ちなみに、子どもは小学生に入るくらいにならないと、自分が死ぬ、ということがよくわからないらしい

わかる。わたし小さい頃、なんでかは知らないけど、あるとき突然、自分が死ぬってことが分かり、泣きたくなるほど恐ろしく感じたことがある。誰もいない真っ暗な世界に、閉じ込められちゃうような、そんなイメージをもってた

洞窟の壁画の意図は、さまざまに解釈されているけれど、動物の狩りが多く描かれていることから、一つには、子孫に狩りのノウハウを伝えようとしてたんじゃないか、と言われているね。

もしそうだとすると、自分たちは死ぬ、ということ、そして、自分たちが経験したことを次の世代へ伝えていこうという考えをもっていた、つまりは、E.フラー・トリーの言うとおり時間意識をもっていたことになる

なるほど。

あ、洞窟には手形もあるって言ったよね?

思ったんだけど、古いお寺とか行くと、柱に名前が刻まれてたりするじゃん。「わたし、ここに来ました」みたいな。

洞窟の手形とか、なんていうの、存在証明? 「わたしは、ここにいた(生きていた)」的なメッセージが込められているのかも?

そういうふうに解釈する研究者もいるよ

さてと、ここでこれまでの見解、E.フラー・トリーの仮説をまとめておくよ。

ぼくらのご先祖様のうち、180万年前に登場したホモ・エレクトスは自己認識能力をもっていたのではないか? 鏡像を見せられたとしたら、「あ、それ自分ね」と理解できたのではないか?

20万年前になると、初歩的な心の理論をもつようになっていたのではないか? 相手の立場にたって物事を眺めることができたんじゃないか?
で、ホモ・サピエンスの段階に至ると、内省的自己意識をもつようになり、洞窟に壁画を残すようになったころには、時間意識や死の観念ももっていたのではないか、というわけだ
でも全部、そうだったかもしれない、ってレベルの推測でしょ?

もちろん。

ただ思うに、人類がようやく農耕社会への扉をノックするようになったところまで見てきたけど、この段階でのご先祖様たちが、ぼくらと同じような<わたし>を持っていた、とは思えない。

脳は現代人並みに進化してきているのに、だ。

どういう意味?

太古の話ばかりしていると、ある意味トンデモ話と紙一重になるから、ここでちょっと視点を変え、対他的自己の話をしてみたい。

その話をしてから、また、この時代の話へ戻ってこよう

対他的自己?

ジャン=ポール・サルトル(1905-1980)って知ってる?

対他的自己は、サルトルから着想を得て、ぼくが勝手につくった概念だ

サルトル、名前だけなら知ってるよ。フランスの哲学者でしょ
さて、今夜はここまでとし、次回はサルトルの有名な戯曲『出口なし』から議論をはじめてみたいと思う。そこから、対他的自己の話へつなげていこう
サルトルか、楽しみ~
この『哲学探究Ⅰ <わたし>とは何か?』では、本当に多面的な角度から<わたし>問題にアプローチしていきたい、と思っているので、槙野さん、混乱しないで、ついてきてね
は~い
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登場人物紹介

デンケン先生(49)・・・・・・仙人のごとく在野に生きる(自称)哲学者。かつては大学院にいたり教壇に立ったりしていたが、先輩方から「きみが考えてるテーマ(<私>とは何か?とか)じゃ論文書けないでしょ=研究者にはなれないよ」と諭された結果、むしろアカデミズムを捨てて在野に生きることを決断。これには『老子』の(悪)影響もある。べつに大学教授になりたいとは思わない。有名になりたいとも思わない。ただ、考えたいと思うことを考えていたいだけ、の男。ゆえに本業(生活手段)はサラリーマンである(薄給のため未だ独身、おそらく生涯未婚)。

哲学ガール(18)・・・・・・槙野マキ。哲学すること大好きっコ。デンケン先生が大学院で学んでいた頃の友人の一人娘である。哲学好きには親の影響があるだろう。近所に引っ越して来たため、ときどき遊びに来る。独身のオッサンと美少女という組み合わせだが、恋愛関係に発展してしまうのかどうかは、今後のお楽しみである(たぶんならない)。

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