14 安部公房『箱男』

文字数 3,401文字

更新ちょっと遅れたね~
じつは裏番組?で『世界宗教探求Ⅰ ~あるいはインド哲学について~』を連載しててね・・・・・・
なぜにインド哲学?

言ったかな? ぼくが昔からずっと考えていることはたった3つだけでね、

①<わたし>とは何か?

②<社会>あるいは<権力>とは何か?

③この<世界>はなぜこのように在る(と見える)のか?

うん、聞いたような気がする

この『哲学探究Ⅰ ~<わたし>とは何か?~』は、下手するとぼくが死ぬまで書き続けても完成しないのかもしれないけれど、それはさておき、<わたし>とは何か? について考えていくとき、仏教哲学やインド哲学は避けて通れない、というか、大変示唆に富むから、避けて通らないほうがいいと思うんだ。

だからね、もう随分と前に一通り勉強してはいるんだけど、今回改めて書き起こすことにした

ふ~ん、ヒマだったら目を通してみるね。

ヒマだったらね

うん、ありがとう。

さて、安部公房(1924-1993)『箱男』の話だったよね

そうだよ
読んだことある?

うん、ある。

人から見られることを嫌い、ダンボール箱の中に入っちゃった人の話だよね

ちなみに、ダンボール箱の中に引きこもってしまうのと、

自分の個室の中に引きこもってしまうのと、

その違いについて考えてみると面白いんだけど、長くなるから今日はやめておこう

えー、ちょっと気になるけど

簡単に言うと、個室引きこもりにはお母さんがセットでついてくるけど、ダンボール箱男の場合は純然たる独り、ってことだよ。

まぁ、そのくらいにして、本題に入ろう

槙野さんが言うとおり、主人公(語り手)がダンボール箱の中に入ってしまった理由は、他者たちの眼差しを拒絶するためだ
頭からダンボール箱を被るんだよね

そう、しかもそのダンボール箱はありふれた規格品がいいとする。

なぜなら、他者の眼差しを拒絶したいのに、ダンボール箱が変わったものだと逆に目立っちゃうからね

てか、ダンボール箱を被ってる時点で超目立っちゃうと思うんだけど・・・・・・
素晴らしいツッコミだ

『箱男』はね、メタ小説的な要素もある実験的な小説だからね、リアル「箱男」を想像しちゃうのはちょっと酷かもしれないね。

メタファーとして好意的に理解しておこうよ

うん、わかったよ

さて、ダンボール箱を被り「箱男」化することによって、主人公は他者の眼差しを回避することができるんだけど、それだけではなしに、箱には「覗き窓」がつくってあり、むしろ他者をこちら側から一方的に見つめることができるようになっている。

ちなみにこの覗き窓、凝ったつくりになっていてね、カーテンのようになっており、箱を傾けると、縦の重なった切れ目がね、少しだけ開いて▲のようになり、外が覗ける。

一方で、ホントに隙間だからね、依然として他者からこちらを覗くのは困難

つまり覗かれることなく覗く仕掛けだね

うん。

ちなみに、主人公(語り手)の「箱男」が元カメラマンというのが象徴的だね。

見られることなく一方的に見る装置、それが「箱」だ。

カメラが、もし人が入れるほど大きかったなら、べつに「カメラ男」でもよかったろう

ところで、サルトル『出口なし』のガルサンは「勇士」になりたかった、しかし戦争から逃げてしまったので、みんなから「卑怯者」と思われるんじゃないか、そう想像して苦しんでいたよね。

簡単に言うと承認欲望が満たされない。承認欲望を満たしてくれるのは他者の眼差しだからね

ところが他者の眼差しを断固拒絶する「箱男」はね、当然のごとく承認欲望に飢えてないんだよ。ガルサンとは大違いだ

むしろ匿名的であること(誰でもないこと)、を求めてるんだよね?

うん、つまりそう。

また、高野悦子さんは、役割を押し付けてくる他者たちの眼差しに違和感を覚え、いわゆる本来的自己=主体性(の幻影)を求めていたよね。

しかし本来的自己はそれこそ本来的に空虚でしかない、というカベにぶち当たった

しかし「箱男」は、存在が空虚になってしまうことについて、まったく怯えていない。

むしろそれを望んでいるかのようだ

そういえば物語の途中から、もう一人の「箱男」、「ニセ箱男」がでてくるよね。

むしろ空虚な「箱男」になりたがる人がでてくる

いや、「ニセ箱男」はニセ者じゃないんだよ。

物語批評的なことは長くなるから割愛するけど、「ニセ箱男」がどうのというより、純然たる匿名性を具現する「箱男」になった時点でね、すべての「箱男」は等価であり、交換可能的になっているんだ。

つまり「箱男」には本物も偽物もないんだよ。だってそもそも「箱男」は誰でもないんだから。誰かであることを止めた存在なんだから、「箱男」は。

「箱男」の入れ替わり可能性というのをキーに、読み直してみても面白いと思うよ

ふ~ん、なるほど

ちなみに、『箱男』というテキストは、「箱男」が箱の内側に書きつけたノート、落書きである、という設定になっている。

つまり、『箱男』という作品は、他者たちへ向けられたものではない、ということだ。

もし「箱男」が他者たちへ向けてメッセージを送っているのだとしたら、そもそも他者を拒絶してるのが「箱男」なんだからさ、矛盾する。

「箱男」は最初から最後まで箱の中、<内部の世界>にいるんだよ

ふ~ん、わかったよ。

それはそうとして、デンケン先生は『箱男』を通して何が言いたいの?

とてもシンプルなことだよ。

サルトル『出口なし』のガルサンも、そして高野悦子さんも他者たちの眼差しに苦悩していた。

しかし一方で、その他者たちの眼差しを拒絶するとどうなってしまうのか?

「箱男」になるだけだ! ってことだよ。

他者たちの眼差しを拒絶したとき、ぼくらは何者でもなくなってしまうんだよ

うん、なるほど・・・・・・
物語の途中で、ニセ医者である「ニセ箱男」の助手をしている女性がでてくるでしょ。見ることではなく、見られることに快楽を覚えてしまう元モデルさん
うん、でてくるね

主人公(語り手)である「箱男」は、物語の最後のほうでね、なーんと、「箱」を脱いで裸になるじゃん。

でね、その女性も裸になってさ、抱き合って暮らす。

しかも常時離れず、必ず身体のどこかは接触してるようにしてね

うん、常にくっついてないと、離れてしまうと、「見る/見られる」の関係に陥っちゃうからって、そんなようなことが書かれてあったような気が・・・・・・
すでにサルトル『出口なし』のところで議論スミだけれど、結局「箱男」もね、一度は対幻想に救済を求めたってことだよ
対幻想って、二者関係の繭の中で閉じることだったよね

そう。

しかし女は出ていってしまう。

対幻想は破綻する

つまり、他者たちの眼差しを拒絶したとき、ぼくらは「箱男」化してしまう。

「箱男」とは、何者でもない存在だ。

もし「箱男」に救済があるとするなら、それは対幻想というゼロ距離=繭の中で暮らすことだが、自ずと限界がある

なんか、先生の言いたいことがわかってきたよ。

サルトルが言うように、他者たちの眼差しは地獄なのかもしれないけど、かといって、それを拒絶してもいいことがない、ってことだね

それでも「箱男」が「箱男」になりたがるのは、匿名的でいることがラクだからだよ。

他者たちの眼差しが、重いんだ

だからといって、逃げたところには、それこそ何もなーい
ところがもっと言うとね、じつは『箱男』って論理的に失敗してると思うんだ
え?
物語の途中でね、読み手であるぼくらは、これは主人公(語り手)が実際に経験した出来事なのか、あるいは空想なのか、つまり箱の内側に空想したことを書きつけてるだけなのか、どっちなのかよくわからなくなり、混乱してくるでしょ
うん、なんか途中から急に読み進めるのが難しくなった感じ
「箱男」は、ダンボール箱を頭から被ることで他者たちの眼差しを拒絶したつもりでいたろうが、その拒絶した他者たちの眼差しがね、ダンボール箱の<内側>に回帰してきていることに、自覚的だったろうか?
はい?

ぼくはさっき、他者たちの眼差しを拒絶したら「箱男」になるだけ、って言ったけれども、ホントはね、「箱男」には理論上、絶対になれないんだ。

なぜなら、箱の<内側>にも、他者たちの眼差しは侵入してきているからね。

実際、「箱男」が箱の<内側>に書いてる物語には、他者たちの眼差しが溢れている!

次回はそれを、発達心理学者である浜田寿美男さんの論考をベースに、話してみたいと思うね
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登場人物紹介

デンケン先生(49)・・・・・・仙人のごとく在野に生きる(自称)哲学者。かつては大学院にいたり教壇に立ったりしていたが、先輩方から「きみが考えてるテーマ(<私>とは何か?とか)じゃ論文書けないでしょ=研究者にはなれないよ」と諭された結果、むしろアカデミズムを捨てて在野に生きることを決断。これには『老子』の(悪)影響もある。べつに大学教授になりたいとは思わない。有名になりたいとも思わない。ただ、考えたいと思うことを考えていたいだけ、の男。ゆえに本業(生活手段)はサラリーマンである(薄給のため未だ独身、おそらく生涯未婚)。

哲学ガール(18)・・・・・・槙野マキ。哲学すること大好きっコ。デンケン先生が大学院で学んでいた頃の友人の一人娘である。哲学好きには親の影響があるだろう。近所に引っ越して来たため、ときどき遊びに来る。独身のオッサンと美少女という組み合わせだが、恋愛関係に発展してしまうのかどうかは、今後のお楽しみである(たぶんならない)。

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