第6話 私にとっての多摩川

文字数 699文字

昔から多摩川が見える景観が好きだった。
電車から見る多摩川、神社から見える多摩川、河川敷でぼんやりと見る多摩川。
縁があって多摩川の近くに住むことになった。
頻繁に多摩川を見るうちに、好きだった景色が当たり前のようになってしまう。
それが少し怖かった。

少し前に仕事でタワーマンションに住む方の自宅に訪問することがあった。
地上33階、エレベーターを降りるとレインボーブリッジやらスカイツリーやら、
東京を一気に眺められるような景色が広がっていた。
その景色に感動はもちろんしたのだが、この景色を毎日目にする人達もやはり見慣れてしまうのだろうか、と思った。

その人達が東京タワーに登った時、そこで感動することはできるのだろうか?
それとも、それ以上の景色を求めて更に上を目指したり、反対に自然に興味が行ったりするのだろうか。

そんなどうでもいいことを立て続けに考えてしまった。

先日いつものように自転車で多摩川に架かる丸子橋を渡っていたら、
多摩川の新たな一面を発見する。
いや、新たなではない、改めてか。
それは、独りで川沿いでそれぞれの時間を過ごしている人が多いこと。
ただただぼーっとしている人、日焼けをしている人、読書をする人、楽器の練習をしている人。
私はその人達を見て妙に安心感を覚える。
反対に、家族やカップルで過ごしている人達を見ると、例えば海外の人をみかけたような、
私とは住む場所や気候や空気が違うような気分がしてしまう。同じ土地に住んでいるのに。

見慣れた景色はきっと、心が安心する場所に変わったのだろう。
自宅に帰ってきたような、実家の風景を思い出すような。
だから、もう特別なんかじゃない。向き合い方が変わっただけ。

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