6 心の理論

文字数 2,160文字

さて、世界各地へ散っていったホモ・エレクトスだが、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ヨーロッパ)、ホモ・ネアンデルターレンシス(ヨーロッパ)、ホモ・ローデシエンシス(アフリカ)、ホモ・フローレシエンシス(インドネシア)、そしでシベリアのデニソワ人など、複数の種に進化していく。

まだ見つかっていない種もたくさんいるだろう、と推測されている。

ぼくらのご先祖様はじつに多彩だったんだよ

うち、有名なネアンデルタール人は、およそ23万年前から4万年前ごろまで活躍していたとされる。

注目すべき特徴は死んだ仲間を埋葬していたという点。

また、障がいをもった仲間を助けていたと思われる考古学的痕跡もある。

E.フラー・トリーは、この段階で、人類の祖先は「他者への思いやり(共感力)」を身につけていたのではないか、と推測している

え、なんでそんなことが言えるの?

もちろん、推測でしかない。

ただ、ぼくらは一般に、2歳ころには自己認識をもつようになり(鏡像を自分だと認知することができるようになり)、4歳ころから、相手(他者)の目線・立場にたって物事を考えられるようになる、というから、ホモ・エレクトスの段階で自己認識を身につけたとするなら、次のステップはそうなるのではないか、という想定に基づく

ところで、心の理論って聞いたことある?
知らない

たとえば、こういうクイズを出してみる。

ここに、ぼくの財布があるよね

うん
この財布を、この机の一番上の引き出しに入れて、ぼくはトイレにいく
で?

きみが、槙野さんがイタズラをする。

ぼくの財布を取り出して、たとえば、そこの小型冷蔵庫の中に入れてしまう

うん、それで?

ぼくがトイレから帰ってきました。

何か買いに出かけようと思い、財布を取り出そうとします。

さて、どこから財布を取り出そうとするでしょうか?

机の引き出しに決まってんじゃん!

もちろん。

けどね、小さい子どもは、そうは答えられずに「冷蔵庫の中!」と言う。

なんで? そんなわけないじゃん

財布は冷蔵庫の中にあるんだから、単純に「冷蔵庫の中!」と言う。

つまり、ぼくの視点・立場に立ててないんだよ。

確かに、財布は机の引き出しから冷蔵庫の中へ移っているけれど、それをトイレに入ってるぼくは見てないから知らない、ということが分からない

ふーん、なるほどね

おおむね4歳になるころには、子どもたちはこのクイズに正解を言えるようになる。

これを、心の理論をもつ、という

で、ネアンデルタール人は、初歩的な心の理論をもってたんじゃないか、と、推測されるわけだ

さてと、ぼくらに直接つながってくるご先祖様は、6万年前(もっと前という説もある)から本格的な「出アフリカ」をし、世界各地へ移動していたったホモ・サピエンスだ。

ちなみに、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人やデニソワ人そのほかと交雑したことがDNA分析の結果、分かっている

E.フラー・トリーは、ホモ・サピエンスはこの段階で、相手から自分がどう思われているかを考えることができたのではないか、「オレって嫌われてるよね/好かれてるよね(だから明日からはこうしよう)」とか、相手が自分をどう受け止めているのか、について考えて行動することができる内省的自己意識をもっていたのではないか、と推定している
何度も同じこと言うけどさ、なんでそんなことが分かるの?

貝殻の装身具などが見つかっており、簡単にいうとファッションしていたと思われるからだよ。

相手から〇〇だと見られたい、とか、相手の視線を感じる力がなければ、ファッションは成立しないからね

ちなみに、子どもは6歳ころから内省的自己意識、相手は自分のことをこう思っているに違いない、だったら、自分はこういうふうに行動しよう、とかいう、さらに一段ふみこんだ心の理論をもつという

あ、そうだ。もう一つ、内省的自己意識をもっていただろう、と推測される理由の一つに、言語の使用があるね。

言語の使用をうながす遺伝子としては、FOXP2遺伝子が発見されており、20万年前にはすでにこの遺伝子が出現していた、とか、あるいはもっと前だ、とか言われているが、いずれにせよ、ホモ・サピエンスが言語を使用していたのは間違いない。

また後でふれたいと思うが、内面の発達と言語の使用は、相互に関連するものだろう

なるほどね
ところで、ここで、人類史のミステリーを一つ
え? なに?

さっき言ったように、ホモ・サピエンスが「出アフリカ」をし、世界各地へ散らばっていく前には、すでにデニソワ人やら教科書でおなじみジャワ原人やら北京原人やら何やら、要するに、ホモ・エレクトスの様々な種が先住してたんだよ。

にも関わらず、現在、生き残っている種は、ぼくらホモ・サピエンスだけなんだよ。

ホモ・サピエンスがやってくると、ほかの(古代型)人類は、みーんな消えてしまった

つまり、ご先祖様はバラエティーに富んでたくさんいたのに、なぜか、みんな絶滅してしまい、私たちホモ・サピエンスだけが残った、ってこと?
うん。たとえば、川端裕人著・海部陽介監修『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルバックス、2017)なんか読むと、よくわかるんだけど、ホント「我々はなぜホモ・サピエンスだけになってしまったのか?」だよ
なんでだと思う?
う~ん
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登場人物紹介

デンケン先生(49)・・・・・・仙人のごとく在野に生きる(自称)哲学者。かつては大学院にいたり教壇に立ったりしていたが、先輩方から「きみが考えてるテーマ(<私>とは何か?とか)じゃ論文書けないでしょ=研究者にはなれないよ」と諭された結果、むしろアカデミズムを捨てて在野に生きることを決断。これには『老子』の(悪)影響もある。べつに大学教授になりたいとは思わない。有名になりたいとも思わない。ただ、考えたいと思うことを考えていたいだけ、の男。ゆえに本業(生活手段)はサラリーマンである(薄給のため未だ独身、おそらく生涯未婚)。

哲学ガール(18)・・・・・・槙野マキ。哲学すること大好きっコ。デンケン先生が大学院で学んでいた頃の友人の一人娘である。哲学好きには親の影響があるだろう。近所に引っ越して来たため、ときどき遊びに来る。独身のオッサンと美少女という組み合わせだが、恋愛関係に発展してしまうのかどうかは、今後のお楽しみである(たぶんならない)。

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