11 サルトル『出口なし』
文字数 2,203文字
さて、サルトルの戯曲『出口なし』は大変に著名なものだ。
とはいえ、知らない人も多いだろうね
内容だが、まず、ガルサン(男)、イネス(女)、エステル(女)の3人が地獄に落ちる
平和主義の新聞にいたガルサン(ちなみに浮気性)は、いざ戦争がはじまると、逃げ出してしまう。
結局、国境で捕まり、みじめな銃殺刑をこうむり、地獄へ・・・
イネスは、ある男と女の3人で同棲していたが、女と2人で出ていってしまう。
その結果、男は鉄道自殺。
一方、イネスは女と愛し合うが、女はイネスを巻き込んでガス自殺する。
で、イネスは地獄へ・・・
エステルは、不倫相手との間に生まれた赤ちゃんを殺した。
のち、肺炎で死に、地獄へ・・・
ところがこの地獄には、なーんにもない。
なにもない、とういうのは、いわゆる地獄の業火に焼かれるとか、そういう類の責め苦がない。
ただ単に、3人がいるだけ
お、鋭い。
そう、最後にガルサンは言うわけ。
「地獄とは他人のことだ!」とね
戦争という事態に、平和主義を掲げて(信念をもって)対決することなく、スタコラサッサと逃げてしまったガルサンは「卑怯者!」とレッテルを貼られることに怯えている。
実際、卑怯者なんだからね
こんなやりとりがある。
ガルサン「エステル、僕は卑怯かい」
エステル「わからないわ。あたし、あなたじゃないんだから。それはあなたが決めることよ」
ガルサン「決められない」
ガルサンは、自分が卑怯者ではないということについて、他者から承認を受けたいのさ。
エステルは、そんなの自分で勝手に自己肯定、自己正当化すりゃいいじゃん、と言う。
が、ガルサンにそれはできない。
相手がいて、その相手が認めてくれて、はじめて自己肯定が成立するんだからね
男好きのエステルは、ガルサンに「あなたが卑怯者でも、あたしあなたを好きになるわ! それじゃいけないの?」と求めるが、当然、ガルサンは卑怯者としての自分を愛されて嬉しいわけがない
ガルサンは言う。
「僕は男になりたかったんだ。骨のある男に」
「僕は勇士であることを夢みたんじゃない。僕はそうなることを選んだんだ」
しかし「勇士」になれなかったガルサンは、「勇士」どころか「卑怯者」というレッテル貼りに怯えてしまい、そのレッテルを剥がしてくれることを、エステル、イネスに望むが、ともにその願いは叶えられない
エステルは無関心であり、無色透明な鏡ともいえるイネスはガルサン自身が抱く「オレ=卑怯者」という自己像をそっくりそのまま映し返す
「勇士」でありたいのに、そうあることを承認してくれないエステルとイネスに対し、さっきのセリフをガルサンは言う。「地獄とは他人のことだ!」と。
つまり、なるほどガルサンが劇中で言うとおり、ぼくら人間はなりたいものになることができる。
ただし、なりたいものになれているかの決定権が他者たちに握られている。
そこに救われないガルサンの苦悩がある
しかもこの場合、他人、他者とは、広く社会のことを意味している。
戯曲の(主要)登場人物が3人、ってとこがミソだ。
しかも配置が、男、女、そして3人目である女がレズビアンという、まさに巧妙な配置だ
劇中、卑怯者だと思われたくないガルサンは、男だったらなんでもいいエステルと関係をもちそうになる。
これは対幻想と呼んでいいだろう。
つまり、エステルは男だったらなんでもいいわけだから、ガルサンが「卑怯者だと思わないでくれ!」と求めるのであれば、「いいわよ、抱いてくれるなら、どういうふうでも」となる。
一方、ガルサンはガルサンで、自分のことを「勇士」扱いしてくれる相手なら、誰だっていいわけだ。
互いに虚構の上に成立している関係だが、二者関係であれば、それら幻想が幻想の中でループして閉じてしまい、虚構は暴かれることなく、対幻想が成り立つ
ところが、対幻想の虚構性は、第三者の眼差しによって崩されてしまう。
それが、イネスであり、社会だと言える。
つまり、三者関係というのは、社会の最小ユニットなんだよ
だからこそ、『出口なし』の舞台は、ただの部屋、一室で、ザ・地獄的な風景は見られないんだ。
地獄とは落ちるところではなく、すでにぼくらがいるところのことだ、となる
ねぇ、話しを戻すと、要するにガルサンは「〇〇でありたい」と思ってる、けど、周りから「〇〇だよね」と言ってもらえないから、認めてもらえないから、苦しいんだよね。
承認欲望が満たされないってことだよね?
でも、たったそれだけのことで、他者が地獄とか、社会が地獄とか、言い過ぎなんじゃない?
いやいや、それがね、ここからもう一歩踏み込んでみると、なんていうの、それはもう深い話になるんだよ。
そうだね、ここでもう1冊、本を紹介しよう。
サルトルは全共闘時代のヒーローだったのだから、同じく、その時代の中から選ぼう
高野悦子(1949-1969)さんで『二十歳の原点』(新潮文庫、改版2003)。
知ってる?
じつはね、知ってるよ。てか、読んだことある。
立命館大学の学生さんで、鉄道自殺しちゃった人の日記でしょ
そう。
ここに、これから話したいことのエッセンスがね、結構つまってるんだ
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